逃げ切れた
「はぁ?」
空咲は俺にすごんでくるが、刺突の構えをとっていた時ほどの勢いはない。
「しらばっくれんなよ。盗ったろ? 俺のパンツ」
「知らない」
そう言って空咲はぷいっと他所を向いた。わかりやすい。
「思い返せば、お前の言動はおかしい所があった。俺をパンツ泥棒扱いしたお前はこう言った『もうおにいちゃんが穿いてるとしか思えないよ』。どうしてそう思う?」
「そんなの、私とおにいちゃんしか人がいないからで……」
「ちがう、そうじゃない。どうして盗まれたパンツが穿かれていると思ったのかってことだ。お前は言ったよな、『普通の人はパンツ泥棒のイメージなんて湧かないでしょ』って」
「……そんなこと言った記憶ないし」
「いーや言ったね。記録もあるぞ。監視カメラとアンドロイドが4体分」
「はいはい、言ったよ! 言いました! ――それで? だからって私がおにいちゃんのパンツを盗んだことにはならないでしょ」
開き直ってもムダだ。まだネタはある。
「お前のパンツは全部で21枚のはずだ」
「……それで?」
「タンスには18枚入ってた。そうだよな、マメ」
「はい! 間違いないよ」
マメが元気よく返事した。
「よし。……お前は今日、珍しく俺より先に風呂に入った。だから替えのパンツ、脱いだパンツで2枚。加えてお前が探しているしまパン、これで3枚。そしてハチダイメが吐き出した2日前のパンツ。合わせて4枚」
「……」
「そう。タンスには17枚あるはずなんだ。18枚じゃ、1枚多いんだよ」
「脱いだパンツをそのまま穿いてるから。おかしくないよ」
「え?」
そうすると、数が合ってしまうぞ。
「で、でもな! えーと……」
「しまパン以外、どうでもいいし。数とかよく見てなかったし」
そうか。だから俺も今まで気づかれなかったのか。
空咲が腕を組んで、他所に向けていた視線を俺に向け直した。
「ふっ……それで終わり? それじゃそろそろ……」
「ま、まて、どうして替えのパンツを穿かない? 脱いだパンツをわざわざ穿いた理由は?」
「それは……えと――それより! 今度は私の番! ハチダイメ、どうして吐き出したパンツをおにいちゃんのだと思うの?」
空咲は強引に話を変え、側に立つハチダイメに聞いた。
「クー公がそれ持って廊下を歩いてたから。空咲ちゃんの部屋から持ってってたよ~。変なの!」
「ほらね! どうせしまパンもおにいちゃんが盗んだんでしょ!」
まずい、このままでは……。
「そういえば、替えのパンツはタンスに戻したの?」
ハチダイメが心底不思議そうな顔をして空咲の顔を覗き込んでいた。
「えっ!? な、なに? なんの話?」
途端に空咲の顔には焦りが浮かんだ。
「え? 今日の話。替えのパンツ、お風呂まで持ってってたよね。うさえもんは暇だったからカメラから見てたのだ!」
「……どういうことだ、空咲。替えのパンツを選んでいたのに、持っていたのに、どうして脱いだ物を穿きなおした。替えのパンツは何処へやった」
「あ、いやその」
言い淀む空咲。そろそろ止めを刺してやろう。
「ミシェルは命令に背いた。『言えません』なんて言葉は三原則に縛られたロボットから出るはずがないセリフだ。しかし、ただ1点において例外がある。第一条と第二条の関係だ。ロボットは人間に危害が及ぶ場合に限り、その命令に背かなくてはならない。
つまり、ミシェルは自分が答えを言ってしまえば、人間に危害が及ぶと予想できた。
――ミシェル、俺の質問を覚えているか?」
「はい」
「答えられなかった質問を言え」
「私の穿いているパンツは何か。なぜ手を上げなかったのか。いつとったのか。どこからとったのか」
「そうだ。どのようにして盗んだのか、に繋がる質問には答えられず、けれど盗んだ動機は答えることができた。どのようにして盗んだのか答えてしまうと、人間に危害が及んでしまうからだ。この人間とはもちろん、俺とお前だ。
ミシェルは恐らく、パンツを盗まれたと叫ぶお前が正気を失って俺を殺そうとしたのを見て、パンツ泥棒は殺される可能性があると認識した」
「はい」
ミシェルが頷いた。
「人間の正常の概念を理解する最新型アンドロイドでも、可能性を認識してしまえばそれに従う。だからミシェルは三原則に従い、人間に危害を与えないために命令に背いた。
――そうしなければ、パンツを盗まれた人間が殺傷事件を起こすから。そしてミシェルが盗んだパンツは、俺のだった」
そうだ。やはりこれしかない。
ミシェルが命令に背けたのは、
「つまり、彼女は盗品を盗んだ。お前が盗んだ俺のパンツを盗んだ。いつ、どこで、どのように、が言えないのは、それを言う事でお前がパンツ泥棒だと告白することになるからだ。それによって、お前が俺に殺傷されないようにした」
「そんなの! 状況証拠だけだよ! ミ、ミシェルがもしかしたら、その、不良品、かも知れない、し……」
空咲の声は徐々に小さくなっていった。無理もない。
「そんなひどい事、言いたくないだろ。空咲もミシェルが廃棄なんて嫌だろ」
「……」
「空咲、言いなさい。おにいちゃんのパンツ盗んだって言いなさい」
「違うもん。証拠ないもん……」
まったく頑固な妹だ。
こんな脅しは使いたくなかったが。
「証拠はある。ミシェルの脳内に」
「そ、それって!?」
「コイルが焼き切れる可能性があるな。けどお前の言う通り、不良品の可能性もあるし、原因を調べないと」
「――ご、ごめんなさい」
すると空咲はあっさりと俺に頭を下げた。
「おにいちゃんのパンツ盗んでました!」
「……まったく。どうしてそんなことを?」
最近元気がなかったし、おにいちゃんは空咲が心配だよ。
「その、私、おにいちゃんのパンツ穿いてると、素の自分に戻れるの。――おにいちゃんってトランクスしか持ってないでしょ?」
「うん」
「トランクスって穿いてると、解放感があって、普段は押し込めてる自分が救われた気分になるの。私って、学校だと明るくてポジティブで部活動も好きーみたいな元気キャラで通ってるけど、ホントは全部めんどくさいの。一日中寝て過ごしたい人なの。
だからね、毎日おにいちゃんがお風呂に入ってる間に洗濯機から盗んで穿いてたの」
「買えよ」
「やだよ。恥ずかしいもん。だから今日は困っちゃった。パンツ交換したいのに洗濯機におにいちゃんのパンツがなくて、あっそういえば、おにいちゃんまだ帰ってきてないやーって。それでせっかくだから、しまパン穿こうって思ったら、なかったの。仕方ないから替えのパンツ穿いたよ」
空咲は恐らく、ホテルに怪しまれないように普段は替えのパンツを洗濯機に入れていたのだろう。
空咲の食事の味付けが薄かったのはそれが原因か。
――という事は。
俺はミシェルに話しかける。
「いま穿いているパンツは今日、洗濯機から盗んだもので間違いないな」
「…はい」
ミシェルはためらいがちに答えた。
「ミシェル大丈夫だ。見ての通り俺は冷静だ。刺さないよ。――まったく、今度一緒に買いに行ってやるから。次から盗まないように!」
「……はーい、ごめんなさいでした」
そう言って空咲は舌を出した。
これで一件落着、だな。
「よし、解散、解散。俺も風呂入るわ」
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