第176話 地球の未来

 大島の矢田部から連絡を受けた美咲は、俺と河井を呼んだ。

「どうしたんだ?」

「アメリカから、調査チームが来たの。あのローランドさんよ」

「へえー、それならカズサ市を見せたらいい」


 美咲がゆっくりと首を振った。カズサ市は視察に来た外国人に見せるために作られたモデル都市である。ほとんど立体紋章の技術を使わずに建設された都市で、昔の日本を連想させるような街になっていた。


「それが、ヤシロ市を見学したい、と言っているようなのよ」

 それを聞いた俺は、思わず難しい顔になる。

「ヤシロは、最先端の技術で開発が進んでいる街だ。見られると我々がクゥエル支族の技術を使っていることに、気付かれるかもしれない。案内を断れないのか?」


 美咲が溜息を漏らす。

「断れるけど、永久に隠し通す事は無理だという意見もあるの」

 アガルタだけなら、行動を制限すれば誤魔化せるかもしれないが、将来は異獣を駆逐した日本に新しい町を作るつもりなので、クゥエル支族の技術を使っている事は気付かれるというのだ。


「まあ、その通りだけど、アメリカが技術の提供を依頼してきたら、どうする?」

「国家機密だと言って、断るしかないわね」

「断れるのか?」

「当たり前でしょ。日本とアメリカは対等な国なのよ」


「本当に?」

「まあ、アガルタに移住したから、言えることね」

 これは近隣諸国からの脅威がなくなり、同盟国であるアメリカの協力が必要なくなったことが、美咲の言動に影響している。


 各国は食料エリアに移住した事で、食料エリアの区分けされたエリアごとに孤立した。それは人類全体の発展を阻害したが、国家間の争いごとは少なくなった。アガルタに移住した日本人たちだけに限定すると、外国からの脅威を取り除くことができた。


「将来のことは置いておいて。ヤシロ市を見せて、万一使われているクゥエル支族の技術に気付かれたら、どうする?」


「ちょっと見ただけでは、それがクゥエル支族の技術だと見破るのは難しいと思う。何か変だと気付いた時には、国家機密だと言って誤魔化して」

「そうか、立体紋章のことは、秘密にするということだな」

「アメリカも立体紋章に気付いているかもしれないけど、こちらから情報を提供することはないということよ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺と河井は大島に向かった。そして、ローランドと会いヤシロ市へ向かう。ヤシロ市に到着した俺たちは、ローランドの希望を聞いて、市内のあちこちを案内した。


 ローランドはヤシロ市の社会基盤が想像以上に整備されているのに驚いた。鉄道と道路が整備され、十分なエネルギーが供給されているのに驚いたようだ。


「素晴らしい。これだけの都市は、フロンティアにもないですよ」

 ローランドの言葉に、俺は素直に喜べなかった。

「アメリカは凄い勢いで、技術開発を進めているそうですから、すぐに追い付くのではないですか?」


「いやいや、新型原子炉の開発に人材を投入したので、他の分野では遅れている部分もあるのだ」

「そうですか。ところで、学者の中に『レベルシステムの終焉』だと言い出す者が居るのですが、どう思います?」


「ふむ、『レベルシステムの終焉』ですか。そうかもしれませんね。我が国でも探索者の数が減っているようです」


 守護者や分裂の泉という存在が消えて、レベルアップするのに時間が掛かるようになった。それに食料エリアだけで生活できるようになった若者の中から、危険な探索者になりたいという者が少なくなったのだ。


 ただ食料エリアにも危険な野生動物が居るので、それを狩る探索者は必要である。なので、アガルタ政府は探索者の育成にも予算を出している。


「アガルタの電気は、安いのですか?」

 想像以上に豊富な電力を使用しているヤシロ市の商店街を見て、ローランドは不思議に思ったらしい。フロンティアでは新型原子炉が完成しているが、その建設費は安くなかった。結果、電気代も高くなっているのだ。


