とりあえず狩りにでも行こうぜ!

楸白水

失ったものと失わないもの


 覆水盆に返らず、なんて格好付けてぼやきたくもなる。オリンピックの時期に別の観光名所に行ったら空いてるはずだとかなんとか言ってたらこれだよ。俺たちは先の見えない外出自粛運動に絶賛ボランティアで参加している善良な国民の一人だった。まあ本当に善良かどうかは置いておく。


「ちくしょう。これなら去年に旅行すんだった」

「想像したらダメだよ」

「生活費浮くかとか思ってたらそんなことはなかったんだよなあ」

「むしろ光熱費代がお化け」

「そして課金」


 とはいえこの世はネットがあれば不自由しない。こんな狭いアパート部屋の中に一人で籠もっていてもパソコンでビデオ通話さえつなげばいつもの四人でいつものようにくだらない話はできる。それだけが救いだった。


「結局さあ、ろくに大学行かないまま夏休み突入しちゃったわけだけど」

「一応実習あるから行ったっちゃ行ったけどお前らとはあんま会わなかったなあ」


 もちろん俺たちが通う大学も自粛の波を受けていた。講義はすべてオンライン、週に二回の実習も人数を分けられていた。なので俺は同じ学部なのに前期で全く会ってない奴とかもいる。たぶん今更会っても忘れてるかもしれない。


「ひでえよお! 俺せっかく大学から目と鼻の先のアパート勝ち取ったのに!」

「逆に家賃増えて負け組じゃん」

「ご愁傷様です!」

「許さん!」


 酒の飲み過ぎで涙腺の緩くなった祐太がビデオ通話越しで泣きわめいている。もし時が戻せたら三月の始めに戻ってこいつに言ってもっと絶望させてやりたい。「残念でしたね」ってな。


「でも正直オンライン講義は捗るよな? 授業聞かない奴の雑音もないし講堂って人間が密集してて臭えし」

「真面目だねえ」

「潔癖症なみっちゃんは俺たちも臭く思ってるう?」

「お前は画面越しでも酒くせえんだよ!」

「ひっで!」


 げらげらと四人が同時に笑ったせいでパソコンのスピーカーが音割れしてうるさい。でもまあ、近くの部屋は空き部屋だし大丈夫だろう。


「あの頃は自由だったなあ……うっ」

「あの頃ってまだ半年くらいだろ」

「いやいや半年はきついっすわ」

「もう遠い昔のように思える」


 どこにも行けない。どこかに行っても白い目で見られるだけなのでなにもできない。それでも、何もかもを禁じられたわけじゃない。きっと状況は良くなると信じて今はこの状況を受け入れるしかないのだ。


「なあ暇だよ、なんかやんない?」

「ってもなあ」

「ゲームでもする?」


 ゲームねえ。俺は四本目の缶チューハイを開けながらぼんやりと考えた。そういやこの頃は外に出てばかりであまりやっていなかった。もともと皆でやれるような対人モノは好きではなかったし。

 三人が次々とオンラインの話を持ち出す中、俺は缶を見つめて呟いた。


「最近なんかやった記憶無いな」

「マジかよ」

「コウが何もやって無くて可哀想な奴だから懐かしのゲームにすっか」

「じゃ一狩ひとかりしようぜ! まだお前ら持ってんだろ」

「やべ懐かしい」


 昔を懐かしんでいたせいか、最終的に決まったゲームは俺たちが出会うきっかけになったものだった。あの時のことはよく覚えている。すれ違い通信交換から誰かを予測し特定した流れは面白かった。全然違う奴に探りを入れて恥ずかしい思いをしたのも今となっては良い思い出だ。

 自然と俺たちは意気投合し、一年以上はこのゲームに浸かりきりだったと思う。もちろん大学の単位は落としていない。

 皆が携帯ゲーム機を持ったことを確認して、それぞれ電源を付けた。久々に起動したとはいえプレイ時間は恐ろしい数字だ。鼻歌交じりで装備を選びながら持ち物を整える。片手間にアイテムの調合も忘れない。


「なに狩る?」

「久々だから肩慣らししたいな」

「どうせ今年の花火大会は全部中止だろ? ならキリンで打ち上げ花火しよう」

「風流だなあ」


 一体なにが風流なのか意味不明だが、皆なんとなく啓介の言葉に頷く。この行為に深い意味は無い。強いて言えば酒に酔っているのでその場の気分だった。

 花火大会だって別に毎年行っているわけではなかったのに、いざ中止と言われると悲しい気持ちになるのが不思議だ。次に開催した年は行ってしまうかもしれない。


「おいみっちゃん、太刀使おうとしてないよな」

「あっ」

「よっ太刀厨!」

「待ってくれ今変えるから!」


 ちなみに何でもない話だが、このキリンというモンスターの部位破壊報酬を貰うのには眠らせて大タル爆弾で角を壊すと楽だった。よってキリンを爆弾で吹っ飛ばすという行為をみっちゃんはさっき打ち上げ花火と呼んだのだ。

