6. 未来

 それから数日後。

 久しぶりに森にやってきたアルバートから、人間になる薬には、どんな副作用があるか分からないから、まだ使わないようにと厳しく言われてしまった。僕の寿命を大きく縮めてしまうかもしれないと聞いて、シェリルは顔を強張らせ、泣きながら僕に謝った。そんなの、僕は気にしていなかった。君と言葉を交わせて、触れることができただけで十分だ。

 代わりに彼は、僕が彼女と意思疎通できるようにする薬を作るのはどうかと提案してくれた。そして、動物と会話できる魔法使いが書いたという本を街で見つけてシェリルに贈ってくれた。彼女は飛び上がって喜ぶと、一生懸命研究を始め、朝から晩まで心配になるくらい研究に没頭した。そんなに僕と話したいと思ってくれているのは嬉しいが、徹夜して身体を悪くするといけない。だから、夜になると僕は彼女に寝るよう催促すべく、掛け布団を咥えて邪魔しに行った。そうすると彼女は、はにかんで、ありがとうと笑うのだった。

 アルバートは、シェリルが席を外したところで、僕にずっと勘違いさせていたことを謝ってくれた。毎週泊まっていたのは、シェリルのご飯があまりにも美味しくて宿代も浮くからだと言った。でも、と彼は付け足した。全くその気がなかったかというと嘘になるなあ、シェリルと君の間に割って入る隙なんてないって分かっていたけどね、と少しばかり悔しそうな顔で僕に微笑みかけながら。僕は満足げに鼻息を出しておいた。同時に、嘘をつくのが上手うまそうな彼が、僕が抱いていたような嫉妬心にさいなまれていなければいいと願った。


 それから僕は、ずっとずっと僕を心配してくれていた家族や友人たちのもとに行った。五年もの間、一度も里に帰らなかったことを心から謝った。ヤミフクロウが僕のことを色々と伝えてくれていたそうだけれど、両親からは、ものすごく怒られた。兄弟たちは泣いていた。友人たちも。

 それでもみんなは、僕がこれからはときどき里に帰ると約束すると、許してくれた。父は、誰かのことをそこまで大切に思えるのなら貫くべきだ、それもまた生き方のひとつだと言ってくれた。

 

 そろそろ物語を終わらせる時が来た。

 あれから三年が経った。

 僕はいま、シェリルの作った薬のおかげで、テレパシーのように人間と意思疎通することができる。どういう魔法が込められているのかはわからないが、朝飲めば夜寝るまでは話をすることができる。

 それから、驚かれるかもしれないが、僕は父親になった。

 シェリルは人間と小竜のハーフの子どもを身籠った。

 彼女が妊娠しているとわかると、アルバートもヤミフクロウも里のみんなも、必死で情報を集めてくれた。そして、はるか大昔、人と人間化した獣との合いの子が生まれた前例があることが分かり、そのときの資料を集めて皆で看護してくれた。僕らは魔物である竜とも爬虫類とも違って、卵から生まれるわけではない。だから大丈夫だと。

 なかなかの難産だったけれど、こういった特殊な出産の知識がある人間の医者が助けてくれたおかげで、シェリルも生まれた子も無事だった。子どもは女の子で、見た目はほとんど人間だったけれど、僕と同じ金色の目で金色の髪だった。

 僕らはその子に、フェリシアという名前をつけた。人間としても小竜としても、生きていくのは難しいだろう、でも絶対ににしたいと思ったから。そのためにできることは何でもしようと二人で決めたから。

 フェリシアは最近言葉を覚えはじめて、僕のことをパパと呼んでくれるようになった。とっても可愛くて、目に入れても痛くないくらいだ。笑顔はシェリルにそっくり。でもシェリルは、好奇心旺盛でお転婆なところが僕にそっくりだって言う。そうかなあ。そんなことないと思うんだけど。


 僕は家計を支えるため、テレパシーを活かして人間と獣との通訳のような仕事をするようになった。最初はなかなか人間に信用してもらえなかったけれど、アルバートの助けを借りて、少しずつ仕事を貰えるようになっている。今は羊飼いや馬を持っている人のところで、定期的に健康診断の手伝いをやっている。

 夢は、小竜と人間の間の架け橋になることだ。二度と小竜の子どもが人間に虐められないようにしたい。もしいさかいが起きても、そんなことは間違ってるって、止められる存在を増やしたい。僕を助けてくれたシェリルみたいな子が増えるといいなと思っている。

 だって、人にも小竜にも獣にも、心があるんだから。

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小竜と薬師の物語 すえもり @miyukisuemori

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