第0話-b 「もーはぁ(もう)、あたし東京 あいべ(行くよ)」
✑✑✑
それは3月の上旬のことだった。
私は中学校の卒業式を終え、同級生と別れの挨拶をしていた。
普通であれば中学を卒業しても数人は同じ高校へ入学するだろうし、住んでいるところは同じなのだからタイミングを合わせられれば顔を合わせるのも難しくはないのだろうからあまり悲しい別れになることはないだろう。
しかし、私は普通ではなく──
「しーぢゃん。ほんと゛っ。どう゛ぎょう゛っ。い゛ってもげんきでね゛」
「もうっ、大げさなんだから。そもそも
「う゛んっ」
私の親友は私に抱きつきながらボロボロと涙をこぼしながらエールを送ってくれる。
東京へ旅立つのはまだ1週間以上あるのに、今からそんな様子だとこちらが心配してしまう……。
「
「うん。いいよー。美穂あとで一緒に帰ろう。美穂も他の子と挨拶してきなよ」
「わがったぁ!!」
私は部活の後輩に写真と求められたので美穂にハンカチを貸して離れる。
美穂は他の子達から「美穂泣きすぎ~~」と笑われて、慰められつつハンカチで涙と拭き鼻水をちーんしていた。
……私のハンカチなんだけど。 まぁいいか。
終業式も終え、私は高校を機に上京するための準備を行っていた。
物件などは両親がなるべく住みやすい土地の部屋を借りてくれて、家電、家具などもあらかじめ部屋に用意してくれたという。
なのであとは私物を段ボールに入れ引っ越し業者に預けるため荷造りだ。
段ボールに荷造りを進めていると、お母さんが見ていたテレビ番組で上京する地方の新社会人たちが抱く東京人のイメージをインタビューするというものが流れていた。
ちらりとテレビを覗くと、インタビューを受けていた関西の新社会人が「やはり、東京は冷たい人が多いでないかとおもいますー」だったり、「『東京砂漠』って言葉もあるわけやし、そんなとこへ行くんはやっぱ不安やね」と答えている人がいた。
それを観ていたお母さんは心配して私に尋ねてきた。
「栞、あんたほんとに大丈夫?」
「大丈夫だよ。高校も受かったんだし、一人でも暮らせるよ」
「そかねー。まぁ今更心配してもしょうがないんだけどね」
「うん。向こうでも頑張るから!」
確かに高校生になったばかりでいきなり東京で一人暮らし。
不安はあるけど夢のため、せっかくのチャンスここで掴むために、私は再度東京行きへ覚悟を決める。
東京へ旅立つ日、両親と美穂が見送ってくれた。
みんな新幹線の駅へ向かう車中では私を応援してくれていたのだが、いざ新幹線ホームへ向かうとき、お父さんと美穂が突然、
「やっぱり、栞ここに残ろう!」と言い出したり、
「しーちゃんなら、しれっと私と同じ高校に入学してもばれないって。行かなくても大丈夫だよ」
とごねだしたのだ。
「お父さんも美穂も今更何言ってるの。そんなの無理だよ。もぅ」
……っていうか勝手に高校入学してもばれないってそんなわけないよ。
隣で見ていたお母さんもいまさらって感じでおでこに手を当ててため息をついていた。
すると構内放送で「──9:36発、やまびこ202号、東京行きは──」と私の乗車する新幹線のアナウンスが流れてきた。
それを聞いてさすがに行こうと赤いキャリーバッグに手を伸ばして、最後に挨拶しようとしたら
「おじさん。それなら裏口入学という手もあるんじゃないかと。多分今からならまにあうんじゃないかと」
「なるほど。じゃあさっそく今からみんなで美穂ちゃんの高校へ行ってみようか!」
とお父さんと美穂は私を地元の高校へ進学させる計画と着々と立てていた。
「~~~~~~っ!! 何言ってるの!! もーはぁ、あたし東京 あいべ!」
と私は怒鳴った。
私は、あまり方言などは出ない方だとは思うのだが、つい勢いで方言が出てしまった。
意味は「もう私、東京行くよ!」だ。もちろん裏口入学などで地元に残りたくはない。
さすがにお父さんも美穂も私の叱咤で冷静になってくれてみんな「気を付けて」や「頑張って」、「無理はしないでね」と声をかけてくれた。
