MAILER-DAEMON@s000.coreserver.jp

mafumi

failure notice

「メーラーデーモンから返事が来たって?」


 僕の話を聞いた持田正和が、何をバカなことを、というように声をあげた。同じゼミ室に居合わせた後輩の広斗恵と大崎ゆかりも、困惑して僕を見ている。


「メーラーデーモンって、エラーメッセージの事ですか?」


 広斗恵が言った。


「そうだよ。俺はそのエラーメッセージにメールを返したんだ。したら、返事が来ちゃって」

「ちょっと何をいっているか、分かりません」


 大崎ゆかりも訝しげに応えた。


「今、見せるから」


 僕はスマホを取り出して、メーラーを立ち上げる。そして、メーラーデーモン空飛んできた最初のエラーメッセージへの返信内容を皆に見せた。


 to : MAILER-DAEMON

 Yuichi_Super@*mail.comのメール

 『真希さんへ 僕は貴女に出会えて良かった。ありがとう!』


 to : Aisaka Yuichi

 MAILER-DAEMON@*mail.comのメール

 『逢坂さん こんにちは! 僕はMAILER−DAEMONです。今日はいたたまれなくなってメールしました。良くいるんですよね、嘘のアドレスを教えられて僕とやりとりをする羽目になる人がね。逢坂さんは失恋したようです。そういうのはとっとと過去に流して、次に進んだほうがいいと思いますよ!』


 三人は僕のスマホを覗き込む。眉間にシワを寄せて互いの顔を見合う。


「逢坂先輩のメッセージがキモいですね。ていうか、何でいきなりシステムメールにお礼言っているんです?」


 広斗恵が言った。


「それは、事情があって……真木さんがさ連絡つかなくなっちゃったくて、ショックだったから」

「はい? ショックで? ほんと意味わからないんですけど?」

「まあ、逢坂が意味不明なのは今に始まったことじゃないが……確かに本当に返信来てるな」


 持田正和がスマホ画面を覗く。


 MAILER-DAEMONは、アドレス間違いや不明等に対してエラーメッセージを返すシステムだ。そして通常、システムが定型文以外の言葉を返す事はありえない。


 何故そんな事になっているのか? 僕はそもそもの状況を思い返す。


 僕は同じ大学の社会学部の別ゼミに、真希ちゃんという好意を持った女子がいた。

 出会いのきっかけは、学部横断の交流会だ。僕はその時一目惚れをして、学部資料のやり取りついでに、彼女が学内で使うメールアドレスを聞き出す事に成功をした。そして、お近づきになろうと、我がゼミのフィールドワークに彼女を誘ったのだ。


 それは、遠回りなデートのお誘いでもあった。

 しかし、連絡をしてみれば、そのアドレスはすでに使われていなくて、かわりにMAILER-DAEMONからのエラーメッセージが返ってきたという訳だ。

 ついこないだまで、彼女のメールアドレスは、僕との資料のやり取りに使っていた。ということは、単順に僕を拒否する為にアドレスを無効にしたのだろう。


 僕は、その悲しい気持ちをどうにかしたくて、メーラーデーモンにメールを送ったのだ。ほんと、バカな話だと思う。しかし、返事が来てしまった。


「そもそも、ゼミのあたしたちが見ている共通メールつかって部外の女子を誘うっていう発想が意味不明ですよ。あたしたち見てるんですよ?」

「まぁ、逢坂の一目惚れ暴走は今に始まったことじゃないけどな」


 広斗恵のと持田正和が好き勝手な感想を述べている。


「もういいじゃん、俺フラれたんだしさー。それよりも、謎なのはメーラーデーモンだよ。この返信は何なんだよ?」


 僕は、改めて今回の事象を彼らに尋ねた。


「しらねーよ」

「どうでもいいです」


 返ってきたのは、極めて冷たい対応だった。うん、薄情な友達だよ君らは。

 すると、傍らで覗き込んでいた大崎ゆかりが言った。


「先輩は、その後、どんなやりとりしたんですか?」

「ん、見るかい?」


 僕は他のメールを見せる。


 to : MAILER-DAEMON

 Yuichi_Super@*mail.comのメール

 『誰ですか、あなた?』


 to : Aisaka Yuichi

 MAILER-DAEMON@*mail.comのメール

 『僕が誰かって? だから、MAILER−DAEMONだって言っているじゃないか。ごくたまに億分の一の確率で、返信することがあるんだ』


 to : MAILER-DAEMON

 Yuichi_Super@*mail.comのメール

 『何の意味があってこんな事をしているんです?』


 to : Aisaka Yuichi

 MAILER-DAEMON@*mail.comのメール

 『なんの意味があるかだって? そうだね、普段の僕の仕事は単にエラーを返すだけだよ。 でも、たまぁにやりとりを見かねて、声をかけるんだ。そういう時は、人生のアドバイスをするんだ』


