かつて間違いなくそこにいた存在の記憶。過ぎ去り、ばらばらにほつれてしまった空間への郷愁。懐かしさという名の感傷と、あまりにも深かった思い入れが、不在の百合という形をもって切なくも精緻な文章で綴られる電脳幻想短編です。最後に踏み出した「私」が見る光景もまた余韻があります。
この一作だけでは、魅力を味わいきれません。ぜひ、すべての短編をお読みください。心の奥底に開く、シュールでアンバランスな世界観。ひとつひとつ読み重ねるごとに、不思議、不完全、不安定、不条理、不確定、不自然、不自由、不穏、不浄、不貞、不在、不易……あまたの“不”を充満した耽美の情景が拡がります。だれかとだれかの出逢い、あるいは別れ。そこに、ゆらめき続ける美学。読み手を陶然とさせる筆力のすばらしさ。ただ溺れるのみです。
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