アンドロイドはパンツの夢を見るか?
幸 石木
パンツ泥棒
土砂降りの雨はバシャバシャ降って、泥とまじって溜まっている。
天気予報は雨を教えてくれなかった。
「あーもう、びしゃびしゃだよ」
俺こと月野
どうしてかって言うと有職読みだから。賢くて偉い人みたいだろ?
学校指定のかばんは雨に弱くて、けど仕方ないから頭上に掲げて身を守る。
もちろん、そんなんじゃ体の方は雨ざらしでパンツまで濡れている。
衣服は冷たくまとわりついて、俺は気持ち悪さに家路を蹴った。
閑静な住宅地の中にデカデカと現れた邸宅が俺の家だ。
「ハチダイメ! 開けてくれー!」
正門の防犯カメラに向かって叫ぶ。この時間なら、彼女は暇そうにカメラを見つめているはずだ。
案の定、門が観音開きに開いて俺を歓迎した。
門を跨ぐと広い中庭を通り玄関への扉を開ける。
するとそこには、
「おにいちゃん、パンツ返して」
俺の可愛い妹が包丁を持って立っていた。
♢
「パンツ盗んだでしょ」
しかし最近は、どこか元気がないみたいで心配していた。
「えっ!? は!? い、いやいや盗んでねーし!! なんなんだよ突然」
そんな可愛い妹に、どうしてパンツ泥棒を疑われているんだ?
「だって……」
空咲は包丁の鋭い切っ先を俺に向ける。ふらふらと揺れていて危うい切っ先だ。
「おにいちゃんくらいしか考えられない。いまこの家にいるのは、おにいちゃんと私だけなんだよ?」
俺たちの両親は、家のことをメイドたちに任せて結婚20年目の旅行に向かっている。
「私のお気に入りのしまパン。いっぱい探したけど見つからないの。――もうおにいちゃんが穿いてるとしか思えないよ」
「なんで!?」
目の光を失った空咲が一歩動く。嫌な予感。
「そんなヘンタイおにいちゃんがいるなんて耐えられない。……だからここで死んで!」
「極端すぎない!?」
俺はどうにか包丁から逃れようと身をよじる。しかし上手いこと体が動かない。持ち前の運動音痴がここで災いした。
「かくごぉぉ!」
「ひえっ!?」
空咲がわきを固めて突っ込んでくる。刺突のそれだ。
――ダメだ。避けらんねぇ。
しかしそんな大ピンチの俺を助けてくれる希望の声がした。
「人に包丁を向けることは危険です」
声の主は空咲を優しく肩に抱き上げると、そのままの勢いで包丁を取り上げた。
「ちょっとミシェル! 邪魔しないで!」
「それはできません。第一条に反します」
ミシェルと呼ばれた彼女は、うちの使っているアンドロイドの一体だ。
最新型で、フレーム問題を処理済みの高性能AIを有している。
つまりは、より人の感情や概念を理解できる回路を取り付けられていると言う事だ。
そんな我が家のメイド長は、彼女がいつも着ているメイド服のポケットに先ほど取り上げた包丁を隠すと、人間そっくりの顔に渋面を浮かべた。
「……どうしてこのようなことを?」
「聞いてよミシェル。おにいちゃんが私のパンツを穿いてるの!」
「は、穿いてないわい!」
空咲の話を聞く限り、状況証拠だけでそこまで妄想してしまっているようだ。
仕方ないので見せてやることにする。
ずぶ濡れのズボンを脱いで、張り付いた上着も脱いで。
俺はパンツ一丁になった。
「ったく! ――見ろ! 俺は俺のパンツを穿いてるだろ!?」
「……けど、盗んでるのはおにいちゃんでしょ?」
「どーしてそーなる!?」
「おにいちゃん以外、人いないもん! だからおにいちゃんしかありえないもん!」
そう、この家に人間は俺と空咲しかいない。
他にいるのはメイドだけ。人に模した、アンドロイドの家政婦が4体のみ。
「アンドロイドが人のパンツ盗むわけないでしょ!?」
空咲が叫ぶ。
その声にまるで呼応するかのように、どたどたと家の中を走る音が聞こえて、空咲を抱えているミシェル以外の3体が玄関に集まってきた。
「クーコーきた? 晩ご飯できてるよ」