 全員揃ったところでクエストを貼って皆で出発する。あの頃と何も変わらない。ただ違うのはここが自分の部屋だと言うことと、ビデオ通話だということだけだった。


「おっ皆遠いな」

「まず現地集合しよう」

「うす」


 それぞれ自分の居場所を報告し、軽く操作を確認してから出発する。このモンスターのことは知り尽くしているのでどこに出現するかは分かっている。皆で同じ場所を目指して洞窟を進んでいった。

 缶チューハイに手を伸ばしながらふと時計を見ると日付が変わっていたので驚く。


「もうこんな時間か」

「まだ平気だろ」

「まあな」


 とりあえず夜が深いことを知らせるがまだ大丈夫だろう。しかしそんな雰囲気の中で一人だけ気まずそうな人物がいた。


「あの、俺はこれ終わったら寝るわ」

「なんかあんの?」

「ああいや、ちょっと俺、明日彼女と会うから」

「……は?」


 ぴたり。まるで息を揃えたように俺たちはゲーム内の足を止めた。雑魚が体当たりしてきたが放置する。信じられない発言にただただビデオ通話内の祐太を見つめることしかできなかった。


「聞いてないな」

「裏切ったな……」

「いつから誰とデキてたの?」

「せ、先週から……バイト先で……」


 一気に空気が氷山のように凍り付いたビデオ通話内で祐太が怯えながら懺悔していた。その冷え込み具合はさながらゲーム内のステージのようである。

 どのくらい固まっていただろう。この緊迫した空気がしばらく続いた後、口火を切ったのは啓介だった。


「お前ええ! 全然自粛してないじゃんかよ! しろよおお!」

「これは密ですわ」

「ちゃんとマスクしてるってば!」

「密!」


 もはやキリンなんてどうでも良かった。俺たちは羨ましさと面白さで肩を震わせながら勢いよく祐太を責め立てる。もちろん笑いながら。


「これはいかがいたしましょう」

「サーチアンドデストロイだな」

「よっしゃ」

「えっちょっと、あれ?」


 向かう方向はただ一つ。俺たちは方向転換して一斉に祐太のいるマップまで逆戻りし始めた。さすが俺たちだ。何がしたいか一瞬で分かり合うとは。


「待って待って! なんでこっち来んの!」

「討伐対象がキリンから祐太に変わった」

「はああ?」

「俺のなけなしのタル爆でお前を打ち上げ花火にしてやる!」

「逃げるなよ!」


 必死で逃げ回る祐太を三人で追い込んで、宣言通り大タル爆弾をお見舞いし続けた。祐太を三乙させてクエスト失敗になるまで実に十五分以上かかってしまった。

 奴はキリンより手強いハンターだった。もちろん報酬は何も無いけれど。それにしても俺たちにとことん爆撃されても一切回復薬を飲まなかった祐太は漢だ。それは皆が認めた。


「久々に角欲しかったのになんだよお」

「まあまあ。末永く爆発しとけよ」

「もう寝るかあ、また連絡するわ」

「おう、じゃあな」


 笑いすぎて疲れてしまったので皆でここでお開きにする。ビデオ通話を切ると一気に静寂が襲いかかってきた。さっきまで騒いでいたから同じ部屋とは思えないほど静かだった。尻に敷いてある布団を被って耳を澄ますと微かに外から虫の声が聞こえる。エアコンの稼働音も聞こえる。あいつらの笑い声も耳に残っている。現実の音と笑い声がアルコールで混ざり合ってぐわんぐわんと大きく揺れていた。頭痛がしてきそうだったがそこまで嫌いなものじゃなかった。

 電気を消そうと起き上がったところでケータイが鳴った。何だよと思って覗くと、妹からメッセージが届いていた。残念だったな、俺は多分帰らないと思うぜ。眠さの限界が来たので返信は明日にすることにして再び布団に潜った。


 人は生きている限り人と関わり合ってしまう。関わり合わなければ生きてゆけない。それは例えこのご時世でも止めることはできないのだ。

 もしかしたら今だけではなく、今後はこういう世界になってしまうかもしれない。利便性や安全性を求めてこういった暮らしが普通になってしまうかもしれない。実際に俺を含め人々は他人と会うことへの恐怖を知ってしまった。だから今でも気軽に外に出られないでいる。

 それでも、結局はやめられない。会いたい奴には会いに行くし、行きたいところには遠くだって行きたい。その願望だけは捨てられないし、捨てなくて良いと言って欲しい。

 そんなとりとめの無いことをぐるぐると考えながら、俺は深いまどろみの中に落ちていくのだった。


 明日もきっと変わらない奴らと一緒に、変化した日常を受け入れて生きていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とりあえず狩りにでも行こうぜ! 楸白水 @hisagi-hakusui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