第61話 僕は男で姉は兄 @6
「きっとこの中に正解はあるはず……っ!」
ある意味で僕のVtuber生命を懸けた、カナエ人生史上の上位に食い込む重要な選択肢。
そして僕は、一つの衣装を選び取った。
――Costume change
同時、僕の身体は魔法少女の変身シーンの如く光に包まれる。
衣装変更を行うと、一瞬ではあるが全身のスタイルが丸分かりになってしまうため、本来はメイキングルームでの着替えが推奨される。
しかしメイキングルームに一度転移すると、帰還ポイントがこの場に固定されてしまうのだ。それはつまりクオンちゃんに待ち伏せされ、帰ってきたタイミングで襲われてしまうということ。
今ばかりは多少のスタイル公開もやむ無しだった。
【うぉぉぉぉぉ!?!?】
【公開生着替え!!!】
【貧乳エッグッ!!!!】
やむ無し。
「「カ、カナエくん(さん)が着替えてる!?もっと近くで見なくては!!」」
……いや、本当にやむ無しだったのか?
皆が軽くスルーしてくれれば僕も気にならないのに、ここまで多大なリアクションを向けられると間違えた気分になってくる。
こっち見んなよ恥ずかしい。
「……まぁいっか」
やっちまったものは仕方ない。僕は堂々たる立ち姿で着替え完了を待つことにした。
こういうのは、下手に恥ずかしがると悪化するのだ。僕は心の中の日本男児を前面に押し出し、圧倒的な仁王立ちで発光ヌードを見せつけてやった。
【なんだろう、笑えてきてエロさを感じない】
【ギャグシーンを見てる気分】
【そもそも色気とか皆無の貧弱スタイルだしな】
「――おいお前ら???」
正体が男である以上「色気がある」と言われても反応に困るが、しかし皆無とまで言われると普通にムカつくな。バカという自覚があっても、実際にバカ扱いされるとイラつくのと同じ理屈である。
僕は僕の色気をディスった奴に全面戦争を仕掛けようする――が、しかし着替え完了を告げる効果音に防がれる。
「ん?……あ、終わった?」
僕は自分の格好を見下ろす。するとそこには、想定を遥かに上回るクオリティの衣装があった。
「……あ、あ、ぁ……え?……天使?」
「カナエ、さん……?」
クオンちゃんとイノリちゃんは、呆然と立ち止まる。その様子に、僕は正解を引き当てたことを確信した。
――ウエディングドレス
僕はベールから顔を覗かせて、二人に微笑みかける。
「ボクと結婚しよう」
「私と結婚してください」
【いや俺と結婚しよう】
【一生幸せにする】
【実はオレ石油王なんだ】
みんな手のひらクルックルかよ。僕の視聴者とか本当に信用ならんな。
「いや、それにしても……」
このウエディングドレス、あまりにも精巧過ぎる。細部への拘りが留まらないというか、本物以上に本物さを感じさせる出来栄えだった。
曰く七夕さんの作成したデータらしいが、プロでもここまで凝れるかは怪しいところ。ポリゴン数が増えれば増えるほどデータ量が増し、衣装変更にかかる時間が伸びるらしいが、今回のウエディングドレスは平均の10倍以上は経過したように思えた。狂気的な執念の賜物である。
「ふふん、我ながら上出来。よく似合ってるよ、カナエ」
「あ、ありがとう……」
ここまで高品質だと、「着せられてる感」が出てきそうで不安になるが、どうにか馴染めているようで安堵した。
「ってあれ?……イノリちゃんとクオンさんは?」
自分の身に纏うウエディングドレスに気を取られたせいで、僕は二人の姿を見失ってしまう。キョロキョロと辺りを見回しながら一瞬焦るが、コメ欄を見て何が起きたのかを理解した。
【二人ともメイキングルームに消えましたよ。着替えに行ったんじゃないですか?】
「……着替え?」
なんだか猛烈に嫌な予感がする。一体この状況で、二人は何に着替えようというのだろう。
というか僕を助けに来たイノリちゃんまで何してんのさ。そんなことしてないでちゃんと僕を守って欲しい。
そうして数秒が経過すると、目の前に転移のエフェクトが現れる。どうやら二人がメイキングルームから帰ってきたようだ。
僕は警戒しながら、二人の変化を見定める。
「あ、二人ともおかえ……り」
――イケメンが二人に増えていた。
「……んん?」
僕は目を擦って、もう一度確認してみる。
だがやはり見間違いでなかったようで、そこには新郎として百点満点な、タキシードを纏った二人のイケメンが立っていた。
