第4話 小野和泉の事① P8
「そういえばさー、さっきの話に出てきた『小野和泉』って、漫画「殿しゃん!」(まきた先生;著)に名前だけ出てきた「あのケチが(援助を出すとは)珍しい」と言われていた人物だよね?」
「時空を越えた引用先出すの止めてくれる?」
今回は立花家でも別格の武将 小野和泉の話をします。
なお道雪の養子、宗茂はこのころ役職が左近と呼ばれていました。
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小野和泉守。真名;小野 鎮幸(おの しげゆき)。
とりあえず概略を示すと、道雪の墓の隣に特別に墓を立てる事を許された道雪随一の家臣である。
「【これは立花家が改易された後に加藤清正公の扶助で熊本の肥後藩にお世話になっていたときの事じゃ】」
浅川は懐かしそうに彼の名を出した。
「【加藤家にいた頃、小野和泉は後庄林・にいのみ・飯田・森下という加藤の家臣たちから「左近様(宗茂)はたびたび戦場を経て自分たちもその活躍を聞いている。是非小野殿のお話も伺いたい」と何度も頼んだが小野は取り合わなかった】」
「小野殿ってもしかしてコミュ障?」
「『このお話を聞くには、あと半刻または100文が必要です』とかじゃないのか?」
「そこまでケチではないわい!どこの無料読み放題サイトの話じゃ!」
えへんと咳払いして浅川は話を続ける。
【お話の申し出を断られ続けて腹がたったのか「和泉も柳川だからこそ和泉なのだろう。熊本では替わる事でもあるまいのに」と陰口を叩かれたそうだ】
「え?それどういう意味ー?」
「まあ『身内には大口叩いてるけど余所にきたら嘘がつけないから黙っているのだろう』という事じゃないかのう。上方(加藤は近畿から肥後に来た)の嫌味はよくわからんが、まあその陰口を和泉が聞いてしまったのじゃ」
【そこである時、同じように話をしてくれと頼まれた時に「ならば話そう。よくご覧あれ」と言って着物を肩から脱いだ】
「「変態だー!」」
「何故脱ぐ!」
「やっぱコミュ障じゃん!」
「おまえ等少し黙れ」
急な脱衣に大騒ぎする兄弟をたしなめて続ける。
【あらわになった上半身には腰より上に44カ所の傷跡があった。
「この傷はあのときの戦いでついた傷。この傷は別の戦いでついた傷」と小野は語りだした】
「三国志の周泰と孫権の話のパクリ(※)じゃん」
「やかましい」
【「そして、それを証明する証文には『分捕高名、一番槍、一番乗り、一番首』と(名誉の称号が書かれており)左近(宗茂)様だけではなく、道雪様、大友殿代々の証文と26枚も持っている!お望みとあらばお目にかけよう」】とタンカをきった。
「「おお!!」」
【驚いてなにもいえない加藤の家臣に、今度は和泉がこう言った。
「おのおのへ、お尋ね申したき事あり」
「清正様は十文字の片槍を折るほどの御働きをしたそうだが、お供の方はどれほどの働きをされたのだろうか?左近将監の如きは、戦場を踏んだと言えども、我々が切り屑のように働いたので、左近自身はそれほどの働きと言えるものはありませぬ」
(あなたたちは主君がわざわざ働かないといけないほどロクな働きをしなかったのですか?)と言えば加藤の家の者は皆赤面し、以後武道の話はしなくなった】
(以上本文終わり)
「つまり『うちは家臣が頑張ったから当主の武功はないけど、おたくは当主が槍を折るほど働かなければいけなかったのは何でだろうか?』という強烈な皮肉を言ったのじゃ」
「ただの変態じゃなかったんだねー」
「でも小野殿って立花家から加藤家に当主を変えたのに、何でここまで喧嘩を売ってるのかしら?」
「あー、まあ確かに小野は加藤家に仕えたが、少し事情があってな…」
「加藤家の家臣がどういう理由で武功話を聞きたがったのかはわからん。
ただ、昔 立花家は関ヶ原の合戦で豊臣方に味方して鍋島、加藤、黒田の3勢力と戦うことになった。小野も部下を多く失いながら生き延びた口じゃ。互いに恨みもあったじゃろうし、そんな意図はなくとも武功を話せばどちらが優れているかだのどちらの家が強いかという話になるじゃろう」
「あー、どんなに偉くても、しょせんは没落した家の人間じゃないかとか言われそうだもんねー」
「小野は肥後に残り、1609年に死ぬまで加藤家に仕えた立花家旧臣のまとめ役となっていたという。そんな争いの種を出さぬよう清正公の武勇を認めつつ『左近様には優秀な部下が付いていたからそのような話は必要ない』とする事で互いのメンツを保ったのじゃろうな」
随行してお守りすることも大事じゃが、飯がなくては生きることはできぬ。不忠のそしりを受けようとも、汚名をかぶりながら主のために最後まで働こうとした小野は名士であり忠君と言えるじゃろう。
浅川はそう言うと、かつての苦労を忍ぶように、肥後の方角に手を合わせていた。
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※中国の三国時代に呉という国があった。酒の席で当主だった孫権は長年世話になった周泰という武将の傷跡を一つ一つほかの家臣に見せ、傷の由来を語りながら周泰の功績をねぎらったという。
酒癖が悪く、酒が絡むとろくな逸話がない孫権にしては珍しくいい話である。
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