第146話 現在
「ここが次のおうち?ボロいね~・・・」
そう言いながら、4歳の彼は廃墟のようなリビングの中を見回しました。
「だって、おとうさんの買うおうちってボロいのばっかりでしょ。でも、ちゃんとキレイになるじゃない。またしばらくこっちでお仕事になるね。」
母として、妻として言葉ではフォローしましたが、今回もまた手強そうなボロ物件であることは明らかでした。
「え~、ヒカルさんは来ないよ。おうちにいるけど。」
息子は拒否しました。物心つく以前から、赤ちゃんの頃からわけもわからず修繕中の貸家に連れて来られていました。ですが最近は自分の意思を主張するようになり、自宅で過ごす方が好きなヒカルさんでした。
「そうね、み~ちゃんも小さいから、そんなにしょっちゅうは来ないけどね。でもななちゃん達がいるときは来るでしょう?」
私は1歳の娘を抱っこしていました。ヒカルさんが赤ちゃんの頃も途方もなく可愛かったのですが、女の子はまたいろいろ違っていました。ふたりめの子、み~ちゃんもまた可愛くてたまらないのでした。
「ななちゃんとまーちゃんも来るの?じゃあ来る。」
ななちゃんはすでに小学生のお姉さんで、ヒカルさんを可愛がってくれていました。癒しの天使のようであったまーちゃんも元気なお兄ちゃんになり、ヒカルさんは彼のあとをついてまわるのが好きでした。ななちゃん達は学校もあるので頻繁に会えるわけではないものの、夏休み、冬休み等の長期休暇の頃はよく会っていました。
「おとうさん達がもう少しキレイにしたら来ようか。いまはこんなでも、少しずつきれいになって居心地良くなってくるでしょう?」
まずは一部屋、リビング横の和室から始めるだろうと思いました。壁と床を綺麗にすれば過ごしやすくなるはずでした。
「そうそう、キレイになって、居心地良くなったと思ったら貸しに出すんだけど。」
ナミさんが笑いました。私の夫であり、いまでは二児のパパでした。私達にはふたりの子どもがいます。
ナミさんとお付き合いするようになって間もなく、彼は札幌市内の一軒家を購入しました。それまで互いに一人暮らしで賃貸アパートに住んでいましたが、ナミさんは私が子どもを望んだことを真剣に受け止めてくれたようでした。家族となって住むための家を手に入れてくれたのです。
借金が嫌いなナミさんも、この時ばかりは住宅ローンを利用しました。中古の一軒家でしたから、一緒にリフォーム作業をしました。例によって鈴さん一家や他の仲間も手伝ってくれました。
その後彼は成田さんの会社を辞め、今では別の不動産会社に勤めています。貸家業も続けていて、毎年少しずつ戸数を増やし続けています。そろそろ専業大家となるべく退職も考えつつありましたが、サラリーマンとしての収入や業者である情報の取りやすさの利点も捨てがたく、まだ踏み切れずにいるところです。
ナミさんと入籍し、私は二度目だったこともあり結婚式はしませんでした。ナミさんも興味はなかったようです。ですが写真だけは撮りました。家族とごく親しい友人だけの、ささやかなパーティーを催しました。お互いの家族と、鈴やん、アヤちゃんのご一家、ナミさんの貸家仲間、沙也と創太、職場の親しい人達、親しい生徒さんたちに参加してもらいました。小さな集まりでしたが、皆の祝福を受けることができて幸せな日でした。
子どもが生まれ、英語の仕事はお休みしています。妊娠した後も続けていましたが、9カ月になると英会話教室からも、カフェ教室の生徒さんたちからも止められました。
出産後も生徒さんたちと会ったり、勤めていた英会話教室へ子連れで顔を出すこともあります。下の娘が幼稚園に入る頃には再開するつもりでいます。ですがかなりのブランクができてしまいました。
家族と幸せに暮らしているいまでも、かつて私と一緒にいてくれた男性達のことを思い出す時があります。
車を運転していると、須藤のことを思い出します。子どもを産んで以来、子連れでの買い物や子どもを病院へ連れて行くとき、運転ができて本当に良かったと実感しています。かつては運転を怖がっていた私に、忍耐強く教えてくれたのは年上の優しい人でした。
小樽へ行くと須藤を思い出し、貴之のことも思い出します。学生の頃、生まれて初めてのデートをした相手は貴之でした。小樽はいまも好きな街です。
子ども達のおやつにパンを作ると成田さんを思い出します。成田さんに教えてもらってパン作りをしたのは楽しい思い出です。パンを作るなんて面倒でしかないイメージでしたが、形を作るのはねんど細工のようで楽しいことを知りました。今では息子と一緒に作るときもあります。
かつてそばにいてくれた人達を思い出すと、切ない気持ちになります。
過去のある期間、私はずっと、歪んで心が冷えていて、愛せない人間でした。
男性を憎み嫌っているようなところもありました。
ですがいまとなっては、彼らがどれほど私に良くしてくれたのか、思い出せるのです。
辛い時ばかりではなく、どんなにか愛され、優しくしてくれた日々の記憶が私を切なくします。
傷つき憎んでいる時は、思い出せませんでした。自分を憐れみ、人を憎むばかりであった自身の傲慢さにやりきれない気持ちになります。
おこがましいのですが、彼らも幸せでいてくれたらといまでは思います。
どうか彼らも幸せで、健やかでいて欲しいと願っています。
いまの私は家族とともに、時に多少の波風ある時もふくめ、幸せに暮らしています。
もう二度と、愛すれば良かったと悔やむことのないように。
いまそばにいる人達を、できる限り愛していたい。
愛することはすべての本質なのだと今では信じています。
長くなりましたが、私自身を振り返る心の旅は、ここまでにしようと思います。
幸せとは、それに気付けるかどうか・・・すでに自分の中にあり、いつもあったのだと気付くまでに長い時間がかかりました。
いまも、これからも、忘れずにいるつもりです。
いま私は、これまでのすべてに感謝しようと思えるようになりました。
いま私は、愛する人達とともに、幸せに生きています。
*
告白3 =愛すべき人=(完)
告白3 =愛すべき人= 神原 遊 @kamibara
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