番外編1 執事の特別な1日

俺はイーディス侯爵家で働いている使用人。

給料もいいし、何の不満もない。ただ、面白いぐらい何もない毎日に退屈を感じていた。

それでも毎日が平凡に過ぎていくと思っていた。あの日も。



「フィン!起きろ!!」

そう叫ぶ声で俺は起きた。

寝過ごしたかなと思い、焦りながら時計を見るとまだ、5時だった。

俺は自室から顔を出して

「こんな時間に、何のようだ?」

と、起こしてきた同僚に顔をしかめながら聞いた。

「俺もよく分かんねえけど、執事長が全員起こすように命令したんだよ!とにかく準備しろ!!」 

同僚は焦っている様子だった。

よく分からないが、何かあったらしい。

俺はすぐに顔を引っ込めて準備をし始めた。



仕事場に行くと、もう全員が揃っていた。

「今日、侯爵様の子供を育てていると言う女が訪ねてきた。あの侯爵様だ。嘘とは言い切れない。皆、用意にかかれ。」

執事長は淡々と述べた。

確かに、侯爵様は美丈夫で女にだらしがない。

だから、もし本当に侯爵様の子供だったら色々と忙しくなる。だから、こんな朝早くに起こされたんだろう。

「ふあぁ。眠い。」

俺があくびをしていると、

「フィン!」

鋭い声で執事長に呼ばれた。

ヤベッ。怒られる。と身構えていると、

「お前は侯爵様の部屋に私と行ってもらう。本当はラッシュに頼みたいがあいつは今日、休みだからな。」

ラッシュというのは執事長補佐だ。

「えっ、あいつ休みなんですか。何でよりによってこんな面倒くさい日に。」

俺が尋ねると、

「面倒くさいは余計だ。まあ、そういう訳だからついて来い。」

執事長はしかめっつらで答え歩き出したので、俺はその後をついて行った。



侯爵様の執務室に入ると、もうその女は部屋にいた。

黒髪の美しい女だった。

目は緑色でスラっとしている。

ただ、不機嫌そうに顔は歪んでおり、イライラしている様子が垣間見える。

「だから、何度も言っているでしょ。貴方の娘なんだから引き取って頂戴。」

女はヒステリックに叫ぶ。

その言葉に侯爵様はうんざりした様子で

「俺もさっきから何度も言っているが、証拠がないだろう。」

と、答えた。

「いいえ、あの子を妊娠した時は貴方にしか抱かれていないもの。父親は貴方しかいない。」

女は勝ち誇ったように言い切る。

それのどこが証拠になるんだと横から口を出してやりたくなったが、執事長に手で制止されていたから、黙っていた。

「分かった。」

侯爵様は徐ろに頷いた。

女は嬉しそうに、何か言おうとしたがその前に、

「その俺の娘だとかいう奴を連れて来い。確認する。」

侯爵様はそう続けた。

女はぐっと唇を噛みしめ、しばらく侯爵様を睨んでいたが、

「分かったわ。実は外にいるのよ。」

と言った。

外。その言葉を聞いて耳を疑った。今は真冬で外にいると風邪をひいてしまうだろう。

執事長もそう思ったのか、部屋にいた何人かのメイドに、すぐ連れてくるよう指示していた。



数分後、メイド達が1人の女の子を連れてきた。

ただ、本当に侯爵様とこの女の娘なのかと思ってしまった。

なぜなら、髪は確かに黒いけどボサボサで肌は酷く荒れている。

お世辞にも綺麗とは言い難かったのだ。

「連れてきたわよ。さあ、引き取って頂戴。」

女は面倒臭そうにそう言った。

女の子はずっと俯いていたが、その言葉で少し顔を上げた。

前髪はが長く見えにくかったが、その子の瞳は確かに紫色だった。

イーディス侯爵家の血を引く者の目は紫色。

それは誰もが知っている事だ。

その目を見て、侯爵様は

「分かった。それを引き取ろう。」

と言った。

女は嬉しそうに

「そう!じゃあ、よろしくね!!」

と言って女の子には目もくれず、侯爵邸を一目散に出て行った。

侯爵様は残った女の子を一瞥して、

「お前を娘だとは思わん。まあ、世間体があるからある程度の扱いはするが。」

と、何とも慈悲のない言葉をかけた。

女の子はその威圧にビクッとして縮こまってしまっていた。



そしてあれよあれよという間に、その女の子はセリスティアという名に決まって、イーディス侯爵家の次女と認定された。

俺はあれから、女の子いや、セリスティアお嬢様に会う事はなかったが、ラッシュからお嬢様が別館に今日から住むという話を聞いてしまった。

最近、別館に人が入っているなと思っていたがまさか、人が住むためだとは思いもしなかった。

あんな汚れきっていてここ30年ほど使っていない別館に住まわせるなんて流石にやりすぎだろう。

そう思った俺は仕事をほっぽり出して、別館へと向かった。



草でボーボーな庭を通り抜けて別館に入ると、

上の階から音がした。

そこにいるんだろうと思い、上へ上がっていくと、

「こんないい屋敷をこの状態で置いておくって侯爵って案外、馬鹿なのかな。いや、元々見る目ないのかもしれない。」

ボソボソと呟きながら、テキパキと掃除をするセリスティアお嬢様を見つけた。

俺は驚きのあまり、身を隠してしまった。

初めて見た時はあんなに怯えていたのに、この変わりようは何だ!?

侯爵様の悪口を言いながら、掃除をしていたのにもびっくりだが、さらに驚いたのはその容姿だ。

初めて見た時はお世辞にも綺麗とは言い難かったのに、今では真っ白な肌で目鼻立ちの整った美少女になっていたのだ。

セリスティアお嬢様の母親であるあの女よりも綺麗だと思った。将来は、この国一の美人になると言っても過言ではないほどに。

あまりにも驚いて頭は完全にオーバーヒートしていたが、その中で導き出した結論はこうだ。

あの様子からして、セリスティアお嬢様が賢いのは間違いない。とりあえず、このまま状況を見守ろうと。ただし、とりあえずお嬢様付きのメイドになるユラにだけは話しておこうと。



俺は急いで本館に帰り、ユラを探し回った。

そして、やっと調理場で見つけると、ユラを人気の無いところに連れ出した。

俺はユラに今見た事を全て話すと、

「とりあえず、落ち着いて。」

と、興奮している俺を宥めた。

「とにかく、セリスティアお嬢様は只者じゃないことは分かったわ。でも貴方の言う通り、しばらくは見守っていた方がいいわね。自分の好きなように動いてらっしゃるみたいだし。」

ユラは冷静にそう言った。

最後にこの事は誰にも言うなとユラに口止めされ俺は仕事場へと戻った。

執事長には急にいなくなった事を怒られに怒られたが、これからどうなっていくのかと今までにない楽しさが胸にこみ上げていた。



この日、俺の退屈な毎日は終わりを告げたのだ。

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