上京してきたお隣のマンガ家少女が僕を訪ねてくるのだが

桜もち

序章①:春休み

第0話-a『東京砂漠』

 春休み。それは節目の長期休暇だ。

 4月からの新生活に向けて気持ちや環境をリセットするための期間で、学生であれば新学期、入学に向けた準備があるだろう。


 かく言う僕、進藤しんどう あらたもその一人だ。

 4月から高校入学を控え、制服やら教科書を準備する必要がある。

 しかし、僕の準備は高校へ入学するための準備だけではなく──



「進藤様ですね。最後にこちらの伝票にサインをお願いします」

「はい。お疲れさまでした」


 僕は、伝票にさらさらとペンを走らせ、引っ越し業者相手にねぎらいの言葉をかけた。

 この春から僕はこの202号室に一人暮らしすることになったのだ。

 高校の寮というわけでなく都心では珍しい新築だが木造のこのアパート。

 一昨日に部屋を借り始め元々住んでいた家から業者から引っ越しの荷物を運んでもらって今に至る。

 高校の準備と並行して引っ越しの準備も進めなくてはいけなくなった。


「段ボール箱だらけだな……。開けるのは後にして昼飯にするか」


 外食するべくアパートを出た。

 僕の部屋は2階の角部屋で1階へ降りるべく歩く。

 ふと隣の201号室を気になった。

 扉の近くに備えついている小さなポストにチラシがたまっている。

 僕がこのアパートを内見に来たときは201号室は空き部屋と聞いていたが、やはり3月にもなると新生活に向けて部屋を借りる人も増えるのだろう。


 (落ち着いたら挨拶したほうが良いのだろうか。)


 そう思いつつ、10分ほど歩き、最寄り駅である巣鴨駅の近く某天丼チェーン店に足を運んだ。


 僕の新天地になっている巣鴨はおばあちゃんの原宿といわれる街だ。

 だからと言ってお年寄りがあふれているわけではなく巣鴨にはとげぬき地蔵といわれるかわいいお地蔵様が有名で近くの商店街はレトロな雰囲気で最近は若者も多く訪れる地域らしい。

 

 昼食を済ました僕は、いまだ空になっている冷蔵庫に役割を与えようと飲み物や食料を買いに行こうと巣鴨駅裏のスーパーに向かった。


 僕は白山通りの横断歩道へ渡り、駅構内の南口からスーパーへ向かう。

 その構内へ入るとき一人の少女が目にして立ち止まった。

 その少女は僕と同い年くらいで、160 cmに満たない身長、長い黒髪で細身の身体。

 その体型が隠そうのかというような白のタートルネックにダボっとした黒パーカー、鼠色のロングスカートを身にまとっている若者コーデって感じだ。

 もう少し身長が高ければ読書モデルにでもなれそうなかわいい顔立ちをしていた。

 確かに可愛い顔に見惚れそうになったのも事実だが、僕の目はその彼女の動向が不思議を思ったのだ。

 彼女は身の丈に合わない肌色のトートバッグに大きい赤色のキャリーバッグを持っているだがそれを重そうに転がしているのだが、なぜか行ったり来たりしている。


(道に迷っているのだろうか?それなら駅員にでも聞けばいいのに……。)