「日本で生活していた時と変わらないと、思いますけど」

「ファダラグ飼育場や大型紅雷石発電装置を、見学させてもらえますか?」

 俺は言われた二箇所へ案内した。ヤシロ州で最大のファダラグ飼育場へ案内すると、その規模の大きさにローランドは驚いた。


 アメリカでも大規模なファダラグ飼育場が建設されているが、ここの飼育場はアメリカ最大のものより三倍ほど大きいという。


 日本は使える土地が少なかったので、規模が大きい施設というものは、あまり造れなかった。しかし、このアガルタには広大な土地がある。それを利用して大規模な施設がいくつも造られているのだ。


「なるほど、これだけの規模を持つファダラグ飼育場が、いくつも造られているのですな」

 それから紅雷石発電所へ大型紅雷石発電装置を見学した。ローランドはアガルタの発電能力に納得したようだ。


 ヤシロ市の様々な施設を見学してアメリカに帰ったローランドは、アガルタが想像以上に発展していることを言及したが、不審な点はなかったと報告した。それをサリンジャー大統領は信じてフロンティアの開発に全力を注ぐことを命じた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺たちはクゥエル支族の技術を徹底的に研究し、紋章構造体を思考制御する技術まで手に入れた。そして、超小型の紋章構造体を製造する技術も発見する。


 そればかりではなかった。研究所の野崎准教授が、紋章構造体を印刷で形成する技術を発見したのである。


「紋章構造体印刷技術? それがそんなに凄いものなのか?」

 河井は理解できなかったようだ。

「身体に刺青タトゥーのような形で、印刷できる技術が開発されたんだ」

「ん? でも、身体に紋章構造体を印刷して、どうするんだ?」


「例えば、『万象核』の立体紋章を身体に刺青した人物は、いつでもどこでも万象エネルギーを使えるようになる」


「それは刺青をしなくても、小型の携帯装置のようなものでもいいんじゃないか?」

「そうだけど、盗まれることはなくなる」

 厨二病的なことを言っていた俺だが、その後も立体紋章の研究を続けた。エレナと子供たちと一緒に平和な生活を続けながら研究するという日々が続いた。


 河井は美咲の手伝いをするようになり、アガルタに居る危険な野生動物から人々を守るという仕事を始めた。そして、仕事仲間の女性と結婚した。


 美咲は長年アガルタの首脳として働き、アガルタの初代首相に選ばれた。俺は二十年ほど研究を続けて重力制御の立体紋章を発見した。源斥力は反重力だという説があったが、それとは別物で本当に重力を制御する技術である。


 アガルタの歴史に『重力制御』の発見者として、俺の名前が刻まれた。

 そして、北海道から異獣を駆逐したアガルタ政府は、北海道に戻る人々を募集した。だが、ほとんど人が集まらず、計画は延期となった。


 アガルタで快適な生活を送れるようになった人々は、わざわざ北海道で苦労したいと思わなかったのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 世代が交代するほどの月日が経過したある日。食料エリアに住む人々の頭に声が響いた。


【現時点から五年後に、この世界に導入されたレベルシステムが廃棄されます。そして、食料エリアは八年後に使用不可能になります】


 その瞬間、地球に棲み着いた異獣が消えた。しばらくすると地球の大気に混じっていた毒が消え、完全に元の地球に戻った。だが、その地球には人間が住んでいる町はほとんど存在しない。


 原始の自然が復活した地球に、人々は強制的に移り住むことになり、街作りが始まる。その中で街の建設が一番進んでいるのは、アメリカと日本である。


 アメリカは発達した科学文明を使って街の建設を始め、日本はクゥエル支族の技術を使って街の建設を始めたのである。


 アメリカ人は、新しい日本人と交流するようになり、歴史で習った日本人と違うという印象を受けた。その一つに日本人のほとんどが刺青をしているということがある。


 その刺青の意味をアメリカ人が知った時、本当の意味で日本人が変わったことを知ることになる。


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【あとがき】


 今回の投稿をもって本作品は終了となります。

 長い間、読んで頂きありがとうございます。

 他の作品もありますので、そちらも宜しくお願い致します。


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人類にレベルシステムが導入されました 月汰元 @tukitashi

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