そんな声援を浴びて、私はやまびこに足を踏み入れた──
──── 私は迷子になった。。。
「(えぇぇぇぇぇ~~!?~~!?なんでこうなったの?。こういうときは普通、かっこよく決まるもんでしょ!!)」
私はひたすら内心で自門自答を繰り返していた。
もちろん最初の頃はなんともなかった。
無事、東京駅で降りれた。
そして約束の時間まで少し余裕もある。
だったら家の鍵もあるし、新居にキャリーバッグを置いて行けばよいのではとすら考えていた。
ちらりそば見ると、すぐそばに黄緑のカラーリングに白の文字で山手線と書いてある看板があってそこから新居の最寄り駅の『巣鴨駅』まで一本で行けるようだった。
「早めに約束の場所に行ったほうが良いかな」とも一瞬思ったのだが、周りの人だかりがキビキビ歩いている様子を見ていて、なんだか私もいてもたってもいられなくなって新居へ向かって荷物を置こうと決めたのだ。
だが、山手線は地元のローカル線とは比べてとても混雑していてキャリーバッグを持っている私が、電車の扉付近に立ってしまい。各駅で出たり入ったりを繰り返してしまい疲弊してしまった。
「(お、思ったより人が乗っている。いつも乗っている電車は全員椅子に座っていてもまだ座れるくらいの人しか乗ってないのに……。)」
それでも、巣鴨駅へと到着できたのだ。
「えっと。アパートへはどうやって行けば……」と印刷してきた地図を見ようとトートバッグから取り出そう────印刷したはずの白い紙が無かった。
「(昨日結局、地図はキャリーバッグにいれたんだっけ?)」
そんな気がしてきて、キャリーバッグから中身を取り出そうと──衝撃が走った。
「私もしかして鍵を段ボールに入れた?……」
私のキャリーバッグは中身の盗難防止用に鍵をつけるタイプのものだった。
しかし、あろうことかキャリーバッグの鍵を文房具ケースの中に入れ、それを段ボールに入れてしまったのだ。
もちろんその段ボールは、引っ越し業者に預けてしまったので現状キャリーバッグを開ける術がない。
「ははっ、まぁ。しょうがないね。キャリーバッグはすぐには使う予定ないし、先に約束の場所へ行こうかな」と話す相手もいないのだが、言い訳をするかのように自分に言い聞かせた。
約束の場所は覚えている。一度行ったことがある場所だからだ。大丈夫。
「えっと。神保町、神保町……」と構内を見渡す。
さっきの山手線から行けるのだと思う。
そう思って改札近くの切符売り場上の路線図を見て神保町駅を探すことを決めた。
──決めたのだが、路線がたくさんあって、駅もごちゃごちゃと書かれていて驚愕したのだ。
目的地に行くために神保町駅で降りれば良いのは知っているのだが、そもそもその神保町駅をこの路線図から探せる気がしなかった。
「(東京は電車が多いって聞いたけどここまでに多いなんて……。みんなどうやって路線図から行きたい駅をさがしているの?ウォーリーをさがせより難易度高いんじゃないのっ!?)」
と心の中で地団駄を踏む。
「(しょうがない。こうなったら恥を忍んでお母さんに連絡しよう)」
私はしょうがなくガラケーを取り出す。
本当なら高校を入学するときスマホを買ってもらう約束をしていたのだが、上京することで、スマホの購入は東京へ行ってから自分ですることにしたのだ。
なので代わりにお母さんのお古のガラケーをもらってきた。別に電話するだけなので何ら問題はない──。
「ナンデ、デンゲン、ツカナイノ??」
もう訳が無からなくなった。携帯の電源がつかないのだ。
確かにお古のものだけどちゃんと充電して出てきたし、充電切れとは思えない。
(なんだか携帯を取り出したトートバッグが妙に熱かったけど……。)
だが理由はどうでもよい。結局連絡できないという事実だけが残る。
──誰でも良いから教えてよ。
すがる思いで、私は駅にいる人に道を尋ねようとした。だが、そのとき頭に浮かんだのは