「……何してるの?」
「え?カナエさんと結婚しようと思いまして。普通に」
「しないが。普通に」
当然の顔して籍入れようとするのやめて欲しい。もしかして手に待ってるその紙は、電子婚姻届だろうか。用意周到すぎて怖いよ。
「クオンさんも、なんでタキシード着てんの?『男は男同士、女は女同士』って言ってなかったっけ?それだと男と女になっちゃわない?」
クオン(男タキシード)×カナエ(女ウエディングドレス)では、クオンちゃんの理想は叶えられないけれど。
「……ボクは、ついに目が覚めたんだ」
「覚めてないよ?自分の格好見てみ?」
「男か女かなんて、どうでも良い。大事なのは――カナエくんか、それ以外かだった」
「ほらやっぱり覚めてない」
むしろ悪化してる。僕が巻き込まれていない分、同性愛主義の方が百倍マシだった。
「カナエさん、私が貴女を幸せにしてみせます。――私の人生、全てを賭けて」
「どうかボクを選んで欲しい。絶対に後悔はさせないよ、カナエくん」
「うるさい帰れ。僕の婚期にはまだまだ余裕があるんだ」
まさか二人の男装美少女に片膝をつかれて結婚を迫られるなんて、男として不甲斐なし。
クオンちゃんのバーサーカーモードが解除されたので、物理的な貞操の危機は脱したが、イノリちゃんが敵に回ったことを考慮に入れると、これまた悪化しているような気もした。
【両手に花だな】
【どっち選ぶの?】
【クオン様を選んだら殺すわよ】
【俺のイノリに手を出すつもりじゃねぇよな?殺すぞ】
「どっち選んでも殺されるじゃん。てかイノリちゃんはお前のじゃないハッ倒すぞ」
イノリちゃんに魔の手が迫る前に、何か対策を考えるべきかもしれない。
「カナエさん……ッ」
「カナエくん……ッ」
「ええい、そんな目で僕を見るな……っ」
なんだこの、どっちかを選ばなきゃ終わらない感じの雰囲気は。嫌だよ選びたくないよ。どっち選んでも地獄だもん。
僕はどうにかして穏便にこの場を切り抜けられないかと考える。必要なのは、二人のどちらを選ぶことも無く、そして二人ともが納得するような答えだ。
【イノリorクオン……悩ましいな】
【銀髪イケメンか青髪イケメン】
【清楚系と王子様系、甲乙付け難いですね】
【wktk】
盛り上がりを見せるコメ欄を見て、僕は頬を引き攣らせる。ここで逃げたら炎上しそうな空気だが、選んだら選んだで燃えるのも間違いない。
「……分かった、決めるよ」
だから、僕は。
「この中で、一番魅力的に思えるのは――」
差し出された手を無視して。
「――七夕さんかな」
僕の横に立っていた、第三の選択肢を掴んだ。
「「……は?」」
「待ってカナエ、私を巻き込まないで。二人が恐ろしい顔で睨んでくる。怖い」
僕は満面の笑みを浮かべながら七夕さんに一歩近づき、その手を握った。
「前にも言った記憶があるんだけど、実は僕って男よりも女の子の方が好きなんだ。だから二人がどれだけイケメンだろうと関係ないんだよね」
むしろイケメンなんてクソほど嫌いだ。この世から滅べ。
「カナエお願い、手を離して。殺される」
僕は罪悪感にかられつつも、七夕さんの手を引いて走り出す。これが最善手だと判断した。
「七夕さん、どこに遊びに行く?」
「行かない。帰る」
「了解、バトロワね!楽しくなってきた!」
「カナエ?話聞いてる?」
「七夕さんとコラボなんてワクワクするなぁ!!」
「い、嫌ぁ……」
七夕さんはブンブンブンブン腕を振り回すが、僕はこの手を離すつもりは微塵もない。地獄の底まで付き合って貰う。
後ろでイノリちゃんとクオンちゃんがドス黒いオーラを爆発させていたが、今の僕にはどうでもいい話。
「……七夕 氷。……その名前、この胸に刻み込みましたよ」
「末代まで呪う……否。キミを末代にしてあげようじゃないか」
その矛先が向かうのは僕ではなく、七夕さんなのだから。
あとは軽く時間を潰してリアルへと逃げれば、今日は無事に帰れるだろう。僕の今回の件を通して、日々の平穏は尊い犠牲の上に成り立っているのだと学んだ。
七夕さんと遊んでいる最中、ちょくちょく常軌を逸した殺気を感じたが、きっと僕の気のせいである。
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