第4話 昼食のお誘い

 僕は、夏目を連れ、改札を出て待ち合わせ場所に向かって歩いた。

 神保町駅構内は、都営三田線、都営新宿線合わせて出口は9種類存在する。

 これらは駅構内の案内図で確認できる上に近くの建物の情報なども案内されているものもあって、どこの出口へ向かえばよいかそうそう分からなくなることはないだろう。

 もちろん某福島県から上京してきた高校新1年生の少女のようにどこかの出口から出て、目的の場所へ行けるかは保証されているわけでないが。


 出口を出ると太陽の光が射して目を細めた。夏目は、周りを見渡す。


「私が昨日出版社へ行けなかったからって駅の出口付近で待っててくれるって行ってたんだ」

「まぁ15分前だし、まだ来てないのかもしれないな」

「────夏風先生ですか?」


 夏目が、振り返るとスーツ姿の女性が立っていた。

 彼女はボブショートの茶髪でスポーティーな印象の女性だ。

 彼女はにっこり笑顔でこちらを伺っていた。


「はい。夏風です」

「お疲れ様です。丸山社の清水です。今回の連載から夏風先生の担当をさせていただきます。これからよろしくお願いします!」

「はい。よろしくお願いします。…………昨日はお伺いできず、誠に申し訳ありません」


 夏目は深々と頭を下げた。


「あぁ~~先生っ! 頭を上げてください~~!! 全然大丈夫ですよ!!」

「はい……」

「上京された方でよくあることなので気にしないでください。先生は若い方なのにしっかりされているんですね!私が先生の年齢の時はそんな畏まって謝る発想すらなかったですよ~~」


 清水は申し訳なさそうにしている夏目をフォローしつつ、会話を続けていた。

 おそらく、会話を途絶えると静かになってしまい雰囲気が悪くなってしまうのを清水は気遣ったのだろう。

 

「そうですよ~~。もう大人なんてうるさいだけみたいに思ってましたからーって、そちらは夏風先生のお知合いの方ですか?」


 ずっと夏目の後ろで棒立ちになっている僕のを伺う。

 たしかに傍から見れば、女性2人の会話を静観し続ける男ってだけで警戒されるのは仕方がない。

 夏目は、僕のほうに寄ってきた。


「はい。昨日私、出版社へ行けず、今日も迷うといけないので彼に付いて来てもらったんです」

「そうなんですね。……もしかして彼氏さんですか?」

「ち、違います!!」


 ぶんぶんと手を振って夏目は否定した。今日一番のリアクションだ。


「彼は……友達……です?」


 僕の方を見ながら説明した。

 語尾がすこし疑問形に聞こえたが、まぁ昨日知り合ったばかりだ。

 こちらに振るのも分かる。


「すみません。自己紹介が遅れました。夏目さんのいや夏風さん?の友達の進藤といいます。彼女を連れてきただけですので、僕はもう失礼します」

「ご丁寧にどうも~~。夏風先生を連れてきていただいてありがとうございます!もしよろしければ進藤さんもご一緒に昼食はいかがですか?」

「いえ。本当に場所がわからないって頼まれただけだったので、仕事のお話とか部外者に聞かれたくない話もあると思いますし僕は結構です」

「あっ。そういう点でしたら問題ないですよ。聞かれたくない話をするのであれば出版社で行うのでそうお気遣いはされなくて大丈夫です~」

「でも……」

「夏風先生も近い年齢のお友達が一緒にいてくれると話がしやすいだろうし、それに案内していただいたお礼もさせてほしいので是非、ご馳走させてください!」


 清水に、手を前に合わせてお願いされた。

 夏目は苦笑し、頷いてくれた。

 ここまでされると断りづらいのでそうして僕は従うことにした。




「やっぱり高校生は良いですね。なんといっても制服がかわいい!私の高校は私服通学だったので、とても羨ましいですよ~~」


 清水に連れられてカフェへ赴いた。

 そこからは各々が昼食にパスタや。サンドウィッチを注文した。

 そして昼食をとりながら他愛もない会話が続けられていた。

 といっても主に喋っているのは清水だ。

 主な会話の内容は、東京のおいしいスイーツの店の話や学生生活についてなど、夏目も会話を進めるについてだんだん表情が柔らかくなっているようだ。


 (まぁ、僕はほとんど話に混ざっていないけどな……。)


 質問されたときは答えてたし、こちらに視線が向けられたときはそれなりに反応した。

 今回の場は夏目と清水の顔合わせなのだから、僕が出しゃばって話す必要はないはずだよな。

 3人は食後のコーヒーを店員から受け取って手元に置いた。

 僕は2人の会話に耳を傾けながらカップに口をつける。


「改めまして丸山社の月刊Macronの編集、清水しみず明菜あきなです。これからよろしくおねがいします!」


 清水は自身の名刺を2枚取り出して、夏目と僕の前に差し出してきた。僕はそれを手に取ってテーブルの上に大切に置いた。

 正直、僕にはいらないと思うのだけど……。


「早速、これから始まる連載についての流れについて説明します」

「はい。よろしくおねがいします」


 夏目もトートバッグからメモ帳を取り出して準備をする。

 表情は先ほどまでと変わって真剣なものになった。


「まず、4月発売の5月号から掲載される第1話ついては以前読み切りで掲載したものを元に改編した原稿をすでに頂いていますので、そちらについては問題ありません」


 清水はコーヒーを飲んで口を潤したあと説明を続けた。


「6月号からのスケジュールです。各月の原稿の打ち合わせなどについてですが──」


 そこからは淡々とスケジュールの説明などを告げられて、夏目はメモしている。

 時折、夏目が質問をしたり清水が次号分の原稿の進捗状況を確認したりと情報交換したりと────時が過ぎていった。


「────それでは夏風先生、今後ともよろしくお願いします」

「はい清水さん。こちらこそよろしくお願いします」

「…………。(僕、ここにいなくてもよくないか?)」


 居心地が少し悪くなってカップを口につけた。

 ……だけどコーヒーが既になくなっているのに気が付いた。

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