踊る終末家族

[家族]


父  遠藤羊一郎(ヨウイチロウ)

母  遠藤円子(マルコ)

長男 遠藤又雄(マタオ)

長女 遠藤瑠花(ルカ)

次女 遠藤湖羽(コハネ)

葬式ロボ 弔問くん


[訪問者]


巡査 長芭木(オサバキ)

教師 猿目(サルメ)

市議会議員 飯山(メシヤマ)

研究員 鹿原論冶(カバラロンジ)

その妻 鹿原説子(カバラセツコ)

逃亡者 佐田さん(サタサン)

郵便配達夫

教祖さま


1 日曜日 昼前


 遠藤家の茶の間。

 ちゃぶ台とテレビがあり、壁にはカレンダーが掛かっている。

 台所へと通じる通路の入り口には、のれんが掛かっていて、風呂場や洗面所、トイレ、勝手口などもこちらにある。

 居間から少し離れたところには、土間と玄関がある。

 また、家の二階や、他の部屋へと通じる廊下もあるが、暗い。


 遠藤羊一郎、廊下からやって来て、茶の間へと入る。


羊一郎 (カレンダーの丸が付いている日を見て)……あ。人類滅亡の日、来週か。…そっかあ、しまった、すっかり忘れてたなぁ…。(などと言いながら座り)母さーん、新聞ちょうだい。


 円子、台所からやって来る。


羊一郎 おはよう。

円子  もうお昼前ですよ。

羊一郎 うん。

円子  いくら日曜だからって。

羊一郎 うん。

円子  はい、新聞。

羊一郎 うん。(開く)…あれ、これ昨日のじゃない?

円子  そうよ。

羊一郎 今日のは?

円子  ないよ。

羊一郎 なんで?

円子  新聞、もう作ってないの。

羊一郎 なんで?

円子  だって、来週、滅亡しちゃうって言うのに、せこせこ新聞なんて作ってらんないでしょ。

羊一郎 そういうもんか。

円子  そういうもんよ。

羊一郎 じゃあしょうがないなあ。(テレビつける)…あれ?(チャンネルを変える)

円子  テレビもやってないの。

羊一郎 なんで?

円子  だって、来週、滅亡しちゃうって言うのに、せこせこテレビ番組なんて作ってらんないでしょ。

羊一郎 そういうもんか。

円子  そういうもんよ。

羊一郎 じゃあしょうがないなあ。(テレビを消し、新聞を開く)

円子  ご飯の用意しますね。

羊一郎 うん。

円子  カップラーメンとかでいい?

羊一郎 え? いや…ちょっとなあ。

円子  なんで? 好きでしょ?

羊一郎 でも、朝からそんなもん食ったら、体に悪いよ。

円子  悪かったら駄目なの?

羊一郎 駄目でしょ、そりゃ。

円子  なんで?

羊一郎 だって病気になっちゃうよ。

円子  でも、来週死ぬんでしょ。

羊一郎 え? …あ、そうか。

円子  そうよ。

羊一郎 じゃあ、もう、健康に気使わなくていいのか。

円子  そうよ。

羊一郎 ははははっ。じゃあカップ麺でいいや。

円子  はい。

羊一郎 そっか、気兼ねなく好きなもん食っていいのか…いいねえ…。(などと言いながら新聞をよむ)

円子  そうね。


 廊下からやって来た湖羽、茶の間に入る。


羊一郎 おう、湖羽、おはよう。

湖羽  おはよう。

羊一郎 湖羽、お前、知ってた? 人類滅亡、もう来週だよ。

湖羽  …知ってるよ、そんなの。

羊一郎 あ、そう?

湖羽  ねえ、お母さん、ご飯は?

円子  あ、カップ麺でいい?

湖羽  えー、まあ、いいけど。

円子  じゃあ今作るから、ちょっと待ってて。

湖羽  いいよ、自分でやるから。部屋で食べるし、あたし。

円子  そう。

湖羽  うん。(台所へ去る)

羊一郎 …湖羽、ちょっとは学校行ってんの?

円子  ううん、全然。担任の先生からも電話掛かってくるの、毎日。

羊一郎 大丈夫か? 今年受験だろ?

円子  そうねえ。でも、来週死ぬんだけどね。

羊一郎 あ、そうだ。じゃ、いいのか。

円子  うん。

羊一郎 そっか、じゃ、いっか。


 長芭木、玄関を開けて入ってくる。


長芭木 どうもー、長芭木でーす。

円子  あ、はーい。(玄関へ向かう)

長芭木 どうも、見回りです。おまわりの、見回りです。

円子  いつもお疲れ様です。

長芭木 なんか変わったことあります?

円子  いえ、特には。

長芭木 そうですか。まあ一応、家の中見ときますんで、ちょっとお邪魔します。

円子  あ、はい、どうぞ。

長芭木 あ、土足でもいいですよね。

円子  あ、土足でもいいです。

長芭木 それなら私は土足です。

円子  はい。


 長芭木、家の中へ上がる。茶の間に上がる。


長芭木 どうも。

羊一郎 あ、どうもどうも。お疲れ様です。

長芭木 なんか変わったことあります?

羊一郎 そうですねえ。テレビやってないのがちょっとあれですね。

長芭木 ああ、それはあれですね。

羊一郎 ええ、あれです。

長芭木 あれですねぇー…あ、ご家族は? 皆さん、無事?

羊一郎 多分…母さん、又雄は?

円子  部屋。

羊一郎 瑠花は?

円子  外。買い物行ってる。

長芭木 あ! 外は危ない!

羊一郎 危ないですか。

長芭木 だって、もう一週間前だよ?

羊一郎 ええ。

長芭木 舞之森市は、知ってる? さきおとといくらいにいち早く滅亡したじゃない。

羊一郎 ええ、いち早く。

長芭木 滅亡の一週間前くらいから、火事とか殺人事件みたいなのじゃんじゃん起こってたってよ。

羊一郎 へえ。

円子  物騒ですね。

長芭木 で、今、大変なのは歌井原うたいばら市ね、すぐ隣りの。しあさってくらいに滅亡なんだけど。もう、今、大変だって。発砲とか、通り魔とか。わーお。

羊一郎 へえ。

円子  物騒ですね。

長芭木 うちの市は明日でちょっきし一週間前でしょ?

羊一郎 えー…(カレンダーを見て)月曜日で滅亡だから、そうですね。明日でちょっきし一週間前です。

長芭木 危ないよ!

羊一郎 気をつけます。

長芭木 ねー。じゃ他の部屋見まーす。

円子  あ、はい。


 円子と長芭木、茶の間から出て行き、廊下へと去る。

 湖羽、台所から出てくる。


湖羽  誰か来たの?

羊一郎 ああ、おまわりさん。

湖羽  ふーん。

羊一郎 あれ、お前、ラーメンじゃないの?

湖羽  パンにした。

羊一郎 おー、そうかあ。父さんもパンにしようかなあ。

湖羽  じゃあね。

羊一郎 あ、おい、湖羽。

湖羽  なに?

羊一郎 お前、担任の先生から電話掛かってきてるってよ、毎日。

湖羽  うん、知ってる。

羊一郎 ちょっとは学校行かないと。今年受験だろ?

湖羽  うん、まあ…。

羊一郎 なあ。

湖羽  …。

羊一郎 まあ、でも来週死ぬんだけどな。ははは。

湖羽  …。


 湖羽、茶の間から出て行き、廊下へと去る。


羊一郎 …え? なんだ?


 少しして、飯山、玄関を開けて入ってくる。


飯山  お邪魔いたします。

羊一郎 え、あ、はいはい。(茶の間を出て、玄関へ)

飯山  遠藤様の旦那様でいらっしゃいますか?

羊一郎 え、ええ。

飯山  どうも、始めまして。私、我が踊ヶ丘おどりがおか市の市議会議員をやっております、飯山と申します。(お辞儀する)

羊一郎 あ、これはどうも。あ、今、家内を呼んできますので。

飯山  いやいや、結構ですよ。各ご家庭への配布物を、お届けに伺っただけですから。

羊一郎 ああ。

飯山  入って。

鹿原(声) はい。


 鹿原、弔問くんの手を引いて入ってくる。


羊一郎 えっと…

飯山  踊ヶ丘市市議会付属の、研究施設に勤める所員です。

鹿原  鹿原と申します。

羊一郎 あ、どうも、え、なんの研究を…

飯山  こちらが配布物。葬式用ロボです。

羊一郎 え、ロボット?

飯山  まあ、詳しい説明は鹿原君の方から。

鹿原  はい。

飯山  それでは私はこれで。ああ、そうだ。(メダルを取り出し、羊一郎に掛ける)

羊一郎 え?

飯山  おめでとうございます。あなたは、わが踊ヶ丘の誇りです。

鹿原  (拍手)

羊一郎 え、何が…

飯山  じゃあ鹿原君、設置しちゃって下さい。

鹿原  はい。


 鹿原、弔問くんの手を引いて茶の間へ向かう。


羊一郎 あ、

飯山  では、私はこれで。

羊一郎 あ、あの、これ何の表彰(なんですか)…


 飯山、去る。

 羊一郎、茶の間へ行く。

 鹿原、弔問くんの背中側で何かごそごそやっている。


羊一郎 …あ、お茶か何か…

鹿原  結構です。

羊一郎 あ、はい。

鹿原  …。

羊一郎 ロボット、なんですね、これ。

鹿原  …ロボットではなく、ロボですね。

羊一郎 え?

鹿原  ロボです。

羊一郎 ロボ…そうか、ロボットじゃなくてロボか…。

鹿原  あ、(携帯を取り出す)失敬。(出る)もしもし。…うん、仕事中。…大丈夫、五時には帰るよ。…ハンバーグがいいな、ハンバーグ。…うん。え? 馬鹿だなあ、そんな…(小声で)好きだよ。…え? (もう少し大きく)好きだよ。もう……好きだよ…(などと言いながら台所の方へ去る)


 羊一郎、鹿原を見送り、弔問くんを眺める。


羊一郎  おーい。…電源入ってないのかな。

弔問くん 省電力モード中です。

羊一郎  おお、喋った。

弔問くん …。

羊一郎  喋るのか…すごいな、ロボは…。


 瑠花、玄関を開けて入ってくる。


瑠花  ただいまー。

羊一郎 あ、お帰りー。


 瑠花が靴を脱ごうとしていると、郵便配達夫が玄関を開ける。


配達夫 郵便です。

瑠花  あ、はい。

配達夫 こちら郵便物です。どうぞ。(封筒を渡す)

瑠花  あ、どうも。(受け取る)

配達夫 以上、郵便でした。

瑠花  お疲れ様です。


 郵便配達夫、去る。

 廊下から長芭木と円子がやって来る。


長芭木 一応、大丈夫ですね。ま、なんかあったら百十番して下さい。

円子  はい。

長芭木 いつでも、気軽にね。

円子  はい。

長芭木 あ、じゃあ、帰りますんで。

羊一郎 あ、はい。お疲れ様です。

瑠花  どうも。

長芭木 おお、瑠花ちゃん。あ、外出てたんだって?

瑠花  あ、はい、ちょっと。

長芭木 危ないだろ!

瑠花  気をつけまーす。

長芭木 ねー。それじゃ帰りまーす。

円子  はい、お疲れ様です。


 長芭木、去る。

 瑠花と円子、茶の間に入ってくる。


羊一郎 瑠花、お前、どこ行ってたの。

瑠花  駅前。ちょっと買い物。

羊一郎 なんか買ったの。

瑠花  服買おうと思ってたんだけど、店、全部閉まってた。

羊一郎 そういうもんか。

瑠花  そういうもんだよ。

円子  ね、あなた。これ誰?

羊一郎 え? あ、これ? これロボ。

円子  え、なに、ロボット?

羊一郎 いや、ロボ。

円子  ロボ…。

羊一郎 市で配布してるんだって。各家庭に。

円子  え、それは?

羊一郎 あ、これは、なんか表彰された。市議会の議員の人に。

円子  え?

羊一郎 いや、俺もよく…

鹿原(声) 大好きだよ!

一同  (台所の方を見る)

円子  …あれは?

羊一郎 研究員の人。このロボ、設置しに来た人。

円子  …じゃあ瑠花のそれは?

瑠花  わかんない。郵便配達の人が持ってきた。

円子  へえ…なんか色んな人来たのね。

羊一郎 郵便。誰に?

瑠花  え、さあ。何も書いてないよ。

羊一郎 よし、開けてみよう。(封筒を開ける)


 廊下からやって来た又雄、茶の間の前を通りかかる。


円子  又雄。どっか行くの?

又雄  あ、うん。ちょっと買い物。

円子  なにを?

又雄  ノートとか。

円子  え、なんで?

又雄  いや、スケジュール立てようと思って。死ぬまでの。

円子  なんで?

又雄  だって、死ぬまでに色々やっときたいことあるから。この一週間、無駄なく生きていこうと思って。

円子  へえ、偉いのね。

羊一郎 うん、偉いな。

瑠花  でも、店、全部閉まってたよ、駅前。

又雄  コンビニはやってるだろ。

瑠花  あ、うん、やってた。

又雄  コンビニ行ってくるよ。

羊一郎 でもお前、外危ないんだぞ。おまわりさんに怒られちゃうぞ。

又雄  気をつけるよ。

羊一郎 そうか。じゃあ気をつけろ。

又雄  うん。気をつけて行ってきます。

三人  いってらっしゃい。


 教祖さま、玄関をそっと開けて入ってくる。

 やって来た又雄、教祖さまと目が合う。

 教祖さま、ちょっと会釈して去る。


又雄  え、誰…?


 又雄、いぶかしがりながら去る。


円子  あ、で、なんだった? 郵便。

羊一郎 あ、うん。なんか、手紙。

円子  誰から?

羊一郎 佐田さんって人。

円子  佐田さん? 瑠花知ってる?

瑠花  知らない。

円子  その佐田さんが、なんだって?

羊一郎 なんか、来るってよ。うちに。

円子  え、何しに?

