第62話 ハロー僕らの転校生 @1
「それにしても七夕さん、本当に強かったなぁ……」
……と、僕は数日前の出来事を思い出す。
今は朝。もうすぐ先生が姿を見せ、朝礼が始まるといったタイミングである。ぼうっとするには丁度いい空き時間……というより、眠気のせいで否応なしにぼうっとしていたというべきか。
ともあれ半分眠っているような状態で、僕は七夕さんと駆けたバトロワの思い出に浸っていた。
30チームで勝利を奪い合うバトロワ:デュオであるが、結論から言えば僕と七夕さんのチームは一度も負けなかった。10戦以上は参加した気がするが、どれもこれも危なげのない圧勝。七夕さんの後衛としてのカバー能力は、過去僕が感じたことの無いほどの安心感だった。
「……日本最強の女性プレイヤーね」
その称号にも納得である。
「星乃さん、何を考えているんです?」
「っ!?……あ、祈祷さん」
ふと真横から聞こえてきた、祈祷さんの声。未だに急に話しかけられると驚いてしまうので、祈祷さんに対するこの恋心は掠れていないらしい。
僕は咳払いで誤魔化しつつ、首を傾げる祈祷さんに答えを返す。
「実は最近、凄くLoSが上手い人と一緒にプレイする機会があってさ。そのときのことを思い出してたんだ」
「へぇ……。あの星乃さんが、そこまで言う人ですか」
どういう訳か、祈祷さんはやけに驚く。それはまるで、僕が相当LoSをやり込んでいることを知っているかのような口ぶりだった。
「ん?僕、祈祷さんに話したことあるっけ。僕がLoSが得意だって話」
「え?……あ、ありますよ。もう忘れちゃったんですか」
祈祷さんはやや頬を強ばらせながらも、自信ありげにそう答える。LoSをプレイしていると伝えた記憶はあるが、その腕前について詳しく語ったことはないはずだが……
「まぁ結構昔の話なので?星乃さんが忘れちゃうのも?仕方ないとは思いますけど?」
「ふーん、そっかぁ」
だが祈祷さんがそう言うなら、やはり僕の勘違いなのだろう。素直に頷くことにした。
「(……あ、危ないところでした。星乃さんと一緒に戦ったのは、あくまでも『イノリ』。気をつけないと)」
祈祷さんはブツブツと何かを呟いているが、僕には上手く聞き取れなかった。一瞬聞き直そうかと悩んだものの、そこまでしなくて良いかと判断し、僕は話を変えることにする。
「ところで祈祷さん」
「な、なんですか?」
「最近、学校でよくQtube開いてるよね」
「……そうですかね?」
「うん、休み時間は大体見てる。それで誰の動画を見てるのかなー、って少し気になってさ」
あまり人の趣味を詮索すべきではないとは思いつつも、やはり好きな女の子の趣味は気になるというもの。もしそれが僕と共通の趣味であれば、盛り上がる話題の一つになるのだから。
「あ、もちろん教えたくないなら大丈夫だけど」
「いえ、別に秘密にしている訳でもないので。……少し待ってくださいね」
そう言うと祈祷さんは携帯を取り出し、僕の目の前にQtubeの画面を映し出した。ほんの一瞬だけ祈祷さんの「チャンネル登録リスト」が見えそうになるが、あまりの操作の早さに何も読み取れない。
そしてあっという間に、その指は止まり――
「私が見ているのはこの人ですよ」
――『七夕 氷』のチャンネルが開かれた。
登録者数312万人。それは日本で最も有名で、世界的にも名の知れたプロゲーマーのチャンネルである。
「祈祷さんって七夕さんのファンだったんだ」
「違います。むしろ嫌いです」
「なんで見てんの?」
いやほんと、嫌いな人の動画なんて見ない方が良いって。嫌いな人とは大人しく距離置くのが正解だから。
似たような会話を何処かで誰かとしたような気もするが、あまりの動揺のせいで思い出せない。
「弱点を探してるんです。どうやったらこの女を排除……キルできるかなと」
「へ、へぇー……」
まさか祈祷さんが、七夕さんをライバル視しているとは思わなかった。七夕さんの配信を見る大抵の人が「つえー」とか「うめー」と呟くだけの中、本気で攻略法を練る向上心の鬼がこんな身近に居るなんて。
祈祷さんに対する印象を、少し改める必要がありそうだ。
「……もしかして祈祷さん、かなりLoSやり込んでる?」
「私はそこそこですよ。言うほどではありません」
「へぇ。良かったら今度一緒にやろうよ。実は僕もそこそこやり込んでるんだ、LoS」
「……そこそこ?」
「え、なに?」
「い、いえ別に何も。是非やりましょう」
ほんの一瞬祈祷さんの顔が曇ったことに焦るが、ともあれ祈祷さんを遊びに誘えたことに歓喜する。下心とか出てなかったなぁと若干の不安を感じつつも、僕は内心でガッツポーズを決めた。
「それで、他には誰を呼びます?いつも通りに隠奏さんと笹木さん辺りですか?」
「僕ら二人だけで良いんじゃない?」
「え」
「え?――あ、ごめん待って今のなし道幸たちも誘おう」
やらかした。
普通に考えて、付き合ってもいない男と二人きりなんて嫌に決まっている。まして僕は一度祈祷さんにフラれているのだ。配慮不足にもほどがある。
――最近、デュオモードでプレイする機会が多かったせいだ……っ!
