第3話 運命の人
空が暗くなり闇に満たされた頃。周囲の家が寝静まった頃、サガンは一人工房で作業を続けていた。
修繕依頼を受けた甲冑を一度溶かし、液体に戻したうえであらかじめ採寸して作成したオリジナルの型へ流し込む。
オレンジ色に光り、煮えたぎったドロドロの液体を型に流す一連の作業は重労働だったが、これがサガンの収入源なのだ。
通常、工房には溶解炉が置かれバーナーなどの熱で金属を溶かしている。
しかしサガンはそうではない。自らが放出した“魔法”により金属を溶かしているのだ。時々政府からの査察がはいるためにバーナーは購入済だが使ったことはほぼ無い。
魔法使いもその能力は細分化されるが、サガンは“火”を自由自在に操れる魔法使いだ。
自らの加減一つで強くも弱くもなるため、微細な調整で武具の性能が変わる鍛冶師はサガンにとっては天職だった。
両親ともに魔法使いであるサガンはこの国の生まれではない。ただ、物心がついた時にはファンナス帝国が母国となっていた。
城下町でサガン同様鍛冶師として働いていた両親は自身が魔法使いであることを隠していた。何故両親が魔法使いを忌み嫌うこの国に住んでいたのかは定かではないが、住めば都と言うように真実を隠してさえいれば住みやすい国だったのだろう。
しかしそんな両親が魔法使いだと知られたのは、サガンが十五歳の時。丁度自身も魔法の力に目覚め、両親から硬く口止めをされた直後のことだった。
「……」
サガンは作業を進めながら、何気なく視線を窓へと向けて外の景色を眺める。人気もなく静かな夜だ、月の光が窓から差し込み、神秘的な空間にも思えてしまう。
そう、あの日もそうだった――夜、友人の家で遊んでいたサガンが家へ帰ってくると、まさに軍によって連行される両親の姿を目撃した。
その際、割って入ったサガンも家族ということで一緒に城へと連行された。大人になった今でも思い出すたびに気分が悪くなる、
そんなことを考えていた時、唐突に店先でチャイムが鳴った。勿論こんな夜遅くに店は開いていない。
変なことを考えていたからか気が散ってしまったサガンは丁度良いと顔を上げると、作業を中断して店舗の出入り口へと歩いて行った。
こんな時間にチャイムを鳴らす者の検討は付いている。グローブに包まれた右手でドアのロックを解除して扉を開けると、案の定そこには一人の女性が立っていた。
「ごめんなさい、作業中だったかしら」
彼女の名はティア。城下町内では可愛いと評判の薬屋の看板娘だ。
背中まで伸びた長い髪を一つに束ねた黒髪の女性は、露出が控えめな薬屋の制服姿だ。どうやら彼女もこの時間まで仕事だったようだ。
「休憩していたんだ。問題ないよ……ああ、入る?」
「じゃあ、少しだけ」
そう言って、彼女を店内まで案内する。
他の鍛冶屋は飾りつけをしてあったりメニュー表が用意されていたりとアイデアが見られるが、サガンの店はそんなことはない。
飾りつけも無ければメニュー表もない。武具の修繕、あるいはオーダーメイドの発注を受ける場合でもサガンが口で説明するからだ。
ティアには殺風景だと言われたこともあるが、それがサガンの性格なのだから仕方がない。せめてと思い店の壁際に来客用の丸椅子を置いてみると、こうしてティアが雑談の際に座ってくれるようになった。
「どうだい、調子は」
「ええ、この通り元気よ。明日は式典だし、薬の注文が増えてしまって大変なの。サガンは?」
「僕は……まあ、城からの注文もあるからね。明日運ばなきゃいけないんだけど」
取り留めもない会話を交わしながら、サガンは一人工房へと向かう。
未使用の葉巻を手に取ると“魔法”で先端に火を点け、煙を吹かしながらティアの元へと戻ってきたとき。
「そうそう。知ってる?魔法使いが摘発されたって話」
「……それは初耳だね。この近所かな」
ティアが振った話題にサガンはそう言うのみ。サガンが魔法使いであることは、ティアは勿論この国の誰も知らないことだ。
前提としてファンナス帝国は魔法使いの入国が禁じられている。魔法使いは一般人とは違い目に見えない“魔力”を有していて、それを入国時に検査してチェックするのだ。
サガンはその魔力が極めて弱いために潜入することが出来たが、同様に潜入を試みる魔法使いは決して少なくないとも聞く。魔法使いの知り合いはいないとはいえ、こうして日常生活を送っているだけで情報を得ることが出来るのだ。
「ルーニア鍛冶屋の息子さん、実は魔法使いだったんだって」
「へえ、それは近いな」
サガンにとっては同業者でもあるが、彼の店舗はここからでも歩いて行ける距離にある。サガン同様に魔法の力で武具を錬成する者は多く、決して珍しい話ではないが……
「彼が魔法使いだったってどうして分かったのかな。近隣住民からの通報とか?」
「または政府からの抜き打ち査察もあるみたい。鍛冶師の間では情報網は無いの?」
「査察なら事前に全店舗に通達が来るけど、流石に摘発の前情報はないよ」
そんな情報はぜひ教えてほしいものだとサガンは引きつった笑みを浮かべたとき。
「私、魔法使いは嫌いなの」
「……」
ティアの口から放たれた呟きは、この国に住む者の総意であろう。しかし、それを聞いたところでサガンの表情は変わらない。
「大丈夫だよ。この国には魔法使いはいない。仮にいたとしたら軍に捕まって処刑だ。四肢をもがれてバラバラにされるんだ。特に魔法使いの腕は希少品とされている。たっぷり魔力が詰まっていて――」
「いやだ、怖い話しないで」
「はは、ごめん。例え話だよ」
魔法使いの話題になると、少々情が入りすぎてしまったことをサガンは反省する。何よりも自分の話だ、饒舌にならないわけがない。
しかし、ファンナス帝国に住む以上は絶対に自身の正体については話してはいけない。それがこの国を平和であり続ける方法なのだ。
「ファンナスは昔から人力で火を起こし、自然の水や風の力を借りて暮らしている。そういう生活は嫌いではないよ」
サガンがそう呟きながらも葉巻の煙を吐き出した時、ふとティアがこちらをじっと見つめていることに気が付いた。
「ねえ、サガン。あのね、私」
「駄目だよ」
この瞬間、彼女が何を言いたいのかサガンには察しがついていた。男女の付き合いがしたいのだと、以前ティアに告白して断ったことを思い出した。
「どうして?ガールフレンドはいないって言っていたじゃない」
「そうだ。僕の周りには誰もいない、だからこそだ」
別にティアが嫌いとは言っていない。むしろ彼女は優しく温厚で更に気が利く素敵な女性だとも思うが、あくまでもそれだけであってサガンは彼女をどうこうするつもりはなかった。
「僕は隣には誰もいさせない。それが僕のためであって、相手のためでもある」
「それなら、もしあなたの隣にいられる女性が現れたら」
「いないよ」
「言い切らないで。もしも、もしもの話よ」
ティアに告白されるのはこれで何回目だろうか。いくらティアが告白してサガンが断ったところで、サガンは彼女への態度を変えない。
こうして夜に彼女が私的に訪ねてきても迎え入れているところで、脈があると感じさせてしまうのだろうか。
「……もしも僕の隣に女性がいたら、それは運命の相手だと考えてくれていいよ」
しかし――サガンはティアを見返し、そう言って息を吐き出した。白色の煙と共に、そんなことはあり得ないけどね、と一言付け加えたうえで。
アイリス・サーガ ねるね @neru3ne
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