羊一郎 わかんない。もうすぐ行きますのでとしか書いてない。

円子  へえ。

瑠花  なんだろうね。


 鹿原、やって来る。


鹿原  あ、どうも。

羊一郎 あ、この人が、研究員の人。

鹿原  鹿原です。

円子  あ、お茶か何か…

鹿原  結構です。

円子  あ、はい。

鹿原  (弔問くんの背中でごそごそやる)

瑠花  あの、これ、なんのロボットなんですか。

羊一郎 バカ、ロボットじゃないよ。ロボ。

瑠花  あ、そっか。

鹿原  この弔問くんはですね、葬式用のロボです。

瑠花  葬式。

鹿原  人類が滅亡した後に、皆さん方を丁重に弔うのが、この葬式用ロボの任務なのです。

瑠花  へえ。

鹿原  人が死んでも、ロボは死にませんから。

羊一郎 おお、カッコいいなあ。

鹿原  よし。では、私はこれで。愛する家内が家で待っておりますので。

羊一郎 あ、このロボは…

鹿原  弔問くんはまもなく起動します。

羊一郎 そうですか。

鹿原  では。

三人  ありがとうございました。


 鹿原、玄関へ向かう。

 佐田さん、玄関をそっと開けて入ってくる。

 やって来た鹿原、佐田さんと目が合う。


佐田さん こんにちは、お手紙差し上げた佐田です。遠藤さんですか?

鹿原   いえ、私は鹿原です。

佐田さん あ、マジで? どうも、失礼しました。

鹿原   いえいえ、こちらこそ。


 佐田さん、去る。

 鹿原も去る。


羊一郎 人が死んでもロボは死なない。いいねえ。

瑠花  ねえねえ、人以外の動物も死ぬの?

円子  さあ、どうかしら。人類の滅亡だから、他の動物は関係ないんじゃない?

瑠花  そっか、じゃあ死なないのかな。犬とか猫とか。

円子  多分ね。

瑠花  そっか、なんだ。

羊一郎 あ、瑠花、お前、昼飯食ったか?

瑠花  食べてない。でもここ最近、おなか減らないから平気。

羊一郎 そうか。そういうもんか。

瑠花  そういうもんだよ。(立ち上がる)

円子  あ、晩ご飯はどうする?

瑠花  うーん、一応、食べようとしてみようとする。

円子  わかった。

瑠花  じゃあね。


 瑠花、茶の間から出て行き、廊下へと去る。少し間。


羊一郎 …なあ、瑠花の部屋、もう残ってないよな、刃物。

円子  ええ、隅々まで探して、はさみもカッターも全部捨てときました。

羊一郎  針とかは?

円子   捨てました。

羊一郎  つまようじとかは?

円子   捨てました。

羊一郎  そう。

円子   ええ。

弔問くん (起きる)

羊一郎  あ、動いた。

弔問くん …(二人を見て)…この度は、誠に、ご愁傷さまでした。

羊一郎  あ、いや、まだ誰も死んでない。

弔問くん え。…あ、そうなんですか。

羊一郎  うん。

弔問くん 失礼しました。

羊一郎  …え、ロボ?

弔問くん あ、はい、ロボです。一般家庭向け葬式用ロボ、弔問くんと言います。始めまして。

羊一郎  ああ、始めまして。

弔問くん これから、お世話になります。(深々とお辞儀)

羊一郎・円子 (お辞儀)


 音楽と共に暗くなる。

 弔問くん、ペンを取り出し、カレンダーの日曜日のところに×印をつける。



2 月曜日 夕方


 又雄、ちゃぶ台で何かを書いている。

 弔問くん、側に立っている。


弔問くん …何書いてるんですか?

又雄   予定立ててんの。

弔問くん なんのですか?

又雄   死ぬまでにやっときたいことを、今日からの一週間で効率よくこなすための予定。

弔問くん へえ…(ノートをこっそり覗こうとする)

又雄   え、なに?

弔問くん あ、いや、気になって。

又雄   …見る?(ノートを渡す)

弔問くん あ、どうも…遺産を埋める。名言を書き留める。おいしいものをいっぱい食べる。はあ、なるほど…。

又雄   まあ、これからもっと細かく詰めてくけど、時間とか。

弔問くん なるほど。頑張って下さい。(ノートを返す)

又雄   …弔問、くん?

弔問くん あ、はい。

又雄   弔問くんは、何やってんの?

弔問くん え、ああ…まあ、ご家族の観察、とでも言いますか、そのー、お葬式をするときに読む弔事の内容を考えるために、ご家族の生活ぶりをよく見ておこうと努めてます。

又雄   弔辞?

弔問くん あ、なんて言うか、お葬式のとき読む、挨拶みたいなやつです。「故人は、非常に真面目な人柄で…」みたいな。

又雄   ああ。え、でも、それ…誰に聞かせるの?

弔問くん 誰もいないです。

又雄   だよね。

弔問くん 人間は、皆さん、お亡くなりになってますし。

又雄   だよね。

弔問くん まあ、でも、葬式が葬式である以上、弔辞は必要不可欠なんです。

又雄   そっかあ。頑張ってね。


 円子、台所からやって来る。


円子  ねえ、又雄、いま暇?

又雄  いや、わりと忙しい。

円子  洗濯物干しといて欲しいんだけど。

又雄  いや、だから、わりと忙しい。

円子  お風呂場の前に置いてあるからね。

又雄  いや、だから、わりと忙しい。

円子  よろしく。

又雄  わりと忙しい。


 沈黙。


円子   じゃあ、弔問くん、やってもらっていい?

弔問くん あ、はい、わかりました。

円子   ありがと。


 弔問くん、台所へ去る。


円子 …又雄、就職はどうすんの。

又雄 え?

円子 就職。どうすんの。

又雄 …ちゃんとするよ。

円子 ちゃんとするじゃなくて。

又雄 わかったわかった。

円子 ちゃんとしないでいいの。

又雄 わかった。え?

円子 え、なに? だって来週死ぬのよ? 今更ちゃんと就職して

どうすんの。

又雄 え? うん。

円子 だから、ふらふらしてなさいよ、死ぬまで。

又雄 …うん。

円子 変な子。

又雄 え?


 猿目、玄関を開けて入ってくる。


猿目  お邪魔します。…お邪魔しまーす。

円子  あ、はーい。(茶の間を出て玄関へ向かう)

又雄  (茶の間から出て廊下へと去る)

猿目  あ、どうも。私、湖羽さんの担任をしています、猿目と申します。

円子  あ、先生ですか、どうも、お世話になってます。母です。

猿目  あ、どうも。えーっと、湖羽さんは?

円子  います。

猿目  あ、そうですか…ちょっとお話をさせていただいても、

円子  はい、どうぞ。上がってください。

猿目  失礼します。(靴を脱ごうとする)

円子  あ、靴、大丈夫ですよ。

猿目  え?

円子  土足で、大丈夫です。

猿目  え、でも、

円子  大丈夫です。

猿目  しかし、

円子  大丈夫です。

猿目  失礼します。

円子  (茶の間の前で)じゃあ、こちらでお待ち下さい。今、呼

んできますから。

猿目  あ、はい、どうも。


 円子、廊下へと去る。猿目、茶の間に入り、座る。

 少し間。弔問くん、台所からやって来る。


弔問くん あ、

猿目   あ、どうも、私、

弔問くん お客様ですか?

猿目   え、はあ。

弔問くん では、ちょっと失礼して、(塩を懐から取り出す)

猿目   え、なんですか?

弔問くん あ、塩です。

猿目   塩。

弔問くん はい、塩を、掛けます。(猿目に塩を掛ける)

猿目   あ、えー…

弔問くん はい、おしまいです。では、ごゆっくり。

猿目   あ、どうも…。


 弔問くん、台所へ去る。

 少し間。郵便配達夫、玄関を開ける。


配達夫 郵便でーす。

猿目  …。

配達夫 郵便でーーす。

猿目  …。

配達夫 ゆーびーでーす。

猿目  指…?(玄関へ向かう)あ、あの、えっと、今、家の方が、

配達夫 こちら郵便物です。どうぞ。(紙片の束を渡す)

猿目  いや、あの、

配達夫 どうぞ。

猿目  …。(受け取る)

配達夫 以上、郵便でした。

猿目  お疲れ様です。

配達夫 (ラッパを取り出し、吹く)

猿目  …。


 郵便配達夫、去る。

 猿目、茶の間に戻る。

 円子と湖羽、廊下からやって来て茶の間に入る。


円子  お待たせしました。

猿目  あ、いえいえ。

円子  こちら、娘の、湖羽です。

猿目  あ、知ってます。

円子  あ。そうだ、今、座布団お持ちしますね。

猿目  ああ、いえ、そんな、お気遣いなく。

円子  じゃあ、お持ちしませんね。

猿目  …あ、はい。

湖羽  (座る)

円子  …先生、私は、いた方ががいいですか?

猿目  あー、いや、どちらでも大丈夫ですよ。

円子  じゃあ、適当にぷらぷらしてますね。

猿目  え、ええ。


 円子、ぷらぷらしながら台所へ去る。


猿目  面白い、お母様だね。

湖羽  いりますか?

猿目  いや、いらない。いや、いらないって言うのも、あれだけど。

湖羽  先生、それ、なんですか?

猿目  え? あ、そうだ。これ、郵便。さっき、郵便配達の人が来て。

湖羽  へえ…(紙片の束を見て)

猿目  なんだった?

湖羽  なんか、数が書いてあります。

猿目  なんだろう。

湖羽  見た感じ、宝くじっぽいですけど。

猿目  どうだろう。

湖羽  いりますか、一枚。

猿目  え、でも、

湖羽  どうぞ。

猿目  …じゃあ。(一枚もらって懐へしまう)

湖羽  …。(紙片を見ている)

猿目  …ああ、えっと、久しぶり。

湖羽  どうも。

猿目  …元気?

湖羽  はい、それなりです。

猿目  そっか、良かった。…学校は?

湖羽  え?

猿目  来てみない?

湖羽  …。

猿目  みんな、待ってるよ。…ほら、それに、もうすぐ受験もあるし、

湖羽  先生、

猿目  ん?

湖羽  先生は学校行ってるんですか?

猿目  え、そりゃそうだよ。

湖羽  …あの、

猿目  うん。

湖羽  なんでですか?

猿目  …え?

湖羽  なんで学校行ってるんですか?

猿目  いや、だって、そういう仕事だから。

湖羽  (カレンダーを指差し)…月曜日、来週の。なんの日だか知ってます?

猿目  …人類滅亡の日。

湖羽  …。

猿目  え、なに?

湖羽  …。


 瑠花、玄関を開けて入ってくる。


瑠花  ただいまー。

猿目  あ…お姉さん?

湖羽  はい。

猿目  そっか。お姉さんは、大学生?

湖羽  いえ、専門学校に。

猿目  ああ、そうなんだ。

湖羽  まあ、今はもう行ってませんけど。

猿目  そうかあ。

瑠花  あ、どうも。

猿目  ああ、どうも、お邪魔してます。湖羽さんの担任の、猿目です。

瑠花  姉です。

猿目  はい。

湖羽  ねえ、お姉ちゃん。

瑠花  え、なに?

湖羽  来週の月曜日、なんの日?

瑠花  え? 人類滅亡の日でしょ?

湖羽  …。


 沈黙。

 長芭木、玄関を開けて入ってくる。


長芭木 どうもー、長芭木でーす。

瑠花  あ、はーい。(玄関へ向かう)

猿目  誰?

湖羽  おまわりさんです。

猿目  へえ。

長芭木 おお、瑠花ちゃん。今日はずっと家にいた?

瑠花  いえ、買い物行きました。

長芭木 危ないってば!

瑠花  うるせーよ。

長芭木 ねー。それじゃ見回りまーす。

瑠花  どうぞ。

長芭木 (茶の間の前で)あ、湖羽ちゃん、どうも。

湖羽  どうも。あの、おまわりさん、来週の月曜日って、

長芭木 人類滅亡の日だよ。

湖羽  …。

円子  (台所からやって来る)

湖羽  お母さん、来週の、

円子  人類滅亡の日でしょ。

弔問くん (円子の後について台所からやって来て)人類滅亡の日ですね。

又雄   (廊下に出てきていて)人類滅亡の日かー。

羊一郎  (玄関を開けて、ただいまーの感じで)人類滅亡の日ー。

配達夫  (羊一郎の背後から)人類滅亡の日でーす。

長芭木  せーの、

湖羽以外 人類滅亡の日ー。(ハモる)


 沈黙。

 湖羽、茶の間から出て行き、廊下へ去る。

 少し間。


長芭木 じゃ他の部屋行きまーす。

瑠花  あ、はい、どうぞ。


 郵便配達夫、引っ込む。

 又雄、廊下へ去る。

 長芭木、瑠花、廊下へ去る。


円子   あれ、何しに来たんだっけ?

弔問くん さあ。


 円子、弔問くん、台所へ去る。


猿目  …。


 羊一郎、茶の間に入ってくる。


羊一郎 ただいまー…あれ?

猿目  あ、どうも、私、湖羽さんの担任をしています、猿目と申します。

羊一郎 あ、え、先生ですか、これはどうも、お世話になってます。あ、湖羽、呼んできましょうか?

猿目  ああ、いえ、大丈夫です。帰ります。

羊一郎 はあ。

猿目  また明日、伺いますので。

羊一郎 あ、そうですか。

猿目  失礼いたします。

羊一郎 どうも…。


 猿目、茶の間を出て、去る。


羊一郎 母さーん、ただいまー。

円子  はいはい。(台所から出てきて)お帰りなさい。

羊一郎 ただいま。あ、湖羽の先生帰ったよ。

円子  そう。

羊一郎 うん。

円子  で、どこ行ってたの?

羊一郎 え?

円子  あなた。

羊一郎 え? 仕事。会社。

円子  なんで?

羊一郎 え?

円子  なんで?

羊一郎 それは、だって、仕事だから。

円子  だって、来週、滅亡しちゃうのよ?

羊一郎 え、あ、そうだ。ミスったぁ…。

円子  そうよ、どうせ死ぬんだから。

羊一郎 …お前は? お前、何してたの?

円子  家事全般。

羊一郎 なに?

円子  洗濯、掃除、食器洗い…

羊一郎 いやいや、それもやらなくていいんじゃないの?

円子  なんで?

羊一郎 だって、どうせ死ぬんでしょ?

円子  違うの。

羊一郎 え?

円子  私は、やりたいからやってるの。

羊一郎 家事が好きなの?

円子  好きじゃないけど、やりたいからやってるの。

羊一郎 え、何それ?

