最終話
後日、春川の家に線香をあげに行った。
写真の中で微笑む彼は、俺とは似ても似つかなかった。少し目つきが悪いところくらいだろうか。
「先生が、お兄さんに似ていたから、最初はちょっとだけ、話を聞いてほしかったんです。『そんなバカなこと、考えるんじゃない』と、そんな言葉を期待して。まぁ、そうだよなって。それで、納得できるんじゃないかなって」
うがった見方をすれば、
誰も気づいていない自分の殺意に恐怖を感じたのだろうか。
殺意は厄介だ。
気づいたとしても、捨てようと思って捨てられるものじゃない。
殺意を宿らせ、目の前にその人が現れたらどうなるか。近寄らないのが一番だ。
殺意を持たないことは難しい。社会は悪意であふれていて、人を信じることだけでは生きていけない。
ただ、社会には殺意を持ったことが無い人よりも、殺意を持ったことがあったとしても、それを堪えたり、忘れたり、上書きしたりして、行動に移さなかった人の方がずっと多いはずだ。
人の数だけ殺意があり、人の数だけ殺意を乗り越える術がある。
もし、自分の中に爆発しそうな思いがあるなら、誰かに相談してほしい。
きっと、力になれる。力になりたいと思った。
「だから、先生に相談してみて、よかったです。まだ悲しいけれど、たぶん、ずっと悲しいけれど、それでも、生きていかなきゃなって……」
最後の方はもごもごして聞き取れなかったが、それも春川らしいな。
「また何かあれば相談してくれ。俺でよければ付き合うよ。悩みの解決にな」
「……ありがとうございました! 秋田先生」
春川は深く深く頭を下げた。
「いや、あぁ。俺の方こそ、ありがとう」
長年のもやもやが少し、はっきりとしてきた気分だ。