 まぁ、知り合いとでも待ち合わせしているのだろう。そう思って彼女を素通りしてスーパーに向かった。



 スーパーで買い出しを終え、自宅へ帰ろうと歩いていると先ほどの少女はいまだ立ち往生していた。他の通行人は特に気にも留めず歩いていく。

 どうしたものかと思っているとちらりと彼女の顔が見えた。何かにおびえているような、そしてどうしたものかといった迷子のような顔になっていたのだ。


── しょうがないな……。


「……どうかしましたか?」

「ひゃぁ!!」

「え?」


 しびれを切らして声を掛けたら彼女から変な声を出された。

 何も悪いことしていないのに変な罪悪感が生まるよ……。


「えぇと……。驚かせたら、ごめんなさい。さっきからうろうろされていて何か困ったことでもあったのかなと思って声掛けました」

「は、はい。すみません。そうです。道がわからなくて……」

「そうなんですね。どこに行きたいんですか?」

「神保町まで……です」

「……神保町ですか?」

「はい。どうやったら神保町へ行けるのか分からなくて……」

「神保町は……」


 僕は目線を彼女より右へ向けた。

 そこは都営三田線改札口へ向かう下りエスカレーターだった。


「……ここ降りていけば三田線で神保町駅まで一本で行けます」

「っ!? そうなんですか。この三田線っていうので行けるんですね……」

「そうですよ。……ちなみになんで駅員さんとかには聞かなかったのですか?」

「えっ!?。 駅員さんってここにもいるんですか?」

「いや……。普通にいますけど……」


 山手線改札付近を目配せして「あそこにいると思うけど……」とつぶやく。


「駅員でなくても通行人や近くの店員さんに聞けばよかったのでは?」

「……でも『東京砂漠』って聞いていたから……」

「…………ぷっ」


 僕は彼女の怯えた声でそんな言葉が出たのがおかしくて噴き出してしまった。

 もちろん誰しも答えてくれるとは限らないだろうけど、みんながみんな、無視するわけでないだろう。

 そして『東京砂漠』といった偏見で人に尋ねずをやめてずっとうろうろしていた彼女の困った顔を見ておかしくなってしまった。


「そんなことないですよ。そこのコンビニの店員さんとかに聞けば多分、教えてくれますよ」


 そう告げると彼女は頬が赤くなり、むっとした顔をして


「~~~~っ!もういいです。わかりました。ここを下って行けばいいのですね。ありがとうございましたぁっ!!」


 そう言い放って、彼女は下りエスカレータまで走り乗って姿を消していったのだ。




 帰宅してすぐ、冷蔵庫にお茶やら牛乳やらを入れて初めて冷蔵庫に仕事を与えてあげた。

 昨日の部屋の引き渡しの段階でガス、水道、電気、そしてネット環境の一式を業者とのやり取りで完了させ、冷蔵庫やベッドなど大きめの家電、家具はあらかじめ運んでおいた。

 残っている作業としては段ボールから荷ほどきするくらいだ。

のんびり荷ほどきをしているとピロンとスマホが鳴った。LINEメッセージだ。


satoshi. 「どうよ。引っ越しは進んでいるか?」

Arata 「ぼちぼち」

satoshi. 「そっかー。せっかく高校も同じになったから通学も一緒だと思ったんだけどな」

Arata 「まぁ。さびしくなったらうちに遊びに来いよ」

satoshi. 「東京もんは冷たいって聞きましたが優しくしてくれる人もおるんやねー」

Arata 「東京もんっておまえもだろ」

satoshi. 「TVでやってたけど、なんでも地方の人から見れば東京は冷たい態度をとる人が多い東京砂漠だってよ」


 (東京砂漠か……。)


 先ほどの少女のやりとりを思い出す。

 彼女はキャリーケースを持っていたし、県外から東京に来たのだと思う。

 幼い頃から東京で暮らしてきた僕にとってはなんてことない場所に思えるが、やはり県外から見れば東京は冷たい人がいる、怖いところって印象があるのかもしれない。

 彼女は無事に神保町へたどり着くことはできたのだろうか。

 あの様子だと仮に駅についてもそこから目的の場所まで行けるのか不安だ……。

 なにしろ降りればすぐに神保町までいける地下鉄をスルーし続けていた子なのだから。

 彼女とのやりとりの最後で不安がっていたところで笑ってしまったのは少し反省した。


 (…………もう少し優しくなろう(多分)。)


 ピロンとまたもスマホが鳴って画面をみると「どしたー」とメッセージが来た。

 それに対し、


Arata 「僕は東京もんなので冷たい態度をとるので今後返事はしません」


 と返事した。

 「www」と返事が返ってきてやりとりを終えた。

 やっぱり僕の態度はすぐには変わらないかなと思った。




 荷ほどきが一段落し、スマホで時刻を確認すると18:36と表示されていた。

 今の時間でも3月になって少し日の入が遅くなった気がしてまだ夜といった感じもしない。

 だが何か腹に入れたいなと思は思う。


「コンビニにでも行くか」


 先ほどのスーパーで少し食材は買っていたのだが、さすがに今から晩飯をつくるのは億劫だ。

 結局それでいて結局もう一度外出するのだから二度手間である。

 そんなことを考えながら、だらだらと財布を持って家の扉を開ける──


──ドシュ。 と鈍い音が聞こえた。


 何かに当たったみたいで外をのぞくと、扉の下部でをぶつけていた。

 そしてそのキャリバッグから上を見るとを着ていた黒髪ロングの少女が隣の部屋の扉の前に立っていた。

 神保町へ行こうとしていた迷子の少女であった。


 彼女もキャリバッグが何かにぶつかったのに気づき、ぶつかった先を確認した。


──目が合った。


「「……………え???」」


お互い変な声が重なった。

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