第2話 魔法使いの噂
この国の主な財源は鉱山から発掘した鉱石を溶かして武器や防具を作ることにある。
ファンナス製の武具防具は痛まないと他国からも評判なのは、上質な資源が採れることもあるが、鍛冶師達の質が高いことも理由の一つだ。
「サガン、修理頼むよ!」
「あ、はい!」
ここは丘の上にあるファンナス城を下った街にある鍛冶屋。街中に鍛冶屋はいくつもあり、同業者同士が客の取り合いをしている。
そんな鍛冶屋の一つ、看板も無く商売っ気の感じられない古びた建物では、一人の青年がひっそりと商売をしていた。
青年は建物の奥にあるスペースで木造りの椅子に座り、自作の葉巻を吸っていたが、店舗の方角で声が響いたために葉巻を手に小走りで走っている。
青年の名はサガン・ペテルギウス。今年で二十五歳と鍛冶屋の中では新米だが、作業の丁寧さと品質の良さで着々と顧客が増えている。
サガンは年齢よりも高く見られがちなのは、決して感情を表に出さない立ち振る舞いにあるだろう。サガ自身争いは好まないが、生きていく日銭を稼ぐには鍛冶師となるのが丁度良かった。
「いらっしゃい」
カウンターにサガンが向かうと、そこに立っていたのは顔見知りの中年男性だ。彼は隣国まで行商に出かけているが、道中モンスターを退治した肉をも売っているそうだ。
「お前、まだ手製の葉巻を吸ってるのか?そんなのよりも純正品を吸えよ、美味いぞ」
「いえ、金ないんで」
サガンはそう言いながら、カウンターに置かれていた灰皿に自信が手にしていた煙草の先端を押し潰し置いた後で男性が差し出した防具を受け取る。重みのある甲冑は、コーティングが剥げて傷だらけなのが見て取れる。
一度金属を高温で溶かし、成型し直した方が綺麗に仕上がるだろう。そんなことを考えるサガンをよそに、中年男性はけらけらと笑う。
「お前、いつもそう言うけど店での売り上げがあるだろうに」
「貯金です」
「はは、こんな古びた家を壊して御殿でも建てるつもりか?はたまた女でも連れ込むのか……ティアちゃん可愛いからな」
「そんな、彼女は関係ないですよ」
男性の言葉にサガンは首を横に振る。ティアというのは、サガンの工房から歩いて数分のところにある薬局の一人娘だ。
サガンより三歳年下の彼女は店の看板娘を務めているが、時々サガンの工房に手料理を作っては持ってきてくれる。
別に彼女は恋人ではない。数年前、浮浪物だったサガンが今の場所に工房を開いた直後から遊びに来てくれた顔馴染みだ。
「この程度の修復でしたら三日……いえ、二日ほど頂きたいのですが」
「ああ、良いぜ」
この中年男性は常連客の一人だ。鍛冶師にはそれぞれこだわりがあり、だからこその頑固者が多い中でサガンのように聞き手に回る鍛冶師は非常に少ない。
サガンもこの工房で一人暮らしだ。こうして誰かと他愛もない話を交わすのは嫌いではなかった。
「サガン。外に出ると、どこも魔法魔法魔法なんだ」
「魔法、ですか」
「そう。この国なら魔法使いなんて即処刑されるのに、外ではそれが当たり前なんだ。おかしいのはどっちなのか、たまに分からなくなるんだ」
「……」
男の『魔法』の言葉にサガンの表情が微かに曇る。ただ、それは見た目には変わりのないサガンの心境の変化に過ぎないことだ。
ここ、ファンナス帝国では火力、水力、風力など自然の力を元に生活インフラを構成している。
それが昔からの伝統であると国からの達しがあるが、その考えは現代において時代遅れらしい。
この世界には“魔法使い”と呼ばれる人種が存在する。それは普通のヒトではない、科学をも超越した力を持つ者達だ。
指を鳴らせば手先から火、水、風など自然のそれと同じ力を放出することが出来る。
どうやら魔法使いにもタイプがあるようで、火の力しか扱えない者、水の力しか扱えない者と個人差があるようだ。
中には複数の能力を扱うことが出来る上位族もいるようで、魔法使いの力を生活の糧としている国も多い。
しかし、ファンナス帝国においては魔法使いは害悪でしかなく、ヒトとは違う化け物として扱われている。
自然の力に頼れば人は生きていくことが出来ると提唱する国家の通り、この国には魔法使いは存在しない。国の図書館にも魔法使いについて記された書物は一冊も置かれていない。
仮に街中で魔法など使ってみれば、瞬時に城へ連行されて首をはねられてしまうだろう。それを知っているサガンは冷たく笑った。
「ファンナスにいる以上、魔法使いなんて噂に過ぎませんよ」
そう、噂――ここで場がしんと静まり帰った時、男が次の話題を振ってくれた。
「明日は城で王妃の顔見せだな」
「顔見せ?」
男の言葉にサガンは小首を傾げる。移民の彼は知らない行事だったからだ。
「ああ、そうか。お前はまだ知らないんだったな。この国ではな、王族が二十歳になった翌日に群衆へ顔見せを行うんだ」
「へえ……確かに、城へ武具を献上することはありますが、王族を見たことはありませんね」
むしろ王妃となるような存在がいることすら初めて知った。サガン達鍛冶師にとっては王族は最大に贔屓しなければいけない上客だ。
サガンも明日は城で行事が開かれるために大量の甲冑が必要だと発注されていた。普段はサガンのような若造の鍛冶師に依頼など来ないが、数が必要だということで国中の鍛冶師に依頼が回ったと風の噂で聞いていた。
「そういえば明日、献上する武具を届けにいかなきゃ行けないんですよ。タイミングが合えば見てみますよ」
王妃が二十歳と言うのなら、自分よりも年下である。普段王族が下々の街へ出かけることなどあり得ない話で、彼らは城内で生活しているためにこのような機会でもなければ見ることも出来ないだろう。
「……じゃあ、そろそろ行くわ。メンテナンス、頼んだからな」
「ええ、確かに」
そうして男が店を出ていくと、室内にはサガン一人が残る。
今度こそ静まり返る店内でサガンはじっと出入り口の扉を見つめていたが、人の気配を感じないことを察すると、視線を手元へと落とす。
「魔法……魔法か……」
先ほど置いていた葉巻を再び手に取ると、彼はもう一度それを銜えている。既に煙草は冷えていたが、右手の指をそっと火元へと向ける――サガンの右手は黒色のグローブに覆われていたが、その指先から、瞬間的に小さな火花が飛び散った。
「……」
再び煙草の先端には火が点る。その仄かな光をじっと見つめていたサガンだったが、彼は用は済んだとばかりに再び部屋の奥へと消えていった。
青年の名はサガン・ペテルギウス――彼は魔法使いを害悪とするファンナス帝国で鍛冶師として働く魔法使いだった。
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