ダイニングから“マメ”が。
「ちょっとクウコウくん。動かないでもらっていいっすか? 玄関のそうじ何回もやるの嫌なんで、乾いてから上がってくださいっす」
リビングから“ホテル”が。
「クー公。濡れ濡れねずみ。温度最適。アー、脱いだ服は預かりマース」
そして監視ルームから“ハチダイメ”が現れて、我が家の玄関は人とアンドロイドでパンパンになった。
やってきたメイドたちに対して、空咲は叫ぶ。
「みんな聞いて! おにいちゃんが私のパンツを盗んでるの! とっちめなきゃ!」
「「「えっ」」」
アンドロイドたちが目を丸くしている。ミシェルだけは嘆息したように見えたが。
何にしろ、このままだとまずい。
バレてしまう。
俺はいま、パンツを二枚重ねて穿いていた。表には俺のトランクス。そして裏には空咲のしまパンツ。
そう、空咲の言う通り、俺がパンツ泥棒だ。
今までバレなかったのに今回はどうしてバレたんだか。
何とか誤魔化さないと愛する妹に嫌われるどころか、社会的にも死ぬことになってしまう。
――こうなりゃヤケだ。
「アンドロイドはパンツ盗まない、なんて誰が決めたよ?」
空咲の言う通り、アンドロイドが主人のパンツを盗むなんてことは普通はあり得ない。
彼らは忠実に人間に従うロボットでしかないのだから、パンツを盗むなんて邪な行動に至ることは考えられないのだ。
しかし全てのアンドロイドは「感情」を持っているもの。
人間と彼らを明確に分けるものはロボット三原則と体組成くらいなもので。
だから俺は、彼女らの可能性を信じることにした。
「お前たちに問う! パンツを盗んだ者は手を上げろ!」
感情を持った彼らがしばしば示す、異常行動に賭けることにしたんだ。
盗んでいない場合の行動は制限していない。だから。
――誰でもいい。手を上げてくれ! 手を上げるような仕草でもいい。気の迷いを起こしてくれ!
「「「はい」」」
「……ウソでしょ?」
「――マジか」
けどまさか、ミシェル以外全員が手を上げるとは思わなかった。
これってつまり、3体ともパンツを盗んでいる可能性があるってことで。
……まぁいいや。何だか知らんけど、このまま誤魔化しきってやる。
俺の尊厳を守るために! パンツ泥棒になってくれ!
♢
「な? ほら、3体も犯人が出てきたぞ」
「マジか、とか言ってたくせに。ウソかもしれないじゃん」
空咲はアンドロイドたちを疑っているようだ。
「いいや、それはない。それは第二条に抵触するからな。『ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない』……知ってるだろ?」
「むぅ」
空咲は不服そうに口を尖らせている。
まぁ、パンツを盗んでなくても手を上げることはできるけどな。
俺は「パンツを盗んだ者は手を上げろ」って言っただけで、「盗んでいない場合は手を上げるな」とは言っていないから、そこは自由意志になるわけ。つまり手を上げてもパンツを盗んでない可能性はあるわけだ。
――けど、それにしてはスンナリ手が上がったような気も。ちょっと迷ったりするもんなのに。まぁいいか。
何も言い返せず押し黙った空咲を見て、ミシェルが口を挟んできた。
「『ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない』までありますよ。最後までお忘れなきよう。……先ほどの命令は不十分に過ぎると思います。特に古い型のアンドロイドは、くうこう様の意に沿わない形で手を上げたかもしれません。――」
「――くうこう様。空咲様。メイドたちから一人ずつ、お話を伺ってみるのはいかがでしょう? 詳しく聞けば、真犯人がわかるかもしれませんよ」
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