── 東京は冷たい人が多い
── 『東京砂漠』
だった。正直、後から考えればダメ元でも尋ねてみるとかできたと思う。
しかし余裕をみせた東京着の頃からプラスの思考を幾多のミスや難題にぶち当たり、「もうだめだ」、「どうしようもない」といった感情が沸々と沸き上がり冷静な判断ができなくなってしまった。
「もう……。どうすればよいのっ?」
訳も分からず駅近くをうろうろと歩く。そんなことをしても何も生まれないというのに──。
「……どうかしましたか?」
「ひゃぁ!!」
突然、声をかけられた。
声の主は同い年くらいの男の子。
白いTシャツに黒いズボンとラフな格好。
彼はスーパーのレジ袋を携えていた。
どうやら近所の人のようだ。
彼は私の変な返答に一瞬驚いたが、彼は続いて
「えぇと……。驚かせたら、ごめんなさい。さっきからうろうろされていて何か困ったことでもあったのかなと思って声掛けました」
なんと!この男の子は私を助けようと声をかけてくれたのだ。
もうどうしてよいかわからない私は尋ねました。
すると私の問いに対するアンサーはには神保町駅へは、すぐそばのエスカレーターで降りたところの地下鉄で行けるようだった。
まるでとあるアクションゲームでいうところの1-1ステージ並みのルートで行ける程度のものだった。
(…………めちゃくちゃ。恥ずかしい!!)
それでも彼には感謝しなければ、こんな私に丁寧に案内してくれたのだから。
「あり、───」
「そうですよ。……ちなみになんで駅員さんとかには聞かなかったのですか?」
と、私が「ありがとうございました」と述べる前に彼から質問された。
もちろん、質問には答えた。
ただ今まで私が利用してきた地元の駅は大体無人駅だったし、そもそも駅員に何か尋ねるという機会がなかったため駅員という存在は概念レベルで知らなかった。
だからそもそも駅員がいるのかという質問を質問で返してしまった。
さらに彼は追い打ちをかけるように「他の人にも聞けばよかったのでは?」みたいなのを聞いてきたので、思わず頭にずっとあった単語『東京砂漠』を使い言い訳をした。
すると彼は、嘲笑うかのように私に対して
「そんなことないですよ。そこのコンビニの店員さんとかに聞けば多分、教えてくれますよ」
と言ってきたのだ。
そこで私が彼に抱いていた感謝の念が畏怖べきものに変化した。
私のミスから始まり、蓄積されたストレスに彼のにやけ顔が決め手となり私はついに──キレた。
「~~~~っ!もういいです。わかりました。ここを下って行けばいいのですね。ありがとうございましたぁっ!!」
そう言って私は、逃げるようにエスカレーターに乗った。
「(もう彼のあのにやけた顔は忘れない。東京人のクソヤロ~~~~!!!!)」
この怒りをどこにぶつければいいのかわからなかったが、とりあえず私は神保町へ向かった──。
──なんだかんだあって私は、波乱の上京1日目を終えるためさっさと休もうと新しい住居へ向かう。
実は私の新しい家までの地図はトートバッグに入っていた。
一瞬キャリーバッグに入れたと思ったときちゃんと調べなかったたが、神保町でトートバッグの中のものを全て出したときバッグの底に紙がクシャっとして入っていたのを発見した。
結局この地図がなければ私は住居も探すことができなかったため本当に不幸中の幸いだった。
ただ精神は疲弊してしまった。
部屋の扉の前で鍵を探し、開ける──
──ドシュ。 と鈍い音が聞こえた。
左側に置いてあった赤色のキャリーバッグが隣の部屋の扉とぶつかったようだ。
ぶつかった先をみると、私がつい先刻忘れないと誓ったあのにやけた顔と同じ顔の持ち主の姿があった。
彼もまた私を眺めていており、
──目が合った。
「「……………え???」」
お互い変な声が重なった。
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