円子  さ、お風呂掃除しよっと。


 円子、台所へ去る。

 少し間。飯山、玄関を開けて入ってくる。


飯山  お邪魔いたします。

羊一郎 え、あ、はい。(茶の間を出て、玄関へ)

飯山  遠藤様の旦那様でいらっしゃいますね?

羊一郎 ええ。あ、

飯山  どうも、我が踊ヶ丘市の市議会議員、飯山です。(お辞儀する)

羊一郎 あ、昨日はどうも。

飯山  おや、メダルは? 

羊一郎 え?

飯山  昨日差し上げたメダル。付けてらっしゃらないようですが。

羊一郎 あ、はは、仕事に行ってたもんで、

飯山  踊ヶ丘の誇りであるということに、何かご不満がおありで?

羊一郎 いえいえ、そんな、

飯山  ふーん。へー。

羊一郎 えー、あれは、あの、大事に部屋に飾ってます。

飯山  入って。

鹿原(声) はい。


 鹿原、入ってくる。


飯山  踊ヶ丘市市議会付属の、研究施設に勤める所員です。

鹿原  鹿原です。

羊一郎 あ、はい。

飯山  ちょっと込み入ったお話がありますので、上がらせていただいても。

羊一郎 え、あ、はい、どうぞ。

飯山  では、失礼いたします。

羊一郎 じゃあ、あの、こっちにどうぞ。

飯山  どうも。


 飯山、鹿原、羊一郎のあとについて茶の間へ入る。


羊一郎 それで、えっと、話というのは…

飯山  …実は、人類滅亡をですね、食い止めることが出来るかも知れないという。

羊一郎 え。それ、ほんとですか。

飯山  ええ、成功すれば。それでご協力いただきたいんです。

羊一郎 はい、え、何をすれば、

飯山  鹿原君。

鹿原  はい。…私を、しばらく、この家に住まわせて下さい。

羊一郎 …え、つながりが見えないんですが。

鹿原  私が、泊り込みで、お宅の弔問くんに改造を施すのです。

羊一郎 弔問くんに。

鹿原  昨日、愛する家内の待つ家に帰ってピンときたんです。お宅の弔問くんは、旧型の処理エンジンを搭載している、通称アールゼット2型と呼ばれるモデルなんですが、このモデルには、開発初期段階のミスでオーエックス32型の無線高速通信処理開発機能が組み込まれていまして、このオーエックス32型は、実は元を辿れば特別自衛隊やNASAなどで使用されている、軍事用超精密探索可能迎撃・追撃・京劇複合型最終採取システムの基盤となっていて、

羊一郎 え、えーっと、すみません。つまり、どういうことでしょうか。

鹿原  つまり、私を、この家に住まわせて下さい、ということです。

羊一郎 …はあ。じゃあ、わかりました。

飯山  (拍手)

鹿原  (大声で)おーい、いいってよー。

羊一郎 え?

飯山  ありがとう、ありがとう。(メダルを取り出し、羊一郎に掛ける)

羊一郎 あ、どうも。

飯山  おめでとうございます。あなたは、わが踊ヶ丘の誇りです。

鹿原  (拍手)


 鹿原説子、玄関を開けて茶の間へ入ってくる。


説子  どうも。

羊一郎 え?

説子  始めまして。

羊一郎 え、誰?

鹿原  私の、愛する家内です。

説子  鹿原論冶の妻、鹿原説子と申します。よろしくお願いいたします。

羊一郎 ああ、奥さまですか…。

鹿原  いい妻です。

説子  いい主人です。

二人  これからお世話になります。(深々とお辞儀)

羊一郎 (お辞儀)

飯山  (拍手)


 音楽と共に暗くなる。

 鹿原、ペンを取り出し、カレンダーの月曜日のところに×印をつける。



3 火曜日 昼


 誰もいない茶の間。

 しばらくして、猿目、玄関を開けて入ってくる。


猿目 お邪魔します。お邪魔しまーす。…ごめんくださーい。


 少し間。


猿目 ごめんくださーい…(少し小さな声で)…愛を下さーい。……僕に、真実の愛というものを、教えて下さーい。(笑う)


 廊下からやって来た説子、声を聞きつけて玄関へ向かう。


猿目 誰か、愛を、愛というものの意味を、教えてくださーい。

説子 あの、

猿目 わ! あ、すいません、変なこと言ってすいません。

説子 いえ、あの、いいですか、愛というものはですね、この世界で一番の宝物ではないかと、私は思っています。

猿目  あ、はあ、なるほど。いや、えっと…お母様、ですか?

説子  いえ、違います。

猿目  ですよね。えっと…


 鹿原、台所から茶の間に出てきている。


鹿原  説子ー。

説子  あ、愛するあの人の呼び声。はーい。(茶の間へ)

鹿原  ああ、ちょっと手伝ってもらってもいいかな。

説子  ええ、もちろん。

鹿原  弔問くんの両手を、しっかり押さえてて欲しいんだ。めちゃくちゃ暴れるんだよ、あいつ。

説子  まあ、とんだ厄介者ね。


 鹿原と説子、台所へ去る。

 又雄、玄関を開けて入ってくる。


又雄  あ、

猿目  あ、どうも。私、湖羽さんの担任を…

又雄  あ、そうですか。あ、すいません、ちょっと時間ないので。

猿目  え、あ、あの、


 又雄、茶の間へ入り、持っていた袋の中からポテトチップスとお茶を取り出し、ポテトチップスを開けて一生懸命食べ始める。


猿目  …。


 教祖さま、玄関をそっと開けて入ってくる。


猿目   あ、どうも。

教祖さま あ…。

猿目   あの、私、湖羽さんの担任を…

教祖さま ジャム持ってる?

猿目   え?

教祖さま ジャム。持ってる?

猿目   あ、え、ジャム、ですか?

教祖さま うん。ジャム。

猿目   あー、持ってない、ですね…。

教祖さま あ、そう。

猿目   はい。すみません。


 教祖さま、去る。


猿目   …。


 長芭木、玄関を開けて入ってくる。


長芭木 どうもー、長芭木でーす。

猿目  あ、どうも、お疲れ様です。

長芭木 あ、あなた、外から来たでしょ? ね? 外、出歩いたでしょ?

猿目  え、あ、はい。

長芭木 危ないぞ!

猿目  あ、え、すみません。

長芭木 ねー。それじゃ見回りまーす。

猿目  あ…


 長芭木、勝手に上がる。


長芭木 お、又雄君。

又雄  あ、どうも。

長芭木 なに食べてんの?

又雄  ポテトチップスです。

長芭木 本官も食べていい?

又雄  あ、どうぞ。まだまだいっぱいあるんで。

長芭木 やっほー。どうしたの、こんなに買って。

又雄  いや、死ぬ前に一度、おなかいっぱいポテトチップス食べてみたくて。

長芭木 ああ、なるほどねえ。わかる、そういうの。本官もね、死ぬ前に一度、逮捕してみたいんだよね。

又雄  ああ、なるほど。あ、これ、残り、よかったらどうぞ。

長芭木 いいの?

又雄  ええ。お昼ごはん食べ過ぎたせいで、なんか軽くおなかいっぱいになってきちゃったんで。

長芭木 やっほー、いただきます。本官、遠慮を知らないよー。

又雄  どうぞどうぞ。

長芭木 あれ、どっか行くの?

又雄  あ、はい、もう次の予定に取りかからなきゃいけないんで。

長芭木 へえー、頑張ってー。


 又雄、廊下へ去る。

 長芭木、ポテトチップスを食べる。

 そっと家に上がってきていた猿目、茶の間に入る。


猿目  お邪魔いたします。

長芭木 あ!

猿目  え、

長芭木 こら! 不法侵入だろ、あんた!

猿目  ああ、すいません。すいません。

長芭木 ねー。


 猿目、大慌てで玄関へ戻る。

 円子、台所からやってくる。


円子  どうかしましたか?

長芭木 あ、不法侵入者が侵入を試みてきたので、注意しておきました。

円子  ありがとうございます。

長芭木 いえいえ。(敬礼)

円子  あ、おまわりさん、よかったら今日、晩ご飯一緒にいかがですか?

長芭木 やっほー、いただきます。本官、遠慮を知らないよー。

円子  と言ってもまだお昼過ぎなんで、夜まで適当に時間つぶして下さい。

長芭木 はーい。じゃあ、又雄君の邪魔でもしてみよっかな。

円子  どうぞどうぞ。


 長芭木、茶の間から出て行き、廊下へ去る。


猿目  あのー、すみませーん…。

円子  あ、勝手に上がっていいですよー。

猿目  え、あ、しかし、

円子  バリアフリー。(台所へ去る)

猿目  バリアフリー…じゃあ、失礼します…。


 猿目、恐る恐る家に上がり、茶の間に入る。

 弔問くん、台所から走ってやって来る。


弔問くん 助けて、誰か、助けてー!

猿目   え、え?


 弔問くんの後から鹿原と説子、追いかけてくる。


鹿原  大丈夫、優しくするからー!

説子  弔問くん、ほら、お菓子あげるよー!


 三人、バタバタと廊下へ去る。

 少し間。

 廊下から、長芭木、走ってくる。

 その後から又雄、追いかけてくる。


又雄  ちょっと、ノート返して下さいよ!

長芭木 やーだねー。悔しかったら本官を逮捕してみろー!

又雄  おまわりさん! ちょっと! 怒りますよ!


 二人、バタバタと玄関へ去る。

 郵便配達夫、入れ違いでやって来る。


配達夫 郵便でーす。

猿目  (反応を示す)

配達夫 ゆーびーでーす。

猿目  …。(行こうかどうしようか迷う)

配達夫 ゆびでーす。ゆびでーす。ゆびでーす。(と言いながら家に上がり、茶の間へ入る)

猿目  わ!

配達夫 取りに来いよ。

猿目  あ、すいません。

配達夫 こちら郵便物です。どうぞ。(持っていた傘数本を置く)

猿目  あ、え、

配達夫 以上、郵便でした。

猿目  お疲れ様です…。

配達夫 (ラッパを取り出し、吹きながら去る)

猿目  …。


 湖羽、廊下から、茶の間へやって来る。


猿目  あ、

湖羽  あ、どうも。

猿目  うん。…なんか、面白い、おうちだね。

湖羽  いりますか?

猿目  いや、いらない。いや、いらないって言うのも、あれだけど。

湖羽  先生、それ、なんですか?

猿目  え? あ、これ、郵便。さっき、郵便配達の人が来て。

湖羽  へえ…。

猿目  傘だね。

湖羽  傘ですね。

猿目  なんだろう。

湖羽  なんですかね。

猿目  あ、玄関に置いとこうか。

湖羽  あ、いいですよ、別に。

猿目  え、そう?

湖羽  はい。

猿目  うん。

湖羽  …。

猿目  …ああ、えっと、久しぶり。

湖羽  昨日も会いました。

猿目  うん、そうだね。

湖羽  はい。

猿目  …えっと、

湖羽  学校は行きません。

猿目  …そっかあ。

湖羽  はい。

猿目  どうしても?

湖羽  いや、どうしてもって言うか、

猿目  え、じゃあ、来る?

湖羽  いや、

猿目  じゃあ来ない?

湖羽  いや、

猿目  じゃあ来る?

湖羽  いや、

猿目  じゃあ来ない?

湖羽  あの、

猿目  じゃあ来る?

湖羽  あの、

猿目  え、はい。

湖羽  私が学校に行ったら、なんなんですか?

猿目  …。

湖羽  じゃあ、私が行かなかったら、なんなんですか?

猿目  …クビになる。

湖羽  え?

猿目  かも知れない。…ような気がするんだよね。

湖羽  …じゃあ、クビになったらどうなるんですか。

猿目  え? まあ、そりゃ、生活に困るよね。

湖羽  …でも、昨日も言いましたけど、来週の月曜日は、

猿目  人類滅亡の日。

湖羽  そうです。

猿目  うん。…え?

湖羽  いや、だから、

猿目  ああ、うん、でも、大丈夫だと思うよ。

湖羽  え?

猿目  滅亡しないんじゃいかなあ、多分。

湖羽  え、なんで…

猿目  いや、なんか、そんな気がするんだよね。

湖羽  …そうですか。

猿目  うん。みんな、そう思ってんじゃないのかなあ。

湖羽  …そうですか。

猿目  うん。


 廊下からやって来た羊一郎、茶の間に入る。


羊一郎 あ、

猿目  あ、どうも。

羊一郎 えっと、

湖羽  先生。

猿目  猿目です。

羊一郎 ああ、どうも、お世話になってます。

猿目  お父様、今日はお仕事は…

羊一郎 あ、えー、あの、今日は休みなんです、なんか、なんの理由もなく突然に。

猿目  あ、そうなんですか。

羊一郎 ええ。あ、お茶か何か、

猿目  あ、いえ、もう学校に戻らなくちゃいけませんので。

羊一郎 あ、そうですか。

猿目  はい。


 湖羽、席を立ち、茶の間を出て廊下へ去る。


羊一郎 え、湖羽。おい。……おーい。

猿目  行っちゃいましたね。

羊一郎 あー、もう、すいません。なんか、もう、よくわかんない奴でして、ねえ。

猿目  はは。じゃあ、まあ、帰ります。また明日、伺いますので。

羊一郎 すいません、よろしくお願いいたします。

猿目  では。


 猿目、茶の間を出て玄関へ向かう。羊一郎、ついて行く。


猿目  あ、では。

羊一郎 (お辞儀)


 猿目、出て行く。入れ替わりに飯山、入ってくる。


飯山  お邪魔いたします。

羊一郎 あ、

飯山  おや、メダルは、

羊一郎 ああ、もう、大事に、大事に、しまってあります。

飯山  ふーん。へー。別にいいけどー。(喋りながら茶の間へ行く)

羊一郎 いや、本当に、本当です。

飯山  ところで。……弔問くんの改造、どんな感じですか。

羊一郎 ああ、なんか、わりと手こずってるみたいです。

飯山  そうですかあ…。あ!

羊一郎 え?

飯山  誰かに喋りましたか? 人類滅亡を、食い止めることが出来るかも知れないと。

羊一郎 ああ、いえ、なんか、喋っていいことかどうかわからなかったんで、まだ誰にも。

飯山  (拍手しながらメダルを取り出し、洋一郎に掛ける)

羊一郎 え?

