番外編:02 兄上。またケンカなされたのですね。


 兄上。またケンカなされたのですね。ダメですよ、コージュ殿を悲しませないでください。あの方は私にとっては、姉のような存在なのですから。もちろん、どこぞの兄上と将来結婚することがあれば、正式に義姉とお呼びすることが出来ますけれど。まあ、まず無理だと諦めておりますの。

 だってどこぞの、どうしようもない兄上ったら、コージュ殿が男の方とお話している、たったそれだけで、お怒りになられると聞きましたわ。もちろん、本人の口から。かわいそうに、泣いておられました。私の前では涙をこぼすようなことなさりませんでしたけど、目が赤かったのです。今頃は、一人で泣いているのではないでしょうか。それとも、誰かに慰めてもらってるかも知れませんわね。

 そちらの方が、よろしい気がします。一人で泣くというのは、それはそれは寂しくて悲しいものなのですよ、兄上。ほら、視線をそらしてないで、きちんと人の目を見てお聞きなさい。ええ。私も今回のことは怒っておりますの。いったい、何歳になられたのですか、兄上。再確認などしたくもありませんから、どうぞ仰られないで。こんなにこどもっぽい方だとは、もちろん知っておりましたけれど、呆れておりますの。

 いっそ尊敬した、と言ってもいいくらい呆れておりますの。ひどくなんかありませんわ。兄上がコージュ殿になさったことの方が、よほどひどいことです。今日から女の敵、と呼ばせて頂きますね。文句は受け付けておりません。大体兄上は、なぜコージュ殿が泣いたか、それだって分かっていないに違いありませんわ。ほら、その顔。やっぱり分かってなかったんですわ。教えて欲しいと仰られないで。

 どうぞご本人から聞き出してくださいませ。言いたく、ありませんから。言いたくない理由、ですか。それはもちろん、兄上に対する意地悪、これの他ありません。その他に、なにがあるというのです。ふふ。だから言ったでしょう、兄上。私、すごく、すごぉく怒っておりますの。今回のことは、特に、怒っておりますのよっ。まったく、もうっ。だいたい、何度喧嘩すれば気がすむというのです。

 この間も、喧嘩して仲直りしたばかりではないですか。そう、香水の時のですわっ。あれから、まだ三日、三日しか経っておりませんのよっ。喧嘩するほど仲がよろしい、とは言いますが、ものごとの限度を見極めなさいっ。目をそらすなっ。反論はいっさい許しませんわ、この女の敵っ。お黙りっ。いいから黙って心の底から反省なさいっ。

「お……王女、殿下?」

 あら、コージュ殿っ。どうなさいまして。喉が渇いたとか、頭が痛いとか、兄上に絶縁状を叩きつけに来たとかでしょうか。最後なら、ささ、どうぞ。

「い、いいえ。珍しく怒鳴られているようでしたから……それも、その、陛下に対して。どうなさったのかと、思って」

 兄上があまりにコージュ殿を悲しませるから、きつく叱っていただけですわ。それより。

「はい、王女殿下?」

 この間借りた本を、返しに行かなくては、と思ってましたの。ちょうど良いですから、お部屋まで取りにいらして。

「今、ですか?」

 ええ、今。この女の敵は捨てておいて、別に平気ですわ。さ、行きましょうコージュ殿。二人で。手を繋いでくださるかしら。

「はい。よろこ……陛下、なんでしょうか、その目は」

 まさかとは思いますが、コージュ殿が実の、妹と、手を、繋ぐ、たったそれだけのことで嫉妬なさるなんて、馬鹿なことは仰いませんよね、兄上。そう、仰らない。実に懸命でらっしゃる。さすがは私の兄上。至宝の冠を抱く、我らが国王陛下ですわっ。実に、ええ、実に心が広いことっ。さ、行きましょう、コージュ殿。二人で。兄上、くれぐれもついて来ないでくださいね。来たらコージュ殿は返して差し上げませんから。

 ダメですってばっ。もう、兄上なんて大嫌いっ。ついて来ないでくださいっ。ついてきたら、ホントにホントに嫌いになりますからねっ。




 もう、本当に仕方のない方。コージュ殿も、そう思いますよね。

「ええ、もちろん。……でも、王女殿下? あとで陛下に、謝らなくては」

 嫌ですわ。なんで私が謝らなければいけませんのっ。悪いのは、全面的に兄上ですわっ。

「それでも。嫌い、なんて言わないでください。嘘でしょう? ダメですよ」

 ホントですわ。兄上、嫌いですっ。いつも、いつも、コージュ殿のことばかりっ。すこしは私のことでも、頭を悩ませたり悲しんだりするがいいですっ。私のことを考えてくれない、兄上なんか大嫌いっ。

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月丘の花嫁 二条空也 @serukisuto

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