第5話 昼食後のお願い

「今日はこの後何か予定はあるんですか?」

「はい。昨日引っ越ししてきたばかりで荷ほどきしたいなと、あと携帯が壊れてしまったので新しいものを買いに行こうと思います」

「そうなんですね~~。では、連絡先を知りたいので携帯購入されて落ち着いたら連絡いただけますか」

「はい。わかりました! すみません、少しお手洗いに……」


 夏目は、つぶやいて席を離れていった。

 そろそろこの顔合わせも終わりかな……。


「進藤さんも付き合っていただき、すみません」

「いえ…………高校生の連載作家って珍しいんですか?」

「そうですね。夏風先生はうちの連載作家の中では最年少ですね。正直私としては高校生のうちは連載しなくてもと思うんですけど、私は前の編集からの引継ぎで夏風先生を担当することになったので今更お断りできなかったんです」

「なぜ、高校生のうちは連載しなけてもよいと思ってるんですか。やっぱり若いからですか?」

「いいえ。高校へ行きながら連載原稿を描くというはとても大変なのです。月刊誌なので1か月で1本仕上げるため週刊誌よりはスケジュール的には緩いですが、それでも他の作家さんはその原稿を1か月の時間のなかで作っているんですよ。それに比べて夏風先生は学業と仕事をされるので少し心配ですね……」


 清水は困った顔を浮かべる。

 思ったより、冷静な判断だな。

 確かにさっきの話し合いもちゃんとしていたし、仕事ができる人なんだな。


「それに遊べる時間もなくなってしまうんですよ!!そんな華の女子高生が学業と仕事で青春をふいにしたらもったいないじゃないですかっ!!!!」


 清水はバンッ!! と机をたたいて前のめりで迫ってくる。

 ……やっぱり考えていないのか?


「まぁ、高校生で連載するのは大変だってことはわかりました」

「そうなんですよ。やっぱり誰かそばで支えてあげる人がいればねえぇ~~」


 こちらをニヤリと清水が覗き込んできた。さすがに考えていることは分かった。


「まぁ、いつでもというわけではないですが、困ったことがあれば友達として助けますよ」

「そうですか~~。でもホントに『と・も・だ・ち』なんですか?」

「どういうことですか?」

「ホントは彼氏なんですよねぇ~~」

「いや、本当に違いますよ。ほんと友達なだけなんで」


 僕はきっぱり否定した。それでも清水は首を傾げて


「でも進藤さんは夏風先生と一緒に住んでいるんですよね?」

「は……?」


 一瞬、思考が停止した。ボクが夏目と一緒に住んでいる? ナンデ?


「いや。住んでないです。確かに同じアパートの隣同士ですが、それだけですよ」

「あ~~~~。なるほど、そういうことなんですね」

「……?」


 僕が清水の納得した顔に困惑していると、清水は自分の鞄からスマホを取り出して画面をタップする。

 すると僕のスマホが鳴った。画面を見ると知らない番号から着信が来ていた。

 誰だろうと思った矢先、手元に置いた名刺に目がいって少し驚いた。名刺に書いてあった電話番号と着信のあった電話番号が一致したのだ。


「……なんで?」

「昨日、夏風先生から携帯を借りて電話をかけてきたんですよ。借りた相手というのが進藤さんなんですね」

「あぁ。はい」


 確かに昨日、スマホ貸したもんな。

 でもなんで僕が貸したって知っているんだ?

 そう思っていると、清水がその質問の答えを述べた。


「夏風先生は昨日親御さんの元から離れ、引っ越ししてきたばかり。東京へ来るのは修学旅行で来ただけと聞いていました。それなら知り合いが東京に何人もいるとは思わないんですよ。それなら今日会った進藤君に借りたのかなーと」

「なるほど……」

「それが男の子なら夏風先生を追って一緒に住んでいるのかなーなんて思ったんですが、違いましたね、あはは」


 清水は笑いながら話す。

 そんな漫画みたいなわけあるか!!!! そう心からツッコミした。


「……そんな訳ないじゃないですか。たまたまお隣さんなだけですし、それ以上でもそれ以下でもないですよ。今日もたまたま時間があって頼まれたので来ただけです」

「へえぇ~~~~」

「なんですか……」

「べ~つに~~。なんでもないですよ~~」


 清水はニヤニヤしながらこちらを見てくる。

 なんかめちゃくちゃムカつく。

 絶対この人まだ何かいらぬ誤解をしているようだ……。

 

