第24話
▼▼▼
たった5年。
たった5年だった。
それでも、私にとってその5年は、これまでの人生で最も幸福な5年だった。
「母上!見てください!私が考えた最強の竜です!爪は大地を裂き!口から吐き出るブレスは山をも溶かすのです!」
「父上はとても立派な人だったのですね!わかりました!私は父上と同じ冒険者になります!母上!私はこの世界を色々見てみたいのです!!」
「は、母上!危険です!魔物ですよ!食べられちゃいます!!え?研究し甲斐がある?母上!なんでも魔物学者思考は私よくないと思います!」
温かな、木漏れ日の中にいるような、綺麗で静謐な記憶。
月のような銀髪と暖かい太陽のような笑顔。私の大好きな笑顔。
手を伸ばせば届く場所にいるのに、頬に触れることも、頭を撫でることもできない。
大丈夫。大丈夫よ。
私が、貴女のお母さんが、必ず救ってあげる。
そうしたら一緒に、世界中を冒険しましょう。
ウト。ウト・サフィラス。私の大切な、笑顔の素敵な優しい子。
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ゆっくりと目が開く。
なんだろうか。とても暖かい優しい夢を見ていた気がする。
「はぁ、いつの間に寝ていたのかしら」
エル・サフィラスは机にうつ伏せている状態から身体を起こす。
周りを見れば自分が寝ていた机には大量の資料の山が積み上がり、それらの一部が床に崩れ落ちて足の踏み場も無い状態となっている。寝ている途中に倒れてしまったのだろう。
ここまで散らかれば整理することは不可能だろうが、もう読み返すことのない研究資料だから問題ない。
「えーと、そうだったわね、なんとか間に合ったんだ」
エルは椅子から立ち上がり、白衣を引き摺りながら、地下へと続く扉を開ける。階段を下り、その先の扉を開ければ、魔物研究を使われる部屋へと辿り着く。
中型トラック程の大きさであるワイバーンであれば五匹ほど入れることのできる巨大な部屋だ。
部屋の四隅には魔力石が積み上がった研究台が置かれており、部屋の中心には床一面に広がる巨大な魔法陣が描かれ、その中心に棺が置かれている。
エルは棺に近寄り、中を覗き込むと、そこには銀髪の少女が寝かされている。身体中に魔法陣が書かれ、淡く発光している。
エルは腕を伸ばし、優しく頭を撫でる。
「もうすぐ、もうすぐだからね。ウト」
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「魔物の後天的変異ねぇ」
マリアは教会の執務室でワイバーンの研修結果がまとめられた資料を眺めていた。内容は通常の変異種と変わらず特別性は無いとのことだ。後天的に変異する魔物は過去の歴史を紐解けば何度か存在が確認されている。珍しいことではあるがないわけではない。
今回のワイバーンに関しては多くの魔物を喰らったことによる魔力の異常活性による変異だと報告されている。
「ありえない話しじゃないのだけれど、やっぱり引っかかるわよね」
冒険者。元々は各地を放浪しながら魔物を狩ったり財宝を探したりする人々だったが、何時からか魔物退治をする職業の一つとなっていった。そんな彼等は依頼を熟すため、街にいないことが多い。特に長期依頼となれば、一か月二ヶ月と街に戻って来られないのも珍しいことではない。
部下に調べさせた資料によれば、三年ほど前から魔物が増えたことにより、冒険者ギルドに集まる依頼は増え、冒険者が長期的に街から離れることが多くなっているようだ。
今回のワイバーンの件は魔物増加により、一時的に冒険者の人手が足りなくなったことによって起きた不運な出来事だろう。
「…ワイバーンの魔力は変異前だったためか乱れており複数の魔力が混ざり合ったような感覚を得たが、魔力感知による分析だったため精度は低い」
マリアは資料の中にある気になる部分を読み上げる。魔力感知の精度の低さは知っている。資料の中にもメモ書き程度に記されているため、魔物学者や魔力研究者達も重要なことではないと判断しているのだろう。
マリア自身もそう思うが、何故か妙に気になってしまう。
「あ、そろそろバーンズ商人が来られる時間だったわね」
時計を見ればあと三十分で約束の時間になる。マリアは急いで資料を片付けようとするが、執務室の扉がノックされ、手を止める。返事をすると、シャルが怠そうに肩を落として入ってくる。
「どうしたの?」
「えーと、バーンズ商人なんですがー、どうやら道中で魔物に襲われて負傷しているみたいでしてー、大した傷ではないみたいなんですがー、療養のため面会日を変更してくれないかと言われましたー」
「そうなの?」
バーンズ商会は王都に本店を構える大商会の一つだ。主に魔力を混ぜて作るポーション類を取り扱っており、様々な魔力治療研究もしている商会だ。この商会が台頭したことによって冒険者の死亡率が格段に減ったとされている。
有象無象の商家であれば面会取り止めとなるが、相手がバーンズ商人ともなれば話は別だ。
「話を聞けば、魔物が蹴り上げた石ころがバーンズ商人の頭に当たってしまったみたいですよー。いやぁ、不運ですねぇ」
「ふふっ、それは不運ね。わかりました。バーンズさんには傷の疲れと共に旅の疲労も回復されてくださいと伝えておいてね」
「わかりましたー」
いつも通りの気怠い言葉遣いで去っていくシャルルを見送ってから、視線を机の上にある資料に向ける。
「そうね。今日の予定は潰れちゃったし、少し調べてみましょうか」
マリアは資料をまとめた後、部屋を出ていく。
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アルビオン周辺の森林地帯でオージンは槍を担ぎながら歩いていた。オージンが任された仕事は聖女の着る衣服の配達と護衛だ。
しかし、オージン自身は今回の一件に深く関わるつもりはない。確かに、今回のワイバーンの一件は不運が重なり過ぎているとも言えるが、無いわけではない。それに、例えそれらの一件が作為的に起こされたものであったとしても『空操』であれば対処は可能だろう。彼女で対処できなくとも、『花弁』達で十分だろう。
故に、今回の一件に関してオージンは“何か起こって自分が必要であれば最低限介入する”程度に考えていた
「楽な仕事、だと思ったんだがなぁ」
当初は、そう考えていた。
眼下に広がる光景を見れば、それが異常事態だとすぐにわかる。アルビオンから馬車で三時間ほど離れた森の奥。切り立った崖の下に広がる森からは異様な魔力が漂っている。
オージンは野生的な直感で異様な魔力の原因は魔物の変異種だと断定する。
「…一匹、じゃねぇな。少なくとも五匹以上はいる。いや、もっとか」
変異種が同じエリアに多数存在している。
「こんな偶然はありえねぇ。こんな事ができんのは…。いや、ねぇな」
オージンは槍を握り直し、崖から飛び降りる。
「見ちまったもんはしょうがねぇな」
音もなく森の中に降り立ち、手近にいた大蛇の変異種を槍の一振りで首を断ち、絶滅させながら歩き出す。
捻くれ者の何某が異世界で筆を執る 淀水 敗生 @yodomizu_hai
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