飯山  懸命なご判断でした。いいですか、このことはくれぐれも内密にいきましょう。万が一、計画が失敗したときに、落胆した人々がパニック状態になりかねませんからね。あの時みたいに。

羊一郎 ああ、なるほど…。

飯山  ま、あなたと私だけの、秘密、と言うことで。

羊一郎 はあ、わかりました。

円子(声)あなたー、誰か来てるのー。

飯山  はっ! 市議会議員である私がこんな薄汚い家庭の薄汚い茶の間にいるのはあまりにも不自然と言うことで怪しまれることひとしおだ! それではくれぐれも内密に! さらば!(走り去る)

羊一郎 あ…薄汚いって言われたな…。


 円子、台所からやって来る。


円子  ねえ。話し声してたけど?

羊一郎 あ、いや、極端に病的なひとり言です。

円子  ふーん。


 廊下からやって来た瑠花、茶の間に入る。


瑠花   お父さん、

羊一郎  おう、どうした!

瑠花   なんか、さっきから研究員夫婦が弔問くん追っかけ回しててうるさいんだけど、刃物貸して。

羊一郎  あ、怖っ!

円子   ねえ、なんで追っかけ回してんの?

瑠花   ていうか、なんで研究員は夫婦で泊り込んでるの?

円子   にぎやかで楽しいけどね。

瑠花   にぎやかで楽しいけどさ。

円子   なんで?

瑠花   なんで?

円子   なんで?

瑠花   なんで?

弔問くん(声)なんでー?!


 弔問くん、廊下から走ってやってくる。

 弔問くんの後から鹿原と説子、追いかけてくる。


弔問くん なんで僕を追い掛け回すんですかー!

鹿原・説子 あはははは。


 三人、バタバタと玄関へ去る。


羊一郎 うわー、やめろー! 何も聞かないでくれー!(うずくまる)

円子  …あ、刃物は貸しません。

瑠花  わかった。


 瑠花、茶の間を出て廊下へ去る。

 佐田さん、玄関を開けて入ってくる。


佐田さん こんにちはー、お手紙差し上げた佐田でーす。

円子   あ、はーい。(玄関へ)

佐田さん あ、どうも、始めましてー。

円子   あ、始めまして。

佐田さん 読んでいただけました? お手紙。

円子   あ、はい、一応。

佐田さん そうですか。で、突然で申し訳ないんですけど、この家に住んでもいいですか?

円子   いらっしゃい。

佐田さん やったー、いやにすんなりいった。ありがとうございます。じゃあお邪魔しまーす。(家に上がり茶の間へ入る)

円子   どうぞー。

佐田さん あ、おいっす。

羊一郎  (顔を上げ)…え?

佐田さん 佐田ですけど。

円子   我が家の新しい居候よ。

佐田さん これからお世話になりまーす。(深々とお辞儀)

羊一郎 (お辞儀)


 音楽と共に暗くなる。

 佐田さん、ペンを取り出し、カレンダーの火曜日のところに×印をつける。



4 水曜日 夜


 猿目、立っている。

 羊一郎、湖羽、長芭木、鹿原、説子、ちゃぶ台の周りに座り、猿目に注目している。

 弔問くん、立って注目している。

 郵便配達夫、廊下に立って注目している。


猿目   えー、では、授業を始めたいと思います。

湖羽以外 (盛り上がる)

猿目   あ、えーっと、まずですね、大前提です。世の中には、男性と女性という、二種類の性が存在します。

長芭木  おー。

説子   私は、女性ね。

鹿原   僕は、男性だね。

長芭木  それでそれで?

猿目   えっと、これはですね、神が、神ご自身のお望みで、

長芭木  おーい、そーゆーのはいいよー。

鹿原  常識的に考えて下さいよー。

配達夫 ぶーぶー。

猿目  あ、すいません。…えっと、じゃあ、男性と女性の違いについて。

長芭木 おっ、いいんじゃなーい。

猿目  では、わかる方、手を挙げて下さい。

湖羽以外 はいはいはい!(手を挙げる)

猿目  えー、では、お父様。

羊一郎 あ、はい。

長芭木 よっ!

羊一郎 (立ち上がり)えーっと…声の高さ。

猿目  はい、いいですね。

長芭木 お、お父さん、守りに入ったなー。

羊一郎 へへ、まあまあまあ。(座る)

猿目  じゃあ、他には。

湖羽以外 はいはいはい!(手を挙げる)

猿目  では、あなた。

弔問くん あ、はい、えっと…乳房があるがないかっていうのは。

猿目   あ、はい、いいですね。

長芭木  お、ちょっと攻めたねー。

鹿原   ロボにしてはやるな。

説子   ロボにしてはやるわね。

弔問くん えへへ。(照れる)

猿目   他には。

湖羽以外 はいはいはい!(手を挙げる)

猿目   えー、では、そちらの旦那様。

鹿原   はい。(立ち上がる)

説子   頑張って、あなた。

鹿原   えー…駄目だ、恥ずかしい!

長芭木  なんだそりゃ!

説子   いやーん、あなた、可愛いー。

配達夫  言ーえ、言ーえ。

湖羽以外 言ーえ、言ーえ。

鹿原   えー…生殖器っ!

長芭木  出たー!

説子   いやーん、あなた、ワイルドー。

配達夫  (ラッパを吹き鳴らす)

猿目   はい、はい、はい。まあ、でも、そうですね、正解です。

弔問くん なるほど、そうか、生殖器か…。いいなあ、欲しいなあ。

鹿原   ロボにはないからね。

説子   ロボにはないものね。

弔問くん えへへ、お恥ずかしいです。

猿目   他には。

湖羽以外 はいはいはい!(手を挙げる)

猿目   では、おまわりさん。

長芭木  はーい。(立ち上がる)えー…ここで本官から、まさかの重大ニュース。

湖羽以外 いえーい。

長芭木  我が踊ヶ丘市のすぐ隣りの歌井原市は、今日、めでたく滅亡を迎えました。

湖羽以外 おー。

弔問くん めでたくねーよー。

羊一郎  (ウケて)ははは。いいねー、弔問くん。

弔問くん えへへ。

長芭木  まあまあまあ。えー、ということは。

湖羽以外 ということは。

長芭木  ついに、地球上には我々、踊ヶ丘の人間しか存在しないということです。

湖羽以外 (口々に感嘆の声)

長芭木  地球のバカヤロー!

湖羽以外 バカヤロー!

長芭木  踊ヶ丘ばんざーい!

湖羽以外 ばんざーい!

長芭木  ばんざーい!

湖羽以外 ばんざーい!

長芭木  ばんざーい!

湖羽以外 ばんざーい!


 五秒間、沈黙。


長芭木  男と女の違いは、生殖器。(座る)

猿目   ……あ、それはもう、さっき出ました。

長芭木  うん。知ってて言った。

猿目   …えー、では、他に。

一同   (沈黙)

羊一郎  …湖羽、なんかあるだろ。答えなさい。

湖羽   (立ち上がり)…ひげ。(座る)

一同   (沈黙)

配達夫  …ひげ。

一同   (沈黙)

猿目   …えー、でも、そうですね、ひげも、正解です。よく勉強したね。

湖羽   …あ、どうも。

猿目   えっとですね、ひげとか、乳房とか、声の高さとかは、男性ホルモンと女性ホルモンに関係が…

長芭木  だから、そーゆーのはいいよ! 発砲するぞ!

鹿原   常識的に考えろよ!

説子   常識的に考えてよ!

配達夫  お前、天に召すぞ!

猿目   ああ、すいません…。えっと、じゃあ…赤ちゃんはどうやって出来るか。

湖羽以外 (盛り上がる)

長芭木  そーゆーの、そーゆーの!

配達夫  (ラッパを吹き鳴らす)

弔問くん 待ってました!

猿目   えー、はい、はい、まあ、つまり妊娠のメカニズムですね。そのことについて勉強していきましょう。

湖羽以外 はーい。

猿目   えー、その前に。私から一つ、面白い話を。

湖羽以外 おっ!

長芭木  なんだなんだー。

猿目   なんとですね、聖書の日本語訳では、「知る」と言う言葉が性行為を意味するんです。

一同   (沈黙)

長芭木  …はあ?

猿目   あ、そんなに、面白くないですか?

配達夫  この空気見たらわかるだろうが。

猿目   すみません…。

長芭木  いいからさっさと妊娠のメカニズム教えなさいよー。

猿目   あ、はい、わかりました。えー、では、さっそく。えー、まあ、妊娠は、性行為で受精をすることによって起こるんですね。

湖羽以外 おー。

猿目   では、ここで問題です。元気な赤ちゃんを妊娠するための性行為において、一番重要なものはなんでしょう。

弔問くん えー、なんだろう。

長芭木  難しいなー。

説子   あなた、わかる?

鹿原   うーん、二つにまでは絞れたんだけど。

説子   え、なになに?

鹿原   (耳元でひそひそ話)

説子   ああ、なるほどね。でも、それだったら…(耳元でひそひそ話)

鹿原   ああ、なるほどね。いや、でも…(耳元でひそひそ話)

説子   うーん…

配達夫  ヒーンート、ヒーンート。

湖羽以外 ヒーンート、ヒーンート。

猿目   はい、はい、えー、じゃあヒント。「あ」から始まる言葉です。

長芭木  あ、かあ…。

弔問くん はい!

猿目   はい、どうぞ。

弔問くん 安心感。

湖羽以外 (おおー、などの感心の声)

長芭木  判定は?

猿目   ブブー。

弔問くん あー、違うかあ。

羊一郎  あ、じゃあ、安定感、とか。

湖羽以外 (おおー、などの感心の声)

長芭木  判定は?

猿目   ブブー。

羊一郎  違うかあ。

長芭木  あ、わかった! 危ない場所で性行為しないように気をつける気持ち!

猿目   ブブー。

鹿原   アインシュタインの相対性理論。

猿目   ブー。

説子   アルベルト・アインシュタインの相対性理論。

猿目   ブー。

長芭木  危ない時間帯に性行為しないように、

猿目   ブー。

弔問くん 後飾り。

猿目   ブー。

羊一郎  後飾りってなに?

猿目   ブー。

弔問くん あ、火葬場から自宅に帰った遺骨を忌明けまでお祀りしておく祭壇のことです。

猿目   ブー。

羊一郎  あ、へえ。

猿目   ブー。


 少し間。


配達夫  アフロ。

猿目   …ブー。

一同   …。(考える)

羊一郎  湖羽、わかるか?

湖羽   …え…愛情、とか。


 少し間。


猿目   ブー。

湖羽   あ、そうですか。

長芭木  えー、じゃあ、正解はなにー?

猿目   はい。えー、元気な赤ちゃんを妊娠するための性行為において、一番重要な「あ」から始まるものは…穴の開いたコンドームです。

湖羽以外 …さいてー。(ブーイングの嵐)

猿目   ああ、いや、あの、今のは、冗談です、冗談。

長芭木  先生、それはないわー。

弔問くん 見損ないました。

鹿原   非常識だ。

説子   非常識よ。

配達夫  このアフロが。

猿目   ああ、すいません…すいません…。


 円子、台所からやって来る。


円子   みなさーん、もう遅いですよー。そろそろ寝なさーい。

湖羽以外 はーい。(ぞろぞろと立ち上がる)

鹿原   弔問くん、この後、改造の続き、いいかな。

弔問くん あ、はい、わかりました。

説子   じゃあ、部屋行きましょ。

弔問くん 痛くしないで下さいよ?

鹿原   大丈夫、大丈夫。


 鹿原、説子、弔問くん、茶の間を出て廊下へ去る。


長芭木 あ、ねえ、本官、今日、泊まってっていーい?

円子  いらっしゃい。

長芭木 やっほー。お泊りだー。又雄君の部屋にお邪魔しちゃおーっと

円子  どうぞどうぞ。


 長芭木、茶の間を出て廊下へ去る。


配達夫 あ、そうだ、お父さーん。

羊一郎 え、あ、はい?

配達夫 こちら郵便物です。どうぞ。(曲がったフォークを渡す)

羊一郎 あ、どうも…。(受け取る)

配達夫 以上、郵便でした。


 郵便配達夫、ラッパを吹きながら玄関へ去る。


猿目  あ、えっと、一応、今日はこれで授業出席したことにしとくか

らね。

湖羽  あ、はい。

羊一郎 すみません、わざわざありがとうございました。

猿目  いえいえ。では失礼します。


 猿目、玄関へ去る。


羊一郎 湖羽、よかったな。授業出たことになるって。

円子  いい先生ね。

湖羽  でも、猿目先生、担当、歴史だよ。保健体育全然関係ない…

羊一郎 まあまあ、いいじゃない。楽しかったし。

湖羽  …。(立ち上がり、台所へ)

羊一郎 どうした。

湖羽  トイレ。(去る)

円子  あ、今、佐田さんが…ま、いっか。

羊一郎 佐田さん、まだトイレ入ってんの?

円子  そうなの。

羊一郎 超長いな。

円子  超長いの。あれ、あなた、それは?

羊一郎 あ、これ? なんか、郵便。フォーク。

円子  フォーク。


 二人、黙ってフォークを見ている。

 廊下からやって来た瑠花、茶の間に入る。


瑠花  何してんの?

羊一郎 おお、瑠花。どうした。

瑠花  トイレ。

円子  あ、今、佐田さんが入ってる。

瑠花  まだ入ってんの。

円子  うん。

瑠花  なんなの、あの佐田さん。

羊一郎 なんなんだろうなあ。


 三人、黙ってフォークを見ている。

 湖羽、台所からやって来る。


円子  佐田さん、入ってたでしょ?

湖羽  うん。

瑠花  なんなの、あの佐田さん。

円子  どこから来た佐田さんなのかしら。

羊一郎 何をしに来た佐田さんなんだろうなあ。


 四人、黙ってフォークを見ている。

 又雄、台所からやって来る。


羊一郎 おお、又雄。どこ行ってたんだ。

又雄  裏庭に穴掘ってた。遺産を埋めようと思って。

羊一郎 なに埋めんだ?

又雄  日記とか、写真とか。

羊一郎 へえ。

又雄  じゃあ、おやすみ。

円子  あ、ねえねえ又雄。又雄も一緒にフォーク見ない?