「それはそうと進藤さん。夏風先生スマホ買いに行くみたいですが、一緒に行かれないんですか?」

「いや……。行かないですよ。別に頼まれたのはこの場までなので」

「そうなんですか。頼まれないと一緒にいかないんですね~~」

「ほんとにお隣同士というだけなんで、そこまでする義理はないですね」


 清水に夏目との関係を誤解されているのも面倒なので、きっぱりそういうことはないような風に言う。


「──でも。進藤さんは結構やさしいですよね?」


 ニコッと清水は呟いた。

 明らかにそういう関係ではないように言ったはずだったが初対面の相手に優しいと性格論を唱えられてハッとしてしまった。


「……なんでそう思うんですか?別に今日もたまたま暇なだけだったですし……」

「確かにそうかもしれないですけど、それでも昨日会ったばかりの人に対して頼まれごとをすぐ引き受けるなんて優しいじゃないですか」

「……」


 僕は、無言になった。

 というよりその言葉に対してどう答えればよいかわからなかったのだ。


「それに────『…………僕ってやつはほんと、最低だな。』って言ってたじゃないですか~~」

「っ!!」

「昨日、夏風先生に悪態をついて別れてしまって後悔していたんじゃないですか。さらに自宅に入ってもため息ついたり、『馬鹿だな。僕も……。』なんて言ったり──」

「なっ、なんでそれを知っているんですか!!」


 なっ、なぜそんなことまで知っているんだこの人!?

 昨日からつけられていた?

 でも夏目に悪態をついたことを知っていても、その後の独り言や部屋に入った後のことまで知っているのはどう考えていても異常だ。

 さすがに驚きがあって隠せなかった。

 すると清水は「それはですね~~」と言いながら自分のスマホをタップして僕に見せてきた。


「……これは僕の番号ですよね?」

「はい。そうですよ~~」


 スマホを見ると発信履歴に僕の番号と通話時間『21分20秒』と表示があった。


「昨日、夏風先生と電話でお話したのは大体5、6分程度でしたね~~。夏風先生もしかして機械音痴なんですかね」


 ケラケラと清水は笑う。

 一方僕は、全然笑えなかった。


「その後の会話を聞いていたのですか?」

「そうですね。やっぱり向こうからかけてきた電話ですが、作家先生からの電話だったのであちらから切るのを待ってたんですけど、全然通話を切る様子がなかったので、音量最大にして聞いてました♡」


 清水はスマホを耳に置きながらことのあらましを説明した。

 そんなあざとい説明を聞いて僕はイラっときた。

 正直盗聴していると通報したい気持ちもあるが、別に通話を切らず聞いていただけだし、こちらから発信をしている体のため傍から見れば一概に清水が悪いとは言えない。


「それなら。ちゃんと通話きれていないですとか言ったり、ご自身できればよかったじゃないですか」

「もちろん。最初は言いましたよ。だけど返答がなかったので諦めました。それに男女が二人で話しているのを聞くのって妙に背徳感あるじゃないですか~~」

「はぁぁぁぁ~~~~~~~~~~」


 ここで大きくため息をついた。なるほど一連の流れで大体清水の思考は理解できた。


 1. 夏目は東京の知り合いがいない

 2. 電話を借りて連絡してきた夏目の近くでいる男がいる

 3. その男と口喧嘩

 4. 喧嘩別れした男がため息ついて、後悔しながらすぐ家に戻れる状況にいること

 5. そんな男が今日も一緒に付いて来ている


 1.~ 5. の過程で夏目と僕、進藤新の関係は彼女、彼氏である Q.E.D(証明完了)


 ってなるか~~!!めっちゃくちゃ恥ずかしい!!!!


 一人でいることをいいことに公開していた自分をさらけ出されてしまった。

 もう死にたい……。


「別に夏風先生には黙っていますよ~~。こんな甘酸っぱい青春言いふらしたいですけど、かわいそうですし……ね?」

「……だから、ほんと問う言う感情はないんです。ほんと頼まれただけで……」

「そんなに頼まれてないと動いてくれないのなら私からお願いしてもよいですか。機械音痴の夏風先生に一緒にスマホ買いに行っていただけませんか。お隣の進藤さん!」


 間髪入れず、清水は僕の傷に塩を塗まっくてきやがった。

 しかも一緒に行動させようとしているし。もう出る言葉もない中言葉をひねり出そうと試みる。


「……いや……」

「夏風先生のお願いは聞いてあげるのに、私のお願いは聞いてくれないということは、やっぱり昨日のことを含めるとやっぱり夏風先生ことを……。本人にもこれについて聞いてみましょうか」


 清水はウインクして尋ねてきた。

 もうかわいい顔してきて普通に脅迫だろ。これ……。


「…………わかりました」

「ありがとうございます。進藤さん! もっちろん。私が頼んだからという理由はなしですよ。自分から提案してあげてくださいね~~~~」

「…………」


 このとき、僕、進藤新は生まれて約15年のなかではじめてこの言葉を使った。


 (このくそアマァァァァァァァァァァ!!!!!!!!)

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