第175話 アメリカのアガルタ調査

 俺たちがビームライフルを開発し、北海道の異獣を駆逐し始めてから数年が経過した。北海道へ派遣された異獣掃討部隊の隊員も三百名ほどから、今は五千名ほどに増えている。


 そして、北海道の四割の地域から異獣を駆逐するのに成功した。後五年ほどで北海道から異獣が居なくなると、俺たちは考えている。


 アガルタの政府は、立体紋章の研究に資金を注ぎ込み、クゥエル支族の文明を再現しようと力を尽くした。その御蔭でアガルタの文明は、高度なものへと発展を始めた。


 万象発電プラントと紅雷石を中心としたエネルギー基盤は、安定したエネルギー源となった。交通網は『源斥力回転』の立体紋章を使った源斥エンジンが発達し、アガルタ中に広がった道路網を源斥エンジンを積んだ自動車が走り回るようになった。


 高層ビルはアガルタでは建設されなかった。その代わりに広い土地を活かした広大な建築物が、クゥエル樹脂を建材として建てられた。


 そのクゥエル樹脂を生産する『樹脂果の木』と呼ばれる生産の木、その他にも『木綿果の木』『絹果の木』『油果の木』『乳果の木』『保存食果の木』『生分解樹脂の木』が広大な農地で栽培されるようになり、それらを原料とした産業が発展を始めている。


 アガルタに安定した活気ある社会が生まれ、それが凄い勢いで発展を始めていた。

「しかし、日本人だけでクゥエル支族の文明を独占していいのか?」

 河井は罪悪感みたいなものを感じているようだ。


 俺は河井に視線を向けた。

「もしかして、他の国にも立体紋章の技術を教えようと、言っているのか?」

「人類が生き残るには、その方がいいんじゃないかと思うんだけど」


 俺は溜息を漏らした。

「昔、多様性が重要だという話を聞いた事がある」

「多様性?」


「ああ、俺たちみたいに、クゥエル支族の文明を再現しようとする社会、アメリカのように元の科学文明を発展させようという社会、そして、ヨーロッパのようにある程度の文明を維持しながら、安定した社会を築こうとする社会、それぞれのやり方があってもいいという事だ」


「だけど、情報交換するというのは、有益なんじゃないか?」

「ヨーロッパの文明は停滞しているので、情報交換はあまり意味がない。アメリカは情報交換をしたがらないんだ」


「アメリカが情報交換をしたがらないだって、どうしてなんだ?」

「初めはイギリスなどの三つ国に新型原子炉の技術を供与したんだが、その技術を利用して兵器を開発しようという国が現れたんだ」


 食料エリアで核兵器を開発しようなんて考える国に、技術供与は無理だ。ビームライフルの技術とか供与したら、他国に対する兵器として使われそうで供与できない。


「ああ、そういう事情だと、アメリカも技術供与したくなくなるな」

 アメリカは厳しく抗議して核兵器開発を行うという国に諦めさせたようだ。その後、アメリカは他の技術をヨーロッパの国々に供与する事を渋るようになった。


「ふーん、馬鹿な事を考える連中も居るんだな」

「食料エリアでの覇権を握りたい国というのも、当然出て来るのは仕方ないさ」


 この食料エリアというのは、広大な世界だ。それを地形と不思議な力が区切っている。日本人が住んでいるアガルタは、日本列島と樺太、カムチャッカ半島、それに小笠原諸島などを含む海域にある転移ドームが、一つの食料エリアに繋がっているらしい。


 但し、樺太やカムチャッカ半島に住んでいた人々は、食料エリアに移住できなかったようだ。制限解除水晶を手に入れられなかったのである。


 ヨーロッパの食料エリアであるシャングリラは、アガルタよりも広大なエリアだそうだが、数多くの国にある転移ドームが繋がったせいで、覇権争いが起きるかもしれないという不安を抱えるようになった。


 そして、アメリカはアラスカを除くアメリカ合衆国の転移ドームのほとんどが、フロンティアと呼んでいる食料エリアに繋がったので、纏まりのある一つの政府が成立している。


 単一の国が一つの食料エリアを支配しているのは珍しいようだ。国としては日本とアメリカだけらしい。アガルタは一部がロシアの領土にある転移ドームと繋がっていたが、その一部の転移ドームは使われる前に異獣に破壊された。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 再任されたサリンジャー大統領は、シュルツ国務長官を呼んだ。

「少し気になる事がある」

「何でしょう?」

「日本の動きだ」

「ですが、日本からの連絡は、ほとんどなかったはずですが?」


 大統領が面白くないという顔をする。

「それがおかしいのだ。我が国はかつての文明を取り戻し、ある分野では進歩さえしている。普通の国なら、その技術が欲しいはず。なぜ日本だけが、その技術を提供して欲しいと言ってこない」


「同等の技術を持っているという事でしょうか?」

「そんなはずはない。国力を比べると、我が国は日本の五倍ほどもあるはず。その我が国が総力を上げて取り組んだ技術なのだ。日本が追い付けるとは思えん」


「分かりました。では、マーク・ローランドを再び友好使節として、日本に派遣しましょう」

「日本の現状を調べさせるのだ」


 そうして、ローランドは秘書のアシュリーと一緒に日本へ行く事になった。その移動手段は、紅雷石発電装置を電源として駆動する小型客船だ。


 快適な船旅を楽しんだローランドは、日本の大島に到着した。港に小型客船が入ると、日本人の役人らしい人物が車で近付いてきた。


 下船したローランドは、役人の中に見知った顔があるのに気付いた。

「矢田部、お久しぶりですね」

「ローランドさんじゃないですか」

 矢田部は二年前にローランドが来日した時、カズサ市を案内した事があったのだ。


「来日の目的は何でしょう?」

 矢田部がローランドに尋ねると、ローランドが肩を竦めた。

「単なる現状調査です。前回日本を調査してから、二年が経ちましたから、現状の日本はどうなっているのか。調査に来たのです」


「二年前とそれほど違いませんよ」

「そうでしょうが、今回はヤシロ市を見せて頂きたいのです」


 矢田部は一瞬だけ顔をしかめた。すぐに元に戻ったが、ローランドが気付いたらしく鋭い目付きになっている。矢田部は上に相談しなければならないと言って即答しなかった。


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