番外編:01 「陛下は反則だと思います」


「陛下は反則だと思います」

「……何がかな、コージュ」

「なにが、だとお思いですか?」

「分からないから聞いたのだけれど」

「私は、分からせたいから言ったのです。ちょうど今は休憩時間で他に頭を働かせずとも良いのですから、考えていただけませんか?」

「……何をだい? 私の、愛しいコージュ」

「……ですから、反則の……なにが反則なのかを、です」

「顔が赤いね。コージュ」

「……」

「……そんな恨めしげな目でひとを見るものではないよ?」

「……」

「……分かったよ」

「……」

「分かった。考えればいいのだろう? だから、そんな目で睨むのはもう終わりにしてくれないかな。可愛らしくて眩暈がする」

「陛下」

「いや、私は本気だけれど。……なにかな、その手の中のものは」

「辞表です。お出ししていいでしょうか」

「ダメ」

「言うと思いました」

「言うに決まってるだろう? ……全く、ことあるごとに城を辞そうとするのだから、コージュは」

「……私が陛下のお傍にいることは、必ずしも良いことだと、私は思っておりませんので」

「つれないね」

「……」

「でも、そんな所も好ましく思っているよ。私の、愛しいコージュ」

「……」

「……コージュ?」

「……あなたと言う人は……っ」

「え?」

「……」

「……」

「いいえ、なんでも」

「そう?」

「そうです」

「あまり、そうは見えないけれど」

「見てください」

「無茶を言うね」

「悪いですか?」

「いや。そんな所も好きだよ」

「陛下はそればかりです」

「……」

「……陛下?」

「『あなた』」

「は?」

「あなた、の方が呼び方として好きだな」

「……そ、う、ですか」

「ああ」

「……」

「……」

「……そんな目で見ないでください」

「呼んでくれたら、見ない」

「イヤです」

「じゃあ、見ている」

「……」

「……」

「……陛下」

「『あなた』」

「……どうしてそんなに呼んで欲しがるのですか」

「夫婦みたいじゃないか」

「殴りますよ」

「よけるけれど?」

「あたってください」

「痛いじゃないか」

「その痛みが私の愛です」

「そんなっ!?」

「愛しております、陛下」

「いまいち嬉しくないっ」

「……よけないでください。私の愛をお受け入れにならないのですね?」

「……怒っても、コージュは可愛いね」

「……あ」

「……あ?」

「あなたと、いうひとは……どうして、すぐ、そんな」

「言ったね」

「……っ」

「私の勝ちだ」

「……いつから勝負だったんです」

「さて」

「……」

「さて。そうだね、そういえば、私の、愛しいコージュ」

「……なんでしょう」

「反則って、なにかな」

「……」

「……」

「……もういいです」

「え?」

「教えて差し上げませんっ」




「コージュ?」

「これは、王女殿下。どうなさいました?」

「いえ。兄上が不機嫌でおいでだったので、あなたと喧嘩なさったのだと思って」

「……断定の理由を聞いても?」

「兄上の機嫌が悪くなるのなど、それしかないからです」

「……」

「それで、喧嘩したのですよね? 理由は?」

「……いえ、あの」

「もちろん、話してくださいますわよね?」

「……」

「ね?」

「……」

「ね?」

「……え」

「え?」

「え、笑顔が……」

「……はい?」

「陛下の笑顔が、その……」

「……」

「眩しくて、見て、いられないので」

「……」

「なんだか、その」

「……」

「反則のような、気が、して」

「……」

「……」

「……」

「……それだけです」

「……」

「……」

「……ねえ、コージュ」

「はい、王女殿下」

「……早く、仲直りしてね」

「……はい」




「あら、兄上」

「おや姫君。元気かい?」

「ええ、とっても。……機嫌、なおったのですね」

「ああ」

「……コージュ殿と、仲直りしたのですか?」

「もちろん」

「どうやって?」

「ナイショ」

「……」

「……姫?」

「教えてくださらないと、今度からコージュ殿をなだめて差し上げませんわよ?」

「……」

「ためいきつくほどお困りになるのでしたら、教えてくださいませ」

「……私がいつもつけている、香水があるだろう?」

「ええ。あの甘めので……あれ? つけてらっしゃらない? 珍しい」

「もうつけないよ」

「……なぜ?」

「コージュにあげたから」

「……は?」

「コージュにあげたから」

「聞き取れなかったのではなく、意味がつかめなかったのですわ、兄上」

「……コージュは、あれで私のことを愛していてくれているからね」

「知ってます」

「私の香りをまとっていれば、常に私と共にあるようだろう?」

「……」

「ん? 何かな、姫」

「……独占欲の権化ですわ」

「……心外だね、姫」

「よくおっしゃる」

「言うよ。元々、あの香水はコージュのものだったのだから」

「……はぁ?」

「コージュが、元はつけていたものを、昔私にくれて、ずっと使っていただけなんだよ。……ああ、そうすると、返したことになるのかな。そういうつもりではなかったのだけれど」

「……それ、って」

「そう、つまりは」

「……」

「おたがいさま、ってこと」


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