第11話 ドリル
「いま見てもらったのはコースタイルって言うんだけど、ほかにもうちょい動きの激しいカレッジスタイルっていうのもあります。」
浜名の説明に、一年生たちは聞き入っている。
「でも、まずはコースタイルの基本を覚えてもらいたいです。で、今日は基本の基本、ホルト、つまり止まっている時の姿勢から教えるね。」
浜名はそう言って、ドラムスティックをポケットに入れた。
「ただ立つんじゃなくて、美しく立つ。そのためには、上半身の重心を固定させて、ぶれないようにする。これできないと楽器も安定しないから。」
浜名はそう言って、すっとホルトの姿勢をとる。
「体重は少しつま先側に寄せるようにして、肩の力を抜く。天井から頭に糸がついていて、その糸に吊り下げられているようなイメージね。で、常に笑顔。これ大事。」
ただでさえスタイルの良い浜名がドリルの姿勢をとると、なんだか空気がピリッと引き締まる気がする。
「はい、じゃあさっそくやってみよう。二年生と一年生でペアになって、二年生は一年生の姿勢を見てあげて。」
ホルトの姿勢を崩して、浜名が指示を出した。一年生たちは近くに立っている二年生とペアを組み、どちらともなく、宜しくお願いします、と頭を下げる。
「宜しくお願いします。」
夏樹のペアになったのは、トロンボーンの秦だった。
あの『えんぶの歩き方』が配布されたとき以来、夏樹はどうにもこの秦という先輩に苦手意識を持っていた。やけに白目が目立つ彼女の目で見られていると、なんだか落ち着かなくなる。
秦は目を細めて、宜しくお願いします、と挨拶を返した。
「じゃあ、私がホルトって言ったら、一年生は私がさっき見せた姿勢をとってみて。ホルト!」
浜名が号令とともにパンっと手を打ち鳴らす。
浜名の手本を思い浮かべて、夏樹はホルトの姿勢をとってみた。
秦は少し首を傾げて夏樹の姿勢をじっと眺める。
「肩の力をもっと抜こっか。」
秦はそう言って、夏樹の肩に手を置いてぐっと下に押した。
「で、重心をもう少し上げて。そうそう。」
秦がいろいろと指摘をすればするほど、夏樹の肩はガチガチに強張り、表情が険しくなっていく。
ふらふらと歩き回って一年生の様子を見ていた浜名が、夏樹と秦の前で立ち止まった。
「ははー、これは時間かかりそうだ。」
浜名は夏樹の姿勢をひとしきり眺めてからつぶやき、解除、と言って手を叩いた。
一年生は姿勢を崩し、どこからともなく、ふう、というため息のような息の音が聞こえた。
それから何度か同じように、浜名の号令でホルトの姿勢をとったが、そのたびに夏樹は秦からあちこちを修正された。
周りを見ると、もともと運動部の山本、五嶋、ハルカは身体の使い方がうまいのか、比較的安定して綺麗な姿勢をとれている。大口と永村は要領がよく少しの修正で済んでいるようだ。堀川と剣崎は、最初はぎこちない様子だったものの、繰り返すうちに、表情が険しいと言われながらも綺麗な姿勢をとれるようになっていた。
池辺と大橋の二人が、どうにも肩の力が抜けず、見るからに苦しい姿勢となっている。
「あー、そろそろ時間だ。池辺と大橋は三限授業あるの?」
浜名に尋ねられ、夏樹は、いいえ、と答えた。池辺は授業があるらしく、はい、と首を縦に振っている。
「じゃ、大橋はもうちょっと練習しようか。」
浜名はそう言ってニカッと笑う。夏樹は情けない声ではい、と答えた。
「浜名さん、私も付き合います。」
秦の言葉に、浜名はありがとう、と言った。
「じゃあ、今日の練習はこれで終わりにします。三限ある人は急いで着替えて。汗臭いまんま授業受けちゃだめだよ。お疲れ様でしたー。」
「したーー!失礼します!」
浜名の解散という言葉に続いて、皆がぞろぞろと大ホールを出ていく中、夏樹は浜名、秦とともにホールに残った。
大口と永村がしゃべりながら夏樹のそばを通る。
「大橋、居残りかよ。」
「ただ立つだけだぜ。」
ははは、と笑う声が夏樹の耳に聞こえた。
夏樹は顔を真っ赤にして、永村と大口の方を睨んでいた。
「大橋、顔。怖すぎ。」
浜名が夏樹の肩にぽん、と手を置いて笑った。
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