LoSは二人用なんてことはなく、ソロだろうと大人数だろうと様々なモードで楽しめる。にも関わらず、つい自然と二人でのプレイを前提に話してしまった。
これが本当に二人用のゲームであれば何の問題も無かったのだろうが、今の僕の口振りでは「あえて二人きりで遊ぼう」というデートの誘いと大差ない。
「ご、ごめん。本当に気にしないで」
僕は必死に平静を振る舞い、どうにか誤魔化せないかと思案する。だが目を見開き、顔を真っ赤に染めた祈祷さんを見て、今の失言を無かったことにするのは無理だと諦めた。
「……あ、あの、星乃さん。そ、それはつまり……その」
やけに祈祷さんの顔が赤いのは、怒られる前兆だろうか?
チラチラと僕を上目遣いに見つめてくるのは、殴りかかる隙を図っているのだろうか?
僕は目を閉じ、振り下ろされる拳を待つ。
「ほ、星乃さんが嫌でなければ、私は――」
と、祈祷さんが何かを言おうとしたとき。
――教室の自動扉が、音を立てて開かれた。
教壇を見ると、そこには僕らの担任教師が教卓に向かって歩く姿があった。
「あれ?今日は先生、少し早いね。いつもはチャイムと同時に入ってくるのに」
「……。そう、ですね」
祈祷さんが悔しげに歯を噛み締めているが、これは僕を殴るタイミングを失ったからだろうか。
先生は教卓の前に立つと、教師用端末の電源を入れる。
「いつもより2分17秒早いですが朝礼を始めます。迅速に席へ戻りなさい」
ムラムラの女子人気は皆無だが、対して男子からの支持は相当に高い。その理由はムラムラの女子人気が皆無だからである。モテない男子が集う2-3では、先生に仲間意識を感じている生徒も多かった。
「星乃さん。……こ、この話の続きはあとで必ず」
「え、あー……。ですよねー」
ワンチャン有耶無耶になって許されるかと思ったが、やはり怒られるのは確定らしい。過去に祈祷さんは「しつこい人は嫌い」だとハッキリ言っていたし、アプローチを思わせる発言は好ましくないようだ。
これからは気をつけようと、僕は自分を戒めた。
祈祷さんが離れていき、そして全員が席に着く。すると見村先生は細い瞳を僅かに開いた。これは重要な話が始まる合図である。
「皆さんおはようございます。……と、まずは君達の貴重な朝の2分間を奪ったことに謝罪をしたい。申し訳ありません」
気にしている人間など一人も居ないだろうに、ムラムラは律儀に頭を下げる。間違いなく良い先生ではあるのだが、しかしそれでも女子にはモテない。
「――さて。それではいつものように前置きは省いて、早速本題に入りましょう。省けるものは全て省くのが、上手く生きるコツですよ」
そう言うとムラムラは、やや大きめな声で「入りなさい」と呼び掛ける。一体誰に言っている?と疑問に思うのも束の間、再び自動扉が開かれた。
そして直後、車椅子に乗った少女が教室に入ってくる。
「転校生です。彼女は今日から皆さんの友人となる一人。どうか仲良く、後悔のない青春を」
車椅子のインパクトで一瞬気づかなかったが、こちらへ近づいて来るのは見覚えのある顔だった。
それはつい先日、共に戦場を蹂躙した人。
それはつい先ほど、祈祷さんの携帯で見た人。
「あ、一叶。やっと会えた。久しぶ……いや。はじめましてだね」
七夕 氷が現れた。
///////////////
一叶と七夕さんは今回の顔合わせが初です。お互いにお互いの顔は知っていますが、ここまでで顔を合わせたのは「イブキと一叶」「七夕とカナエ」パターンだけなんですね。
一叶目線ではカナエとして七夕さんと喋っているのでそこそこ親しい感じですが、七夕目線では一叶とはほぼ初対面。ややこしいですね。
Twitterで更新の告知などもしているので、よろしければフォローおなしゃす。ありがたいことに最近6万フォロワー越えました(@comay_nar)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます