第12話 焼肉

 木曜日の演奏練後。一人暮らしをしている一年生同士で、夕食を食べに行くことになった。

 一年生で一人暮らしなのは、夏樹、五嶋、池辺、ハルカの四人で、みんなだいたい日吉キャンパスの近辺に部屋を借りて住んでいる。夏樹以外みんな女子だが、男女比一対九とも言われる吹奏楽部やESSで過ごしてきた夏樹には特に気にならない。

「何食べるの?」

「にく!!」

 夏樹が聞くと、五嶋が真っ先に答える。

「焼肉一択。」

「さんせー!」

 池辺とハルカも嬉しそうに答え、日吉駅をはさんでキャンパスとは反対側の商店街(通称ひようら)の中にある焼肉店に向かった。


 店内は半分くらい客が入っており、テーブルに置かれた七輪の上から煙と肉の焼ける匂いが漂っている。

 すぐにテーブルに案内され、五嶋が卓上のタッチパネルを取っててきぱきと注文を済ませた。どうやら彼女の中で食べる肉の種類がすでに決まっていたらしい。

「いやー、ついに今週末は神宮応援だね。」

 五嶋は注文用のタッチパネルを充電器に戻して言った。

「私、応援がやりたくてこの部活に入ったからね。もう楽しみでしょうがない。」

「へえ、じゃあ、真由美は応援見に行ったことあるんだ。」

 池辺が五嶋を下の名前で呼ぶ。

「うん、あるよ。お姉ちゃんが部員だったころに。」

「えっ?」

 五嶋の答えに、ハルカが驚いたように声を上げる。

「真由美のお姉さんって、応援指導部だったの?」

「うん、そう。去年卒業したけど。トランペットやってた。」

 五嶋はテーブルの隅に重ねてあったおしぼりを配りながら答えた。

「お姉ちゃん、三つ年上だから本当は一年間一緒に部活できたはずなんだけど、私が浪人しちゃったから入れ違いになっちゃった。」

「えっ?真由美って浪人してたの?」

 今度は池辺が驚きの声を上げる。

「うん。あれ?言ってなかったっけ?」

 五嶋はきょとんとした顔で首をかしげる。

 夏樹は、パート発表の際に五嶋という名前が呼ばれると先輩たちが少しどよめいていたのを思い出した。

 ということは、五嶋の実年齢は夏樹たちよりも一つ上ということだ。一年生部員の中で一番年下は誰かと聞かれたら、ほとんどの人が五嶋と答えるだろうというくらい幼い顔立ちをしているので、それは夏樹たちにとって驚愕の事実だった。

「え、じゃあタメ語で話しちゃダメじゃん。」

「五嶋さんってよばなきゃ。」

「五嶋さん、ごちそうさまです。」

 夏樹、ハルカ、池辺が口々に言うと、五嶋はやめてよ、と恥ずかしそうにしていた。

「でもねえ、応援はほんっとに格好いいんだから。」

 運ばれてきたタン塩を網に乗せながら、五嶋は目をきらきらさせて言った。

「でも、私、配られた応援歌の譜面がまだ全然吹けなくて。楽しむ余裕なんてなさそう。」

 ハルカが眉をへにゃりと曲げて悲しそうに言った。

「大丈夫だよ。演奏できなくても声を出すだけでも立派な応援だし。それにそもそも、たしか初回の神宮応援のときは一年生は演奏させてもらえないはずだよ。ひたすら声出し。」

「はあ?なにそれ。意味わからへん。」

 五嶋が平然と放った言葉に、池辺が声を上げた。関西出身の池辺は、ときどき中途半端に関西弁が混じる。

「経験者も吹いたらあかんっていうの?そんなんおる意味ないやん。」

「そんなことないって。演奏するより声出す方が大事だってお姉ちゃん言ってたし。」

 五嶋はのほほんと答える。

「はあ、やっぱ変な部活。コンクールも出ないっていうし、そもそも吹奏楽連盟にも入ってないっていうし。何が楽しいんやろ。」

 池辺は心底がっかりした様子でうなだれた。

「なに、池辺はコンクールに出たいの?」

 夏樹はナムルを自分の皿にとって尋ねた。

「そりゃそうでしょ。吹奏楽っていえばコンクール以外なにがあんの?まあ、コンクール出ないっていうのは知ってて入部したけどさ。」

「ふーん。実際、池辺はうちの部の演奏ってどう思う?」

「へたくそ。」

 池辺は一言で言い切った。

「コンクールなんか出ても、地区大会銀賞とれたらいいとこでしょ。」

「え、そうなの?私は楽器に触れる会のときの演奏すごいって思ったけど。」

 池辺の答えを聞いて、ハルカが少しさみしそうに言った。

「まあ、ハルカは初心者やからな。あれが吹奏楽の演奏やと思ったらあかんで。コンクールで全国行くような団体の演奏聞いたら、びっくりするよ、きっと。」

「なんかでもさあ、演奏は微妙だし、変なルールはたくさんあるし、ドリルはちっともうまくならないし。俺は大学に来てまでなにをやってるんだろうねえ。」

 夏樹は焼きあがったタン塩を口に運んでひとり呟いた。

「いや、ドリル練うまくいかないのは大橋だけでしょ。」

 池辺がつっこむ。池辺は最初のうちは夏樹と同様にドリルが下手な要注意人物としてブラックリスト入りしかけていたが、回を重ねるうちに彼女も美しく歩けるようになっていた。

「はあ、うるせえ。」

 夏樹は独り言のように言った。

 がちがちの上下関係、団体全体としてレベルの低い演奏、パート同期との不和、一向にうまくならないドリル。あと経験していないのは応援だけだが、それが夏樹の心持を変えてくれることはあまり期待できない気がした。

「この部活、続ける意味あるのかな。」

 夏樹は暗い心のまま、五嶋が皿にのせてくれたカルビを口に運んだ。

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