第63話 ハロー僕らの転校生 @2
「あ、一叶。やっと会えた。久しぶ……いや。はじめましてだね」
七夕 氷が現れた。
――はじめまして。
その言葉を聞いて、僕はハッと気がつく。先日七夕さんと会話をしたのは『カナエ』であり、そして一叶として顔を合わせるのは、今この瞬間が初だということに。
イノリちゃんを救うあの試合の中で僕は、イブキちゃんの正体が七夕さんであると見破りはしたが、しかし気づいた事実を七夕さんに告げた訳でもない。
つまり七夕さんからしてみれば、「イブキの姿で一叶と会話をしたことはあるけれど、一叶はイブキの正体が私だったと知らない。すなわち一叶は私と初めて会ったと思っている」的な思考に行き着くのだ。
「……や、ややこしい」
僕は既に七夕さんに対して多少の親近感を抱いているものの、それは『カナエ』として七夕さんとLoSをプレイしたのが理由である。
逆に七夕さんの知る『一叶』は、「カフェで須田に啖呵を切った一叶」と「プロゲーマー集団を蹂躙した一叶」だけ。きっと僕に向けられる感情は、親近感とは程遠い。
「……いやむしろ、怖がられてても不思議じゃないレベル?」
七夕さんとの接し方にも、相当気を使うことになりそうだ。
僕が小声で状況を整理していると、ムラムラの視線が僕に向く。理由は間違いなく、七夕さんが僕の名前を出したからだろう。
「星乃くん、七夕さんと知り合いなのですか?」
「えっ。いや」
知り合い、ではない。何故なら『一叶』として七夕さんと会ったことは一度もないから。
――お、落ち着け。下手な答え方をすると、七夕さんに『カナエ』の正体が僕だとバレる……ッ!
「い、いえ初対面です。……彼女も『はじめまして』って言ってましたよ」
「ふむ、確かに。星乃くんを名指しする辺りに違和感を感じましたが……詮索することでもありませんね。構いません、それより七夕さんは自己紹介を」
注目から外れた僕は、ほっと息を吐く。全員の視線を一身に受けるなど慣れたものだが、やはり『カナエ』が絡むと少し焦ってしまう。
僕はクラスの皆に混じり、七夕さんを見つめる。周囲に耳を澄ますと「え、本物?」なんて声も聞こえてきて、七夕さんの人気のほどが窺えた。
クラスの皆はまだ半信半疑のようではあるが、しかし彼女の整った容姿と、ムラムラが口にした「七夕さん」という苗字によって、徐々に確信に迫りつつあった。
そんな空気の中、七夕さんは一体どんな自己紹介をするのだろうと、僕はのほほんと肘をつく。
「私の名前は七夕 氷。LoSのプロゲーマー」
ここで教室がざわめく。僕以外のほぼ全員が、何らかのリアクションを見せた。
「足が動かないから、歩いたり走ったりは無理だね。でもVRゲームはなんでも得意。誘ってくれると嬉しい」
次に僕らがやや触れにくく感じていた話題に、七夕さん自らが触れる。その語り口調は平然としていて、彼女自身は身体の障害をそこまで気にしていないように思えた。
「それで、転校してきた理由だけど――」
あぁ気になるな、と僕は耳を澄ます。どうしてわざわざ夏を目前にしたタイミングで転校してきたのだろう、と疑問に感じてはいた。
それは第三者的な、僕にとってはそこまで重要ではない小さな疑問だったが、しかし。
「――私は一叶に会うために来た。ずっと一叶に会いたかった」
「「「……は?」」」
「ちょっと待って落ち着こうよ皆。とりあえず全員その鋭利な文房具を机に置くんだ」
まさか唐突に命の危機に晒されるとは思わない。というかムラムラまで鉄製振り子をぶん回してんだけどマジで巫山戯んなよお前は教師だろうが。
「星乃くん。学校は勉学に励む場所であり、恋愛を楽しむ場所ではありませんよ」
「アンタのはただの
高校時代に一度も彼女ができなかったからって、僕まで巻き込むんじゃねぇよクソ教師が。
「七夕さん!きっと説明がまだ途中なんだよね!?ほら早く続きを話してよ僕が殺される前に!!」
「……?説明は終わり。自己紹介も終わり。ところで今日の放課後、一叶の家に行っていい?」
「「「死ねぇぇぇぇえ!!!」」
「なんで火に油を注いだの!?ちょ待て待て躊躇なく眼球狙うのは止めろよ!?ここVRじゃなくて現実だから……ッ!!」
ダメだ、流石に人数が多すぎる。二人や三人であればワンチャンあるが、クラスの全男子+教師が相手となると流石に分が悪い。なんならムラムラが司令塔の役割を果たしているせいか、過去最高に連携が取れていた。
「くっ……っ」
僕は制服をボロボロにしながらも、LoSで磨いた回避スキルを総動員し、どうにか致命傷を避け続ける。だがそんな奮闘も数の暴力を前にしてはあまりにも無力。
数秒もすれば限界が訪れ、僕は冗談抜きに生命の危機に立たされた。
――パァンッ!
だが、そのとき。
教室の何処かから、甲高い手を叩く音が響く。僕も含めた全員が驚き、その場で固まった。
「……静粛に」
祈祷さんの声がした。聞いているだけで、手先が震えてきそうな冷たい声だった。
「……見村先生、朝礼の時間が無くなりますよ。皆さんも早く席へ戻りなさい。何を騒いでいるのですか?」
騒々しかった教室はあっという間に静まり返り、静寂が満ちる。そして隣のクラスの声が聞こえる、なんて普段では有り得ぬ状況に陥った。
僕は祈祷さんの慈悲に涙する。暴徒と成り果てた学友たちを、鶴の一声で黙らせてくれたのだ。もし祈祷さんが居なければ、僕は今頃校門で磔にされていただろう。
「祈祷さん、本当にありがとう!おかげで助かっ――」
「黙りなさい。……全部、説明して貰いますから」
――助かってないな。むしろ悪化してるぞこれ。
猛禽類のような瞳を僕に向ける祈祷さんを見て、僕は「クラスの男子全員を相手取った方が遥かにマシだった」という事実を理解した。
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