始まり、そして休息
私はその日からレイスさんもとい、師匠の家に通うようになった。
剣術を習うのは私にはまだ早いらしく、体術を先に教えてもらっていた。
「違う!!そんな動きじゃすぐに逃げられる!!」
「はいっ!」
今はちょうど師匠に稽古をつけてもらっているところだ。私が師匠を追いかけて少しでも触れられたら、私の勝ちなんだけど…。
流石は、元第一騎士団団長。そんな簡単に捕まえられるはずがない。
私は3ヶ月以上も、この練習をやっていた。
体力をつけるための走り込みや動き方とかも教えてもらったけど、これが成功しないと他は教えてくれないらしい。
「今日はここまでだ。」
師匠は私の攻撃を躱しながらそう言った。
息の全く上がっていない師匠に悔しさを感じながらも、
「ありがとうございました!!」
私は動きを止め、礼をした。
今日も師匠を捕まえることは出来なかった。
侯爵邸までの帰り道、私は落胆していた。擦りもしない。
私には努力が足りない。
それが分かっているから、私は毎日少しでも体力をつけようと侯爵邸からモリアまで、モリアから侯爵邸までの往復を走っていた。
結構な距離で、片道は徒歩2時間ほどだ。
そのおかげでかなり体力はついてきたし、3ヶ月前の私とは随分変わったはず。
何が足りないんだろう。
胸のモヤモヤを抱えながら、私は侯爵邸の別館へと入っていった。
自分の部屋の前まで来ると、そこに誰か居た。
「お嬢様ー。モリアに毎日通ってるってマジですか?」
ドアにもたれかかりながらそこに居たのはフィンだった。
相変わらず不躾な態度だけど、普通に接してくるフィンに嫌悪はない。
ただし、
「レディーの部屋のドアにもたれかかって待ってるって…完全に引くわ。」
多少、ストーカーっぽい所が問題だ。
この前も庭に出ていったら、ちょうどのタイミングで出てきて結構ビビった。
「誰がレディーですか…いや、すいません。」
失礼な事を言おうとしたフィンに睨みをきかして黙られさながらも、
「面倒くさいから、広間に行きましょ?私が完璧に掃除したから、見違えるようになってるの!!」
私は得意げにそう言いながら、フィンを広間まで案内した。
フィンは一変した広間の様子に、一瞬びっくりした様子を見せたけど、
「もう、俺はお嬢様が急に王子と結婚するって言っても信じる気がしますよ。」
と、すぐに呆れたように言った。
「何言ってるの。そんな面倒くさそうなことしないに決まってる!!」
私はおそらく的当に言ったであろう、フィンの言葉を即座に否定した。
王子と結婚するのはヒロインのミリアナよ!!
そう突っ込みそうになったのは必死に我慢したけど。
少し落ち着いて、席に着くと、
「で、話を戻しますけど本当にモリアに毎日通ってるんですか?」
すぐさま、フィンはそう聞いてきた。
今日はそれを聞くためにここへ来たらしい。
「勿論よ。私は一度やると決めたことは最後までやり切るんだから。」
ツンと私がすまして答えると、
「モリアまで歩いて2時間ほどあるんですよ?お嬢様にそんな体力ないでしょう。」
フィンは疑り深げに言ってきた。
セリスティアの体は細いし、そんな体力があるわけないと思っているんだろう。
そりゃ、私も体だけ見たらそう思うけどさ、
出来ないだろうと肯定されるのはなんか、癪だ。
そう思い、
「歩いていないもの。私は毎日行きと帰りの道を走っているのよ。体力だってフィンよりはあるわ!」
少しムキになりながら私は言った。
フィンだって細くて軟弱そうな体つきなのに!
心の中でそう付け足しておくのを忘れずに。
勿論、言葉に出したら後で怖いから絶対に言わないけど。
フィンは少しポカンとしていたけど、
「走ってる…。本当に規格外すぎて面白い。」
フィンは小さな声で何か呟いた。
ただ、小さすぎて私には聞き取れなかった。
その後、
「お嬢様は本当に凄いですね。今まで色々と見てきたんで、まあ信じます。」
聞こえるような声でそう言ったフィンは楽しそうに笑っていた。
しばらくフィンと話していたけど、フィンは仕事を抜けてきていたらしく、時間を見た瞬間焦ったように席を立った。
そんなフィンが新鮮で、
仕事を抜けて遊びに来るなんて、執事長に怒られればいい。
私はにっこり笑顔で、帰り際にフィンにそんな言葉を投げつけてあげた。
その時のフィンのうっ!という顔が忘れられない。
私ってSなのかもしれない。初めてそう思ったのだった。
あー、なんかスッキリ!!
フィンと話したことで、なかなか上達しない体術への苛立ちが、なんとなく消えた気がした。
問題は変わらないけど、一応フィンには感謝しておこう。
あの、私への呆れたような言動には腹立つけどね!!
いつか、完全なる尊敬語を使わせてやる!!とは思ってるけど、いつになるか想像がつかない。
いや、一生ないのかもしれないけど…。
まあ、今はどうやったら師匠を捕まえられるかを考えないとね!!
じゃないと前に進めないし。
腕立て伏せをしながら、私はそう思ったのだった。
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