「……普通にメールしているんですね」

「どう思う?」

「うーん」


 大崎ゆかりは少し考え込んでから言った。


「折角だからぁ、このままやり取りしてみては?」


 その言い方は小馬鹿にした様子で、明らかに状況を楽しんでいるようだった。ちょっとイラッとした。

 ほどなくして、教授がゼミ室に入ってきた。僕らはゼミの定例会合を始めた。


 ◇


 ──折角だから、と言っても何をすればいいものか。 

 大学が終わって一人暮らしのワンルームに帰宅した僕は、退屈しのぎにスマホをいじる。そして、メーラーデーモンに何かを送信すべきか考えていた。

 たしか、彼は「人生のアドバイスをする」と言っていた。ならばアドバイスをもらおうじゃないか。僕は彼にメールを送る。


『メーラーデーモンさん、俺が真希ちゃんと親しくなるにはどうすればいい?』


 すると、しばらくして返信が来た。


『僕の名前は、デーモンじゃなくてダイモンって読むんだ。ダイモンは、ギリシャ神話の神に仕える者で、神霊や精霊の形をとって人と神の間を取り持つ触媒のような存在なんだ。そしてそんな僕からのアドバイスだけれど──真希ちゃんは無理なので諦めたほうがいい』


 薀蓄を交えつつ、思いの外、ダイレクトに夢を壊してきた。 


『は? じゃあ、どうすりゃいいんだ?』


 僕は強めのメールを飛ばす。間髪をいれず返事が戻ってきた。


『もっと周りを見れば? 非モテ日陰の君に好意を持つ人だっているんじゃない?』


 喧嘩を売ってるんですかね。──というか普通にメールでやりとりをしているんだけど、コイツはやっぱり人じゃないのか?

 システムにアドバイス機能があるとも思えない。しかし、僕は彼と、小気味よくメールのやりとりをしている。

 意味がわからないながらも、僕はメーラーデーモンにメールを送る。


『お前が便利な妖精さんだというのなら、俺みたいなモテない男子に好意を持っている人が誰なのか、もっと具体的に教えてくれよ』


 すると、今度は返事が返ってこなかった。


「ったく、 何なんだよ」


 僕は、スマホを放り投げるとテレビをつける。面倒くさくなって、冷蔵庫からビールに枝豆を取り出して、晩酌を始めた。

 しばらく、またスマホにメールが着信した。見ればメーラーデーモンだ。


『これから、君に好意を抱く人物から連絡がある。君にその気があるなら相応の対応をして。その気がないのなら、当たり障りのない返事をして話を終えるといい』

「はい?」


 ──好意を抱く人物だって?

 間髪をいれず電話がなった。僕はビクッとして着信画面を見る。大崎ゆかりからの電話だった。


「大崎?こんな時間に?」


 僕は彼女からの電話に出た。


『あ、先輩?ちょっと聞きたいんですけど、今日ゼミで配布されたレジュメって持ってます?私どこかに落としちゃって、内容確認したいんです』


 それは、極めて事務的な連絡だった。


「え、ああ……ちょっと待って」


 僕は、カバンを漁り、レジュメを探し出す。その内容を彼女に電話ごしに読み上げて伝えた。──その間、僕の頭のなかで、メーラーデーモンの言葉がぐるぐる回った。つまりアイツの言う話だと、大崎が僕に好意を持っているという事になる。


 にわかには信じられない話だった。

 そもそも、大崎ゆかりは出逢ってこの方、僕に色恋いめいた雰囲気を醸し出したことなど一度もない。

 結局、僕は大崎ゆかりと普通にやりとりを終え、電話を切った。

 ただ、その後で僕は一つの仮説をもって、メーラーデーモンにメッセージを送る。


『大崎がさ、俺を好きなら嬉しい』


 メーラーデーモンが大崎かもしれないと、カマをかけたのだ。

 すると、すぐに返事が来た。


『僕は大崎ゆかりじゃない』

「……あっそう」


 大崎にハッキングのスキルなど無いだろうが──って、@*mail.comは、よく見れば捨てアドじゃないか。システムのドメインと全く違う。

 僕は、あまりに単順な偽装に気づかなかった自分に呆れつつ、ある確信をもってさらなるメールを送信した。


『僕がたまたま送信した「ありがとうメール」に前後して、僕はメーラーデーモンのフリをした大崎の悪戯メールが受信してしまった。そして偶然会話が噛み合った可能性を考えている』


 返事は来ない。返信に悩んでいるのか──僕はとどめのメールを送る。


『そして、君は真希ちゃんに執着する僕を振り向かせるためにメーラーデーモンを偽って僕に恋のアドバイスをしたんだ』


 返事が来た。

 今度はメールではなく、携帯のメッセージアプリからで、差出人は大崎だ。


『先輩、普段はバカなんですから、ずっと勘違いしてくれたら面白かったのに。女子の気持ちには鈍いのに、そういうのは気づいちゃうの、何ででしょうね』


 内容は、僕の指摘を認めていた。

 そうして、僕は自作自演のメーラーデーモンの助けによって、身近な人の気持ちに気づくことになった。やはり大崎がメールを偽装していた。初めは冗談のつもりだったが、後に「好き」が暴走をしたのだと恥ずかしそうに言った。

 結局、僕は大崎と付き合うことになった。


 その後、僕は何かに付けて、二人の馴れ初めのメーラーデーモンの話を持ち出して彼女をいじる。

 すると彼女は、顔を真っ赤にして応えるのだ。

「だから! メーラーデーモンじゃなくてダイモンだからね!」

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