瑠花  面白いよ、フォーク。

又雄  ああ、うん、でも、明日も早いし。やらなきゃいけないこと

いっぱいあるから。

円子  あ、又雄。今、あんたの部屋におまわりさんいるからね。

又雄  え、なんで?

円子  泊まりたいって。

又雄  えー、マジで…。んー…、じゃあ、俺、トイレで寝るよ。

円子  あ、今、佐田さんが入ってる。

又雄  まだ入ってんの。

円子  うん。

羊一郎 超長いな。

円子  超長いの。

瑠花  なんなの、あの佐田さん。

円子  どこからどこまで佐田さんなのかしら。

羊一郎 何をしに生まれてきた佐田さんなんだろうなあ。


 五人、黙ってフォークを見ている。

 少し間。

 佐田さん、台所からやって来る。


佐田さん おう、おいっす。

五人   あ。

円子   トイレ終わった?

佐田さん あ、うん、終了しました。

羊一郎  超長かったな。

円子   超長かったね。

佐田さん え、え、マジそれセクハラじゃね?

羊一郎  え、うそ、

佐田さん 訴えたら、あたし、勝つけども。どうするか? ん?

羊一郎  あ、ごめんなさい。

円子   ごめんなさい。

佐田さん うん、まあ、よくよく反省しろ。あ、それよか、夜食、夜食食べたい。お願いしまーす。

円子   あ、はい。え、何がいい?

佐田さん 夜食っつったらラーメンだべー。

円子   あ、そう?

佐田さん うん。常識っちゃあ常識。覚えとけ。

円子   じゃあ、作ってきます。

佐田さん うん、シクヨロー。


 円子、台所へ去る。

 瑠花、湖羽、又雄、それに続いて台所へ去る。


佐田さん お、お、これがいわゆるレミング現象ですか? いやー、  傑作、傑作。…あ、そんじゃ、部屋戻ります。

羊一郎  あ、うん、はい、じゃあおやすみなさい。

佐田さん おやすみなベイビー。


 佐田さん、茶の間を出て廊下へ去る。

 羊一郎、黙ってフォークを見ている。

 飯山、玄関をそっと開けて、茶の間に入ってくる。


飯山  遠藤さん。

羊一郎 あ、

飯山  しーっ。お静かに。

羊一郎 あ、はい。

飯山  どうですか。弔問くん改造計画、バレてないですか。

羊一郎 あ、はい。大丈夫です。

飯山  そうですか、素晴らしい。(懐からメダルを取り出し、投げる)

羊一郎 え、

飯山  取って、首に掛けなさい。

羊一郎 あ、はい、どうも…。(メダルを取って首に掛ける)

飯山  どうですか。

羊一郎 え?

飯山  弔問くんを改造すれば、人類滅亡を食い止めることが出来るかも知れない、という。

羊一郎 ええ。本当に、なんか、なんて言い表したらいいか。

飯山  そうでしょう、そうでしょう。まあ、その話は、

羊一郎 ええ。

飯山  うっそぴょん。

羊一郎 …え?

飯山  うっそぴょーん。

羊一郎 …え。

飯山  がっかりしました?

羊一郎 え…?

飯山  遠藤さん、ざまーみそ漬け。それでは、失礼しました。

羊一郎 え…ちょっと…。


 飯山、茶の間を出て玄関へ去る。

 沈黙。

 ジャムの瓶を持った教祖さま、台所からやって来る。


教祖さま …。

羊一郎  え…?

教祖さま ジャム。好き?

羊一郎  はあ、まあ…。

教祖さま あ、そう。

羊一郎  えっと…。


 円子、台所からやって来る。


羊一郎  あ、母さん。

円子   (教祖さまにひざまずく)

羊一郎  え…おい、母さん。これ、誰?

円子   この方は、教祖さま。

羊一郎  え?

教祖さま 人はね、死んだら、ジャムになるからね。

羊一郎  はあ…。

円子   これから、お世話になります。(深々とお辞儀)

羊一郎 (お辞儀)


 音楽と共に暗くなる。

 円子、ペンを取り出し、カレンダーの水曜日のところに×印をつける。



5 木曜日 昼前


 円子、瑠花、湖羽、又雄、ちゃぶ台の前に座っている。

 弔問くん、その側に立っている。


弔問くん (咳払い)…ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア瑠花さーん、ハッピバースデートゥーユー。(拍手)

瑠花   (ちゃぶ台の上に向かって息を吹きかける)

四人   おめでとー。(拍手)

瑠花   ありがとう。


 沈黙。


円子   ごめんね、ケーキなくて。

瑠花   いや、大丈夫。

円子   店、全部閉まってて。

瑠花   うん、わかってる。

円子   コンビニも行ってみたんだけど、

瑠花   うん、わかってる。

円子   とにもかくにも、おめでとう。

瑠花   ありがとう。

弔問くん あの、瑠花さんは、今日でおいくつになったんですか?

瑠花   あ、今日で二十二。

弔問くん へえ。

円子   これで、又雄と並んだのよね。

又雄   ああ、まあ、そうだね。

瑠花   でも、来月になったら、お兄ちゃん二十三になるし。

円子   そうね。

瑠花   いっつも、一ヶ月だけ、同い年になれるんだよね。

円子   そうね。

瑠花   来月はお兄ちゃんの誕生日かあ。

円子   そうね。

瑠花   来月だね。

円子   そうね。

瑠花   来月。

円子   そうね。

瑠花   来月。

円子   そうね。

瑠花   来月。

円子   そうね。

湖羽   えっと、来…

円子   あ、湖羽、皆まで言わなくて大丈夫。

瑠花   知ってて言ってるから。

湖羽   あ、うん。


 沈黙。


弔問くん あ、そうだ。僕、誕生日プレゼントあるんです。

瑠花   え、本当に?

弔問くん はい。えっと…(ポケットから封筒を取り出し)どうぞ。(渡す)

瑠花   ありがとう。なに?

弔問くん あ、ご香典です。

瑠花   あ、ああ。

弔問くん すいません、あげるものって言ったらご香典ぐらいしかインプットされてなくて。

瑠花   そっか、うん、ありがとう。

弔問くん いえいえ。あ、香典返しは結構ですから。

瑠花   あ、うん、そのつもりはもともとない。

円子   又雄はプレゼントは?

又雄   あ、ある。えっと、これ。(雑誌を渡す)

瑠花   なにこれ?

又雄   終末ウォーカーっていう、雑誌。コンビニで買った。

瑠花   へえ。

又雄   理想の終末の迎え方百選とか、色々、滅亡のこと特集してるから、読んでみたら面白いと思うよ。

瑠花   へえ…うん、ありがとう。

又雄   じゃあ、俺、今日もみっちり予定詰まってるから、これで。

瑠花   あ、うん。

又雄   さっそく裏庭に遺産埋めてくるよ。

瑠花   いってらっしゃい。

又雄   お昼ご飯になったら呼んで。

円子   はいはい。


 又雄、日記帳などを持って足早に台所へ去る。


円子   湖羽は?

湖羽   あ、うん、ある。(カッターを取り出す)はい。

瑠花   あ、カッター。

湖羽   お姉ちゃん、前に、雑誌の袋とじ開けるのに苦戦してたから。

瑠花   ありがとう。

円子   あ、駄目。カッターは駄目。没収。(湖羽から取り上げる)

瑠花   あーあ。

湖羽   じゃあ、これ。(つまようじを取り出す)はい。

瑠花   あ、つまようじ。

湖羽   お姉ちゃん、前に、歯に挟まったお肉の肉片取るのに苦戦してたから。

瑠花   ありがとう。

円子   あ、駄目。つまようじは駄目。没収。(湖羽から取り上げる)

瑠花   あーあ。

湖羽   じゃあ、これ。(小さな薬瓶を取り出す)はい。

瑠花   あ、毒薬。

湖羽   お姉ちゃん、前に、自殺を何度か試みては苦戦してたから。

瑠花   ありがとう。

円子   あ、駄目。毒薬は駄目。没収。(湖羽から取り上げる)

瑠花   あーあ。

湖羽   じゃあ、もう、何にもないや。ごめん。

瑠花   うん、まあ、しょうがないよ。ありがとう。

円子   えっと、じゃあ、母さんからプレゼントね。(ジャムを取り出し)はい。

瑠花   なにこれ?

円子   ジャム。

瑠花   ジャム?

円子   そう、ジャム。瑠花も、朝、昼、夜、一日最低三回はこれにお祈りしなさい。

瑠花   あ、うん。

円子   あと、たまに語尾にジャムってつけてみるジャム。非常に効果的ジャム。

瑠花   あ、うん。とにもかくにも、ありがとう。

円子   どういたしまして。

瑠花   じゃあ、あたし、お昼ご飯になるまで、部屋でジャム食べながら雑誌読んで、香典の勘定するね。

円子   瑠花。そのジャムは食べちゃ駄目。お祈り用。

瑠花   あ、はーい。じゃあね。


 瑠花、茶の間を出て廊下へ去る。


円子   湖羽、お姉ちゃんに刃物とか先の尖ったものとか毒薬とかあげちゃ駄目でしょ?

湖羽   うん、ごめん。

円子   もう…

弔問くん あの、なんでですか?

円子   ロボには喋ったってわかんないわよ。

弔問くん はあ。

円子   この鉄くずが。

弔問くん あ、鉄くずって言われた。

円子   あ、そうだ、これあげる。(カッターとつまようじと毒薬を差し出す)

弔問くん え、いいんですか?

円子   瑠花にはあげないでね。

弔問くん あ、はい、わかりました。ありがとうございます。(受け取る)


 廊下からやって来た佐田さん、茶の間に入る。


佐田さん おう、おいっす。

一同   …。

佐田さん お、元気ないなー。おいっす。

一同   …。

佐田さん なんだよー、しけた家族でヤンスなー。あ、おう、弔問、元気?

弔問くん あ、はい、元気です。

佐田さん ロボに元気もなにもあるかってんだよー。この鉄くずー。(背中を叩く)

弔問くん あ、はは、鉄くずです。

佐田さん あ、奥さん、ご飯。お昼ご飯食べたいんです。

円子   台所にカップ麺ありますけど、

佐田さん おいおい、カップ麺とか食わせて佐田が病気にでもなったらどうするだよー。慰謝料が発生しますけど。

円子   あ、ああ…。

佐田さん 訴えたら、あたし、勝つけども。どうするか? ん? どうするか?

円子   ごめんなさい。じゃあ、何か作ります。

佐田さん シクヨロー。


 円子、台所へ去る。


佐田さん あ、湖羽っちー、踊ヶ丘市っていつ滅亡?

湖羽   え、ああ、来週の月曜日です。

佐田さん ということは、しあさっての次の日かー。オッケー、わかった、ありがとー。

湖羽   あ、はい。

弔問くん あ、あの、佐田さん、

佐田さん なんじゃい。

弔問くん 滅亡した後なんですけど、よろしかったら佐田さんも、ここのご家族と一緒に、僕が弔いましょうか?

佐田さん おいおい、それは佐田が死ぬのを望んでいるという趣旨の発言ですか?

弔問くん え、いや、そんな、

佐田さん それならあたしは貴様を訴えるに至ります。ロボだからって容赦しませんけども。どうするか? ん?

弔問くん あ、え、すいません。

佐田さん ま、わかればいいんだ。今後は発言に気をつけてくれたまえ。

弔問くん はい。

佐田さん じゃ、さよなベイビー。


 佐田さん、茶の間を出て廊下へ去る。


弔問くん 佐田さんって、怖いですね。

湖羽   そう。

弔問くん ええ。

湖羽   …弔問くん。

弔問くん はい。

湖羽   私の弔辞でなに読むか決めてるの?

弔問くん ああ、まあ、大体は。

湖羽   どんなの?

弔問くん そうですね、えっと…「故人は、生前、学校での成績もよく、」

湖羽   え、知らないじゃん、私の成績。

弔問くん あ、まあ、はい。勘ですね、これは。

湖羽   そっか。

弔問くん ええ、えっと、それで、「担任の猿目先生とは…」あっ!   う…(ガクガクしながらゆっくり倒れる)

湖羽   え、なに?

弔問くん なんか…調子が…研究員の人、呼んで下さい…

湖羽   あ、うん、わかった。


 湖羽、茶の間を出て足早に廊下へ去る。

 弔問くん、動かなくなる。

 少しして、台所から円子やって来る。


円子   佐田さーん、ご飯とパンだったら…あれ?

弔問くん …。

円子   …。(弔問くんを見ている)


 廊下から長芭木、やって来る。


長芭木  どうもー、長芭木でーす。

円子   あ、どうも。よく寝れました?

長芭木  ええ、おかげさまで。又雄君のベッド、ふかふかで最高。

円子   そうですか。

長芭木  あ、でも又雄君、昨夜、部屋帰って来なかったんだけど。

円子   又雄は、昨夜、トイレで寝たんです。

長芭木  マジで?(爆笑)いやー、又雄君を困らせるのは実に楽しい。よし、決めた。本官、近々、又雄君を逮捕してみせます。

円子   はい、お願いします。

長芭木  おまかせ下さい。(敬礼)ところで、お昼ご飯になるまで、本官、適当にぷらぷらしてるから、お昼ご飯になったら呼んで。

円子   はいはい。


 長芭木、ぷらぷらしながら茶の間を出て廊下へ去る。

 教祖さま、台所から出てくる。


教祖さま あの。

円子   あ…(ひざまずく)はい。

教祖さま お昼ご飯。まだ?

円子   あ、すぐに用意します。

教祖さま うん。あ、お昼ご飯、ジャム?

円子   ジャムがよろしければ、ジャムにします。

教祖さま いや、ジャムじゃなくていいよ。

円子   そうですか。

教祖さま うん。ジャム、飽きてきちゃった。

円子   そうですか。

教祖さま うん。じゃあ、お風呂入ってるから。

円子   はい、ごゆっくりどうぞ。

教祖さま あ、ジャムあげるね。(持っていたジャムの瓶を渡す)

円子   ありがとうございます。(受け取る)


 教祖さま、台所へ去る。

 円子、持っていたジャムの瓶を机の上に置き、台所へ去る。

 鹿原、説子、湖羽、廊下からやって来て茶の間に入る。


鹿原   うーん…(弔問くんをじっくり見る)

説子   あなた、どう?

鹿原   わからない。昨日、色んなスイッチいじったせいかなあ。

湖羽   故障、しちゃったんじゃないですか?

鹿原   あ、あ、ちょっと、バッカじゃないの? 素人のくせに何がわかるんだよ?

説子   そうよ。論ちゃんは天才科学者なのよ!

鹿原   あ、お前、論ちゃんって呼ぶなよー。恥ずかしいってばー。

説子   ごーめーんー。

鹿原   もー。

説子   あ、あなた、ジャムがあるわよ。このジャム、スイッチに塗ってみたら?

鹿原   ああ、なるほど。

湖羽   え、それ、壊れちゃうんじゃ…。

説子   あ、あ、ちょっと、バッカじゃないの? 素人のくせに何がわかるのよ?

鹿原   そうだよ。せっちゃんは天才科学者の助手であり、良き妻なんだぞ!

説子   あ、あなた、せっちゃんって呼ばないでよー。恥ずかしいってばー。

鹿原   ごーめーんー。

説子   もー。

弔問くん (動く)

湖羽   あ、動いた。

弔問くん …(机の上のジャムの瓶を見て)この度は、誠に、ご愁傷さまでした。

鹿原   あ、いや、それ、ジャム。死んでない。

弔問くん え、あ、本当だ…。(二人を見て)あ、どうも。

鹿原   直ったの?

弔問くん あ、はい。ものすごい頑張って、なんとかぎりぎり底力で、自動修復処理を施しました。

鹿原   あ、そう。

弔問くん はい、死ぬかと思いました。

鹿原   うん、まあ、なんとかなってよかった。

説子   ほんとにもう、とんだ厄介者ね。

弔問くん すいません。

鹿原   じゃあお昼ご飯まで、改造の続きやろうか。

弔問くん あ、はい。

説子   じゃあ、一応、ジャム持って行きましょ。(ジャムの瓶を持つ)

鹿原   そうだね。なんだかんだ言ってもジャムは万能だから。

説子   そうよね。

弔問くん そうですよね。

三人   (楽しげに笑う)


 三人、楽しげに笑いながら茶の間を出て廊下へ去る。

 湖羽、座っている。

 沈黙。間。

 台所から、炊飯器を持った円子、やって来る。


円子  (大声で)お昼ご飯、出来たわよー!

声   はーい。


 瑠花、長芭木、廊下からやって来る。

 佐田さん、鹿原、説子、弔問くん、廊下からやって来る。

 猿目、郵便配達夫(ラッパを吹きながら)、玄関からやって来る。

 又雄、教祖さま、台所からやって来る。


円子   みんな、揃った?

瑠花   あ、ねえ、お父さんは?

長芭木  あ、いない!

湖羽以外 (ざわめく)

配達夫  みんなで、呼んでみたらいいんじゃない?

湖羽以外 おおー。

猿目   じゃあ、呼んでみましょう。

湖羽以外 はーい。

長芭木  せーの、

湖羽以外 お父さーん。


 羊一郎、廊下からやって来て茶の間に入る。


湖羽以外 (祝福の声と拍手)

羊一郎  あ、あ、どうも。(座る)

円子   やっぱり、

瑠花   お父さんがいないと、

又雄   締まらないというか、

弔問くん お父さんあっての、

長芭木  お昼ご飯というか、

鹿原   ここに居るみんなが、

説子   お父さんのこと、

猿目   心から、

佐田さん 大好きで、

教祖さま 大好きで、

配達夫  大好きなんです。

円子   お父さん、

瑠花   本当に、

又雄   本当に、

湖羽   ありがとう。

一同   ありがとう。

羊一郎  …あ、はい、どうも。

円子   じゃあ、いきましょう。

長芭木  せーの、

一同   いただきまーす。

飯山(声) ちょっと待ったー!


 飯山、玄関を開けて茶の間に駆け込んでくる。


飯山  そのいただきます、ちょっと待った!

羊一郎 あ、

飯山  どうも。私、我が踊ヶ丘市の市議会議員をやっております、飯山と申します。(お辞儀する)

一同  (ぼそぼそと)あ、どうも。

円子  ……あ、一緒に食べます?

飯山  食べます。いや、その前に、皆様にお知らせが。

円子  なんでしょう。

飯山  先日、このおうちに宝くじみたいな郵便物を送ったのですが、ございますか?

湖羽  あ、はい、これですか?(紙片の束を取り出す)

飯山  そう、それです。それを、皆さんに一枚ずつ配って下さい。

湖羽  あ、はい。


 一枚ずつ取りながら回していく。

 猿目、足りない。


猿目   あ、足りない…。

弔問くん あ、じゃあ、僕の、どうぞ。

猿目   え、いいんですか?

弔問くん はい。どうぞ。(差し出す)

猿目   どうも。(受け取る)

飯山   えー、これで皆さん、いき渡りましたね。では、説明します。ずばり、この中の一人、滅亡しません。

羊一郎  …え?

飯山   この中に一枚ある、当選番号のくじを持っている方、一名が、私と一緒にシェルターに入れます。

湖羽   …え?

又雄   あの、シェルターって、

飯山   考えられる限りのありとあらゆる脅威から身を防ぐことが出来る、日本の、いや、地球の科学技術の集大成。シェルターです。

円子   え、助かるんですか?

飯山   百パーセントとは言えません。が、しかし、助かる可能性は、高いと言えるでしょう。

瑠花   当選番号っていうのは、

飯山   明日、金曜日の十八時に、ここで発表します。

湖羽   一人だけなんですか?

飯山   一人だけです。

長芭木・猿目 助かりたいです。

飯山   そうでしょう。

鹿原・説子 助かりたいです。

飯山   そうでしょう。

配達夫  バナナはおやつに入りますか?

飯山   入りません。

配達夫  やったあ。

飯山   とにもかくにも、皆様、明日の十八時を、お楽しみに。


 沈黙。


飯山  それでは、改めまして、いただきます。

全員  いただきます。


 音楽と共に暗くなる。

 飯山、ペンを取り出し、カレンダーの木曜日のところに×印をつける。



6 金曜日 夕方


 羊一郎、座ってくじを見ている。

 弔問くん、立っている。


羊一郎  …ねえ、みんな、何やってんのかな?

弔問くん え?

羊一郎  いや、なんか、すごい静かだから。今日。

弔問くん ああ、そうですね。

羊一郎  うん。

弔問くん なんか、みんな、くじをじっと見てましたよ。

羊一郎  そっか。じゃあ、俺と一緒だ。

弔問くん そうですね。

羊一郎  …。(くじを見る)

弔問くん どうですか?

羊一郎  え?

弔問くん くじ、当たりそうですか?

羊一郎  ああ。どうかなあ。

弔問くん 当たったらいいですね。

羊一郎  うん、ありがとう。

弔問くん いえ。じゃあ、ちょっと他の人も観察してきます。

羊一郎  ああ、うん。


 弔問くん、茶の間を出て廊下へ去る。

 円子、台所からやって来る。


羊一郎 おう。

円子  あ、うん。

羊一郎 …お前、何番?

円子  …Mの88番。

羊一郎 ああ、そう。

円子  あなたは?

羊一郎 Lの132番。

円子  …ねえ、交換しない?

羊一郎 え?

円子  そっちの方が、当たりそう。

羊一郎 え、そう?

円子  うん。なんか、なんとなく。

羊一郎 じゃあ、換える?

円子  うん。…いや、やっぱりいい。

羊一郎 え?

円子  やっぱりいい。換えない。

羊一郎 あ、そう?


 円子、くじを見ている。

 廊下からやって来た湖羽、茶の間に入る。


羊一郎 お、湖羽。

湖羽  うん。

羊一郎 当たりそうか? くじ。

湖羽  わかんないよ、そんなの。

羊一郎 そりゃそうだ。

円子  湖羽、何番?

湖羽  えっと、Kの12番。

円子  …ね、お母さんのと交換しない?

湖羽  え、別いいけど。

円子  …いや、やっぱりいい。

湖羽  え?

円子  やっぱりいい。換えない。

湖羽  そう。


 沈黙。


円子  だって、だって、今、湖羽と交換して、でも結局、実は私がもともと持ってたこのMの88番が当たってた、とかそういうことになっっちゃったら、で、湖羽がシェルター入れちゃうとかいうことになっっちゃったら、そしたら私、めっちゃくちゃ、めっちゃくちゃ後悔するもん!

湖羽  …あ、うん。

円子  だから、いい。

湖羽  あ、うん。


 円子、くじを見ている。

 長芭木、廊下から走ってやって来て、茶の間に入る。


長芭木 どうもー。

羊一郎 あ、どうも。

長芭木 ねえ、又雄君知らない?

羊一郎 え、部屋にいませんか?

長芭木 いないんだよねー。ねえ、どこ? ねえ、どこ?

羊一郎 母さん、知ってる?

円子  トイレだと思う。

長芭木 あ、トイレか! よしっ、長芭木、出動!


 長芭木、拳銃を構えて台所へ向かう。


羊一郎 …ねえ、母さん、今、おまわりさん、ピストル構えてたけど。

円子  そう。

羊一郎 …え、又雄、撃たれんの?

円子  我が家もすっかり銃社会ねー。……あ!

羊一郎 え?

円子  おまわりさんに、情報、ただで教えちゃった。

羊一郎 え、なに?

円子  又雄の居場所教えるかわりに、くじもらえば良かった。ね?

羊一郎 ああ、え、どうかな。

円子  あ、ねえ、湖羽、

湖羽  え、なに?

円子  湖羽のくじ、ちょうだい?

湖羽  え?

円子  え、駄目?

湖羽  いや、駄目とかじゃないけど。


 又雄、台所から走ってやって来て、茶の間に入る。


円子  あ、又雄。

又雄  ねえ、なんか、おまわりさんが、ピストル、俺に、

円子  落ち着きなさいよ。

又雄  え、なんで? ねえ、なんで?

円子  知らない。

長芭木(声) 又雄くーん! どこー!

又雄  やばい、来た!

長芭木(声) 大人しくくじ渡せば許してあげるよー!


 又雄、走って茶の間を出て、廊下へ去る。

 長芭木、台所から走ってやって来て、茶の間に入る。


長芭木 又雄君どこ行った?

円子  教えませーん。

長芭木 えー、このけちんぼ。教えてよー。

円子  くじくれたら教える。

長芭木 あ、ずるいなあ、お母さん。(笑う)

円子  (笑う)

長芭木 (笑いながら拳銃を向け)教えてくれなきゃ撃ち殺す。

円子  あっち。

長芭木 よしっ、長芭木、出動!


 長芭木、走って茶の間を出て、廊下へ去る。


円子  又雄、無事、生き延びれるかしらね。

羊一郎 …。


 教祖さま、台所からやって来る。


円子   あ、(ひざまずく)ご機嫌うるわしゅうございます。

教祖さま うん。あ、ねえ。

円子   はい。

教祖さま くじ、あげよっか?

円子   え?

教祖さま くじ。あげる。はい。(くじを渡す)

円子   …ありがとうございます。(受け取る)

教祖さま 信じるものは、救われる。


 教祖さま、茶の間を出て廊下へ去る。

 入れ違いで、廊下からやって来た瑠花、茶の間に入る。


瑠花  ねえ、お母さん、佐田さんは?

円子  サンタさん? サンタさんは、クリスマスイブに来るわよ。

瑠花  ああ、そっか。じゃあ、いい子にして待ってる。


 瑠花、台所へ去る。

 廊下からやって来た佐田さん、茶の間に入る。


佐田さん ねえ、お母さん、瑠花は?

円子   瑠花は、昔っから、なんか変な感じのある子だったの。

佐田さん ふーん。興味深ぇなあ。


 佐田さん、台所へ去る。


羊一郎 …母さん。

円子  母さんは、地球上にもはや私だけだと思うの。

羊一郎 え、ああ、そうかもな。

円子  つまり、キングオブ母さん。

羊一郎 あ、そうか、うん。

円子  (くじを見ている)

羊一郎 …。

湖羽  …母さん、

円子  (くじを見ている)

湖羽  あたしのくじ、あげる。

円子  え、いいの?

湖羽  うん。はい。(くじを渡す)

円子  ありがとう、湖羽。(くじを受け取る)

湖羽  うん。

円子  これで母さんは、全くじ十二枚のうち三枚を獲得。当選確

率は二十五パーセント。まずまずの打率ね。

湖羽  そうだね。


 瑠花、佐田さん、台所からやって来る。


瑠花   ねえ、キングオブ母さん。

円子   なに?

瑠花   刃物貸して。

羊一郎  あ、怖っ!

円子   なに、どうしたの。

瑠花   くじがないの。私のくじ。起きたらなくなってた。

円子   あらら。

佐田さん それで、瑠花が私を疑うのだよ。これは立派な冤罪事件である。

瑠花   だって佐田さんが取ったに決まってるじゃん。今、地球上で一番あやしいもん。

円子   うーん。

佐田さん しかしだよ、私のくじもなくなっていたのさ、キングオブ母さん。これ絶対、瑠花があやしいってばよ。

瑠花   取ってないって。

円子   うーん。

瑠花   こいつが嘘ついてるの。

佐田さん こいつが嘘ついてるの。

円子    じゃあ、卵とにわとりどっちが先?

瑠花    卵が先。

佐田さん  にわとりが先。

瑠花・佐田 ほら、嘘ついてるじゃん。

円子    二人とも間違い。正解は、卵もにわとりも、おいしい。

瑠花・佐田 ああー…。

羊一郎   まあ、あの、とにかく、喧嘩はよくない。うん。な?

瑠花・佐田 …。


 瑠花、佐田さん、茶の間を出て廊下へ去る。


羊一郎 …誰が取ったんだろうなあ。

円子  え? 私。(二枚のくじを取り出して見せる)

羊一郎 …。

円子  これで母さんは、全くじ十二枚のうち五枚を獲得。当選確

率は約四十パーセント。なかなかの打率ね。

羊一郎 ああ、うん。

円子  あと一枚で、五十パーセント。ね、父さん。

羊一郎 …。


 鹿原、説子、廊下からやって来て茶の間に入る。


鹿原  どうも。

羊一郎 あ、どうも。

鹿原  皆さん、ちょっとお話があります。

羊一郎 なんですか?

鹿原  我々と、手を組みましょう。

説子  いいですか。皆さんのくじを、一つに集めるんです。

羊一郎 え?

説子  その中の一枚が当選したら、くじを出し合った者たちで集まって、シェルターに入る人間をじゃんけんして決めるんです。

羊一郎 じゃんけん。

鹿原  一人で一枚のくじを握り締めているより、この方がシェルターに入れる確率がぐっと高くなる。この計算に間違いはありません。

説子  名づけて、鹿原ファンド作戦です。

鹿原  どうですか。

羊一郎 うーん…。

鹿原  いいですか。一枚のくじよりも、皆でのじゃんけんの方が、勝つ可能性は、明らかに高くなるんです。

説子  夫の理論に間違いはありません。

羊一郎 まあ、そう言われれば、そんな気も…うーん…。

円子  やります。

羊一郎 え?

鹿原  素晴らしい。

円子  実は、私も、その作戦思いついて、すでに実行してるんです。(くじを見せ)ほら、もう、こんなに集まりました。

鹿原  おお。

説子  やるわね。

円子  というわけで、お二人のくじも、どうぞ。(手を出す)

鹿原  はい。(くじを渡す)

説子  はい。(くじを渡す)

円子  お母さんファンドへ、ようこそ。(受け取る)

鹿原  よろしくお願いします。一緒に、頑張りましょう。

円子  ええ。

鹿原  では。


 鹿原、説子、茶の間を出て廊下へ去る。


円子  これで母さんは、全くじ十二枚のうち七枚を獲得。当選確率は約五十八パーセント。いい打率ね。

羊一郎 …。


 郵便配達夫、台所からやって来る。


配達夫 郵便でーす。

羊一郎 あ、お疲れ様です。

配達夫 こちら郵便物です。どうぞ。(バナナを置く)

羊一郎 あ、バナナ。

配達夫 食う?

羊一郎 え、いや…。

配達夫 バナナは、おやつに入らないってよ?

羊一郎 あ、ええ。

配達夫 食えば?

羊一郎 はあ。

円子  あげますよ。

配達夫 え、いいの?

円子  そのかわり、くじ下さい。

配達夫 あ、うん。はい。(くじを渡す)

円子  どうも。(受け取る)

配達夫 (バナナを取り)やったあ。以上、郵便でした。


 配達夫、茶の間を出てラッパを吹きながら廊下へ去る。


円子  これで母さんは、全くじ十二枚のうち八枚を獲得。当選確率は約六十六パーセント。かなりいい打率ね。

羊一郎 …。


 猿目、玄関を開けて茶の間に入ってくる。


猿目  ああ、どうも、お邪魔します。

羊一郎 あ、どうも。

猿目  すいません、勝手に上がっちゃいました。

羊一郎 ああ、全然、おかまいなく。

猿目  どうも。

円子  あ、先生。

猿目  はい。

円子  くじは。

猿目  あ、これですけど。

円子  ちょっと見せてもらえますか?

猿目  あ、はあ、どうぞ。(くじを渡す)

円子  (くじを受け取る)

猿目  …。

円子  …。(立ち上がる)

猿目  …。(円子を見ている)

円子  さよなら。

猿目  え。

円子  (茶の間を出て、廊下へ走り去りながら)これで母さんは、全くじ十二枚のうち九枚を獲得。当選確率は七十五パーセント。素晴らしい打率ね。

猿目  …あ…。

羊一郎 あ…。

猿目  私は、どうしたら…。

羊一郎 ああ…追ってみた方が、いいかも、知れないですね。

猿目  じゃあ、追ってみます。

羊一郎 すみません。

猿目  いえ。では。


 猿目、茶の間を出て廊下へ去る。

 少し間。


羊一郎 …湖羽、

湖羽  なに?

羊一郎 これ。(くじを差し出す)

湖羽  え?

羊一郎 取っときなさい。

湖羽  え。

羊一郎 いいから。

湖羽  …うん、ありがとう。(受け取る)

羊一郎 うん。


 羊一郎、茶の間を出て廊下へ去る。

 又雄、廊下から走ってやってきて、茶の間に入る。


又雄  ねえ、湖羽、

湖羽  え?

又雄  これ、ちょっと、持ってて。(くじを渡す)

湖羽  あ、うん。

又雄  おまわりさんには、絶対渡すなよ。

湖羽  わかった。

又雄  よろしく。


 又雄、茶の間を出て廊下へ走り去る。

 長芭木、廊下から走ってやってきて、茶の間に入る。


長芭木 ねえ、湖羽ちゃん、

湖羽  え?

長芭木 これ、ちょっと、持ってて。(くじを渡す)

湖羽  あ、はい。

長芭木 又雄君には、絶対渡さないでね。

湖羽  わかりました。

長芭木 ねー。


 長芭木、茶の間を出て廊下へ走り去る。

 円子、廊下からやって来て茶の間に入る。


湖羽  …母さん、先生は?

円子  母さんが、人生の先生になってあげる。

湖羽  あ、うん。


 少し間。


湖羽  …母さん、

円子  (くじを見ている)

湖羽  これ、あげる。(三枚のくじを差し出す)

円子  え、いいの?

湖羽  うん。はい。(くじを渡す)

円子  ありがとう、湖羽。(くじを受け取る)

湖羽  うん。

円子  これで母さんは、全くじ十二枚のうち十二枚を獲得。当選確率は百パーセント。パンパカパーン。キングオブ、キングオブ母さんの誕生よ。

湖羽  よかったね。


 飯山、玄関を開けて茶の間に駆け込んでくる。


飯山  十八時だよ!

湖羽・円子以外(声)全員集合ー!


 長芭木、又雄、羊一郎、猿目、郵便配達夫、説子、鹿原、瑠花、佐田さん、教祖さま、弔問くん、廊下からやって来て茶の間に入る。


飯山  さあ、お待たせしました。いよいよ、当選者の発表です。

一同  (沈黙)

飯山  みなさん、くじはお持ちですね?

円子  はーい。

飯山  いい返事だ。さあ、それでは、発表いたします。(持っていた紙をあき)輝く、第一回踊ヶ丘シェルターに入れちゃう人大賞は…Aの113!

円子  (十二枚の中から探す)

飯山  奥様、ありますか?

円子  あ、ちょっと、待ってください。(探す)

飯山  …ありますか?

円子  …あるはずなんですけど…。(探す)

飯山  …ないですか?

円子  いや、

飯山  ないんですね?

円子  いや、あります。だって、だって、私、全くじ十二枚を完全に独占してるんですよ。キングオブキングなんですよ。だからあるはずなんです。

飯山  あ、奥様。全くじは、十二枚ではないですよ。十三枚です。

円子  …え?

飯山  ははあ、なるほど。ということは、この家の、いや、この地球上のどこかに、裏切り者の十三枚目が存在しているんです。

湖羽以外 (ざわめく)

湖羽  …あ。

飯山  どうしました。

湖羽  …先生、

猿目  え?

湖羽  私、先生にあげました、一枚。

猿目  …え、そうだっけ?

湖羽  はい。一番最初、家に来たときに。

猿目  …(懐を探し)…あ。(くじを取り出し)あった。

円子  え。

飯山  番号は。

猿目  Aの113です。

飯山  (拍手しながらメダルを取り出し、猿目に掛ける)

猿目  え?

飯山  お名前は?

猿目  あ、猿目と申します。

飯山  猿目さん。今のお気持ちは。

猿目  あ、棚からぼたもち、という感じで、非常に嬉しいです。

飯山  おめでとうございます。あなたは、わが踊ヶ丘の誇りです。

猿目  あ、どうも、光栄です。

飯山  はずれてしまった皆さん。ま、しょうがないって。

円子  …。

飯山  それでは、猿目さん、最後に何か一言。

猿目  …ごちそうさまでした。

全員  ごちそうさまでした。


 音楽と共に暗くなる。

 猿目、ペンを取り出し、カレンダーの金曜日のところに×印をつける。



7 土曜日


 瑠花、座って雑誌を読んでいる。

 又雄、座って何か書いている。

 弔問くん、立っている。


瑠花  …ねえ、お兄ちゃん、

又雄  なに?

瑠花  生まれ変わったら何になりたい?

又雄  え、なんだろ…犬、とかかな。

瑠花  なんで?

又雄  え、いや、別に、特に理由はないけど。

瑠花  ふーん。

又雄  なんで?

瑠花  終末ウォーカーで特集してんの。生まれ変わったら何になりたいかランキング。

又雄  へえ。

瑠花  一位は、異性だって。

又雄   異性。

瑠花   うん。男だったら女、女だったら男。

又雄   へえ、そっか。

瑠花   でもなんか、みんな甘っちょろいよね、考えが。

又雄   え?

瑠花   だって、生まれ変わって異性になりたいってさ、人間に生まれ変われるってこと前提で言ってるわけでしょ。

又雄   ああ。

瑠花   そう簡単に人間様に生まれ変われろうなんて、甘っちょろいったらないよ。

又雄   そうかあ。

瑠花   その点、お兄ちゃんは犬畜生でしょ?

又雄   え、ああ、まあ。

瑠花   自分のレベルわきまえてるから偉いと思う、あたし。

又雄   …あ、ありがとう。

瑠花   うん。なれたらいいね、犬。

又雄   ああ、うん。

弔問くん 瑠花さんは、生まれ変わったら何になりたいんですか?

瑠花   あたしは輪廻転生を信じてないから。

弔問くん あ、そうなんですか。

又雄   …あれ。

瑠花   なに?

又雄   難しいってどういう字だっけ?

瑠花   難しい?

又雄   うん。苦難とか、困難とかの、ナン。

瑠花   わかんない。え、携帯は?

又雄   捨てちゃった、昨日。

瑠花   あ、お兄ちゃんも捨てたんだ。

又雄   弔問くん、わかる?

弔問くん あ、わかんないですね。

又雄   あー、どういう字だったっけ…。

瑠花   なに書いてるの?

又雄   ああ、まあ、ちょっとした辞世の句みたいなやつなんだけど。

瑠花   ふーん。

又雄   …うーん。


 説子、廊下からやって来て、茶の間に入る。


説子   こんにちは、弔問くん。

弔問くん あ、こんにちは。

又雄   あ、あの、

説子   なに?

又雄   難しいって、どういう字か教えて欲しいんですけど。

説子   難しい、ですか…難しいといえば、愛というものは、この世界で一番の宝物ですが、同時に非常に難しいものでもありますよね。それでは登場していただきましょう。愛する我が夫。鹿原論冶です。


 上半身裸の鹿原、廊下からやって来て茶の間に入る。


鹿原  どうも、愛の伝道師。鹿原です。

説子  拍手。

三人  (なんとなく拍手)

鹿原  うるさい!

三人  …。

鹿原  そこの君。

又雄  あ、はい。

鹿原  悩みは。

又雄  え? あ、えっと…難しいっていう漢字を度忘れ…

鹿原  知らん。私は理系だ。次、そこの君。

瑠花  あ、はい。

鹿原  悩みは?

瑠花  …鹿原さんは、生まれ変わったら何になりたいですか?

鹿原  ハンバーグ。

瑠花  …ああ。

鹿原  いいですか。皆さんは、あさって、月曜日に、死にます。

説子  死にます。

鹿原  私も、死にます。

説子  死にます。

鹿原  妻も、死にます。

説子  死にます。

鹿原  でも、愛は、死にません!

説子  死にません!

鹿原  ラブイズフォーエバー!

説子  イエー!

鹿原  よーし、じゃあ、おにごっこしよー! せっちゃんが鬼!

説子  はーい!

鹿原  にーげろー!

説子  待てー!


 鹿原、説子、茶の間を出て、楽しげに玄関へ走り去る。


瑠花  …楽しそう。

又雄  …そうだね。

瑠花  (ページをめくり)…あ、これ面白い。滅亡をどこで迎えたいかランキングだって。

又雄  そんなのあるんだ。

瑠花  一位どこかわかる?

又雄  うーん…海とか?

瑠花  残念、海は五位。

又雄   五位かあ…。

弔問くん じゃあ、山ですか?

瑠花   山は九位。

弔問くん ああ…。

瑠花   一位は、お台場。

又雄   え、お台場?

瑠花   うん、お台場。ちなみに二位は彼氏の家。三位はディズニーランドだって。

又雄   へえ…。

瑠花   なんかクリスマスみたいな感じだね。

又雄   そうだね。

瑠花   楽しくなっちゃうね。

又雄   ああ、どうだろう。


 円子、台所からやって来る。


円子   フィーバー。

瑠花   …。

円子   超フィーバー。

又雄   …。

円子   あ、今まで人生で一度も口に出したことのない言葉を、死ぬ前にいっぱい言ってみようっていうブームが到来してるの。母さん内で。

又雄   あ、そうなんだ。

円子   明鏡止水。

又雄   …あ、母さん。

円子   色即是空。なに?

又雄   辞書ってある?

円子   ああ、父さんが持ってたんだけど、昨日、母さん食べちゃった。ごめんね。

又雄   あ、食べちゃったんだ。

円子   うん。なんか、気づいたら食べてた。

又雄   そっか…じゃあ、まあ、なんとかして調べてみるよ。時間もないし。…あ、弔問くん。

弔問くん はい。

又雄   調べるの、手伝ってもらってもいい?

弔問くん あ、はい。


 又雄、弔問くん、茶の間を出て廊下へ去る。


瑠花  母さん、生まれ変わったら何になりたい?

円子  チンギスハン。

瑠花  そっか。


 教祖さま、台所からやって来る。


円子   あ。

教祖さま あー…あのね。

円子   はい。

教祖さま 人は、死んだら、ジャムになるって言ったけどね。

円子   はい。

教祖さま あれ、嘘なんだ。ごめんね。

円子   はい。

教祖さま じゃあ、帰るね。

円子   はい。

教祖さま 信じてくれて、ありがとう。


 教祖さま、茶の間を出て、玄関へ去る。


瑠花  あの人、結局、誰だったの?

円子  知らない。神様かなんかじゃない?

瑠花  ふーん。


 少し間。廊下から羊一郎、やって来る。


羊一郎 フィーバー。

円子  超フィーバー。

羊一郎 …あれ、湖羽は?

円子  知らない。

瑠花  あ、部屋にいたよ。

羊一郎 そっか。

瑠花  なんか、昨日のくじのことで、責任感じてるみたい。

羊一郎 そうかあ…。

円子  湖羽は全然悪くないのに。

羊一郎 そうだよなあ。

瑠花  そうだよ。

円子  悪いのは、佐田さんよ。

羊一郎 …そうだ。

瑠花  そうだよ。

円子  佐田さんが、全部悪いの。

羊一郎 そうだ、うん、絶対そうだ。

瑠花  トイレ超長いし。

円子  ごはん超食べるし。


 長芭木、又雄、弔問くん、廊下からやって来て茶の間に入る。


長芭木 どうもー。二十時間以上、又雄君のふかふかベッドの中に張り込んでいた甲斐あって、本官、ようやく念願の又雄君を逮捕しました!

円子  おー。

長芭木 ということは、又雄君は、悪人ですよ。ねー。

一同  …。

長芭木 もしそうじゃないならば、この地球上で、いま、一番、お裁きされるべき人間はだーれ?

一同  …。

長芭木 よし。じゃあ、せーので言って、みんなの回答が揃わなかったら、又雄君は死にます。死んでもしょうがないもん。本官ナイトフィーバーだもん。

一同  …。

長芭木 いいねー? では、いきます。せーの、

一同  佐田さん。

長芭木 おー、揃った。それでは、本官、佐田さんを逮捕アーンドお裁きします。(敬礼)じゃ、お風呂場に張り込んでるから。ねー。


 長芭木、拳銃を構えて、台所へ去る。


又雄  …助かった。

羊一郎 …よかったな。

又雄  うん。


 佐田さん、廊下からやって来て茶の間に入る。


佐田さん おう、毎度。

一同   …。

佐田さん さて、踊ヶ丘もいよいよあさって滅亡ということで、佐田は、そろそろ次の町に移ります。あばよ。

羊一郎  え。

又雄   次の町って、

瑠花   地球上には、もう踊ヶ丘しか、

佐田さん それはあくまでも君たちにとっての現実さ。佐田の行く先にはね、いつも必ず、愚かな人間どもが存在しているのである。

一同   …。

佐田さん まあ、君たちには、到底、理解出来ないだろうがね。へへん。

瑠花   …ずるい。

一同   …。

佐田さん では、今まで短い間でしたが、お世話になりました。さようなベイビー。

円子   …あの、

佐田さん なんじゃい。

円子   …最後に、お風呂、入っていきません?

佐田さん え、いいってばよー。

円子   まあ、そう言わずに。ねえ?

羊一郎  お、おう。

瑠花   そうだよ。

又雄   うん。

弔問くん …そうですよ。

円子   お風呂、入ってって。

佐田さん …おー、なんだか知らんが優しいなあ。じゃあ出発前に、ひとっ風呂、浴びてくとするよ。

一同   (笑顔)

佐田さん そいじゃ、いってきまベイビー。

一同   いってらっしゃベイビー。


 佐田さん、台所へ去る。


羊一郎  …フィーバーだな。

円子   超フィーバーね。


 鹿原、説子、玄関から入ってきて、楽しげに廊下へ走り去る。


弔問くん …あの、僕、佐田さん、弔ってきます。

円子   よろしく。

弔問くん あ、じゃあ、一応、塩、掛けときますね。(家族に塩を掛ける)

瑠花   ありがとう。

弔問くん じゃあ、いってきます。


 弔問くん、台所へ去る。

 飯山、玄関を開けて、茶の間に走って入ってくる。


飯山  フィーバー! 飯山です。(お辞儀)

羊一郎 …あ、どうも。

飯山  どうですか、くじにはずれちゃった皆さん。もう、立ち直りました?

又雄  (立ち上がって廊下へ去る)

飯山  そうですか。まあ、どうでもいいんだけどー。さあ、ではお呼びいたしましょう。見事、当選を勝ち取った、我が踊ヶ丘の誇り。リーサルウエポン。猿目せんせーい。

猿目(声)はーい。


 猿目、玄関を開けて茶の間に入ってくる。


猿目  どうも。私、猿目と申します。シェルターに、入ります。

飯山  本当に、本当におめでとうございます。(拍手)

猿目  ああ、すいません、すいません。

瑠花  (立ち上がって廊下へ去る)

飯山  では、勝者のこおどりを、披露しちゃいましょう。

猿目  はい。


 飯山、猿目、こおどりをする。

 湖羽、廊下からやって来て茶の間に入る。


猿目  …ああ、えっと、久しぶり。

湖羽  どうも。

猿目  …元気?

湖羽  はい、それなりです。

猿目  そっか、良かった。

湖羽  先生も、元気そうで。

猿目  あ、うん、まあね。(こおどりを見せつける)

円子  (立ち上がって廊下へ去る)

飯山  よし、では、十分に自慢したことですし、早速シェルターへ向かいましょう。

猿目  はーい。

飯山  それでは、諸君、さらば!

猿目  失礼いたします。


 飯山、猿目、玄関へ去る。


羊一郎 …湖羽、お前、飯、食ったか?

湖羽  ううん。

羊一郎 そうか。パンとラーメンあるから、好きな方食べなさい。

湖羽  うん。


 弔問くん、台所からやって来る。


羊一郎  あ、おかえり。

弔問くん あ、どうも。

湖羽   …ねえ、弔問くん。

弔問くん はい。

湖羽   私があげた、お姉ちゃんの誕生日プレゼント、持ってる?

弔問くん あ、はい、持ってます。

湖羽   カッターだけ返して。

弔問くん あ、はい。(カッターを取り出し)どうぞ。

湖羽   (受け取り)ありがとう。

羊一郎  …。

湖羽  …お父さん。

羊一郎 うん。

湖羽  先生、私が学校に来ないと、クビになっちゃうんだって。

羊一郎 そうか。

湖羽  うん。でも私、学校行かない。

羊一郎 そうか。

湖羽  だから、先生、クビになるよ。

羊一郎 そうか。

湖羽  うん。首にしてくる。

羊一郎 …湖羽、フィーバーだな。

湖羽  …超フィーバー。


 湖羽、茶の間を出て、玄関へ去る。


羊一郎  …弔問くん、

弔問くん はい。

羊一郎  ちょっと、弔ってきてあげて。

弔問くん あ、はい。じゃあ、いってきます。

羊一郎  うん。ありがとう。


 弔問くん、茶の間を出て玄関へ去る。

 沈黙。

 郵便配達夫、台所からやって来る。


配達夫 郵便でーす。

羊一郎 あ、お疲れ様です。

配達夫 でも、郵便物はないんです。

羊一郎 そうですか。

配達夫 ごめんね。

羊一郎 あ、いえ。

配達夫 (ラッパを吹く)

羊一郎 …。

配達夫 以上、郵便でした。


 音楽と共に暗くなる。

 郵便配達夫、ペンを取り出し、カレンダーの土曜日のところに×印をつける。



8 日曜日


 羊一郎、座っている。


羊一郎 母さーん、新聞ちょうだい。


 円子、台所からやって来る。


円子  はいはい。

羊一郎 おう。

円子  はい、新聞。(渡す)

羊一郎 ありがと。

円子  どういたしまして。

羊一郎 うん。

円子  そろそろ晩ご飯の準備しますね。

羊一郎 うん。


 羊一郎、新聞を読む。

 円子、ちゃぶ台を拭く。

 瑠花、廊下からやって来て茶の間に入る。


瑠花  お母さん、ご飯まだ?

円子  あ、もうすぐ準備するから待ってて。

瑠花  うん。

円子  その前に、ちょっと母さん休憩しよっと。ねえ、瑠花、肩もんでくれる?

瑠花  はーい。

円子  ありがとう。


 瑠花、円子の肩を揉む。


羊一郎 お、瑠花、お前、ちょっと肩もみ上手くなったんじゃないの?

瑠花  まあね。お父さんもやって欲しい?

羊一郎 ああ、じゃあ、お願いしようかな。

瑠花  やだねー。あたし、お母さん専用だもん。

羊一郎 おいおい、なんだそりゃ。


 三人、楽しげに笑う。

 鹿原、説子、廊下からやってくるが、茶の間に入れず、廊下へ戻る。


瑠花  うそうそ。お父さんも後でやってあげる。

羊一郎 おう、ありがとう。

瑠花  その代わり、なんか刃物ちょうだいね。

円子  それはだーめ。

瑠花  ちぇー。


 三人、楽しげに笑う。

 又雄、廊下からやって来る。


瑠花  あ、お兄ちゃん。

又雄  なに?

瑠花  あたしのチョコ、勝手に食べたでしょ。冷蔵庫に入れてたやつ。

又雄  あ…えっと…。

羊一郎 又雄、正直に言ったほうがいいぞ。

円子  食べ物の恨みは怖いのよ?

又雄  ああ…うん、ごめん。食べちゃった。

瑠花  もう。

又雄  ごめん。

瑠花  ちゃんと弁償してもらうからね。

又雄  参ったなあ。


 四人、楽しげに笑う。

 鹿原、説子、廊下からやってくるが、茶の間に入れず、廊下へ戻る。


羊一郎 それより又雄、お前、時間大丈夫なのか? 今日は、予定は?

又雄  ああ、大丈夫。今日のスケジュールは、家族との団欒になってるから。

羊一郎 なんだ、ちゃっかりしてんなあ。


 四人、楽しげに笑う。

 湖羽、廊下からやって来る。


羊一郎 おう。

湖羽  うん。

羊一郎 あ、湖羽、お前、ちゃんと勉強やってんのか?

湖羽  え、いや…。

羊一郎 大丈夫か? 今年受験だろ?

湖羽  うん、まあ…。

羊一郎 なあ。

湖羽  …。

羊一郎 まあ、頑張れよ。

湖羽  …うん、ありがとう。

羊一郎 うん。

円子  偉そうなこと言ってるけどね、お父さん、すっごい成績悪かったのよ、高校のとき。

瑠花  へー。

羊一郎 おい、お前、昔の話はよせよ。

円子  いいじゃない。湖羽も聞きたいでしょ?

湖羽  …うん、聞きたい。

羊一郎 あ、お前、

湖羽  (少し笑う)


 五人、楽しげに笑う。

 弔問くん、台所からやって来る。


瑠花   あ、お疲れ様。

弔問くん あ、どうも。

又雄   あれ、誰か弔ってたの?

弔問くん あ、はい。おまわりさんを。

又雄   え、そうなんだ。風呂場?

弔問くん はい。石けんを踏んですっ転んで、頭を強打して、お亡くなりになったんです。

又雄   へえ…。

円子   なんか、こんなこと言っちゃあれだけど、間抜けな死に方ね。

又雄   うん、まあ、そうだね。

瑠花   佐田さんを裁いた罰が当たったんだよ、きっと。

円子   そうね。それにしても、間抜けよね。石けんですっ転ぶって。

羊一郎  こら、母さん、ちょっと不謹慎だぞ。

円子   はい、ごめんなさい。あーあ、怒られちゃった。


 六人、楽しげに笑う。

 飯山、玄関を開けて、茶の間に入ってこようとするが、入れない。


飯山   どうも、飯山です。

羊一郎  あ、ねえ、弔問くん。

弔問くん はい。

羊一郎  昨日、先生、弔ってくれた?

弔問くん あ、はい。あ、あの、あれって、湖羽さんがやったんですか?

湖羽   え?

瑠花   あれってなに?

弔問くん いや、猿目先生、首だけしか残ってなかったんですよ。

瑠花   えー。

又雄   物騒だなあ。

円子   湖羽がやったの?

湖羽   ああ、まあ、しようとは思ったけど、私じゃないよ。

弔問くん あ、そうなんですか。

湖羽   うん。

弔問くん そっかあ。

飯山   はっはっは。何を隠そう、それは、私がやりました。

一同   (思い思いの行動をとっている)

飯山   この家を出てから、すぐにぶっ殺してやったんです。

一同   (思い思いの行動をとっている)

飯山   と言うかですね。実は、シェルターなんて、ないんですよ。

一同   (思い思いの行動をとっている)

飯山   うっそぴょーん。

一同   (思い思いの行動をとっている)

飯山   私ね、思うんです。人間なんて、くだらない生き物だなあって。略して、くだものだなあって。

一同   (思い思いの行動をとっている)

飯山   だから、くだものは、ナイフで切りましょう。(ナイフを取り出す)

一同   (思い思いの行動をとっている)


 鹿原、説子、廊下からやってくるが、茶の間に入れない。

 それを見つけた飯山、走って追いかける。

 鹿原、説子、走って廊下へ逃げる。


羊一郎  ああ、でも、日曜にこうしてみんなでのんびりするってのも、結構久しぶりだな。

円子   そうね。

羊一郎  うん。なんか、いいな。

円子   そうね。


 鹿原、説子、廊下から走って玄関へ去る。

 飯山、それを走って追いかけて玄関へ去る。


羊一郎  あ、母さん、晩ご飯なに?

円子   カレー。

瑠花   あ、やったー。

羊一郎  お、いいねー。

円子   いいでしょ。

又雄   あー、なんか、おなか減ってきた。

円子   もうすぐ準備するからね。

又雄   うん。

弔問くん あ、あの…ちょっと僕、研究員の人たち、弔ってきます。

一同   (無視)

弔問くん …いってきます。

湖羽   いってらっしゃい。


 弔問くん、茶の間を出て玄関へ去る。

 沈黙。


羊一郎 …いよいよ明日か。


 沈黙。


瑠花  やっぱ、自殺すればよかったかな。


 沈黙。


又雄  やり残したこと、いっぱいあるなあ。


 沈黙。


円子  私の人生、なんだったんだろ。


 沈黙。


湖羽  死にたくない。


 沈黙。微かにラッパの音が聞こえる。


羊一郎 行こうか。


 羊一郎、立ち上がり、ペンを取り出し、カレンダーの日曜日のところに×印をつけて、茶の間を出て廊下へ去る。

 四人、羊一郎の後に続いて茶の間を出て、廊下へ去る。



9 月曜日


 弔問くん、立って、紙を見ている。


弔問くん …まずは、お父さん。次に、お母さん。…又雄さん。…瑠花さん。…湖羽さん。…よし…(紙をしまい、歩き出そうとして)……あっ! う……(ガクガクしながらゆっくり倒れる)


 弔問くん、動かなくなる。

 ゆっくり静かに暗転。幕。



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百壁ネロ完全体 黎明編 百壁ネロ @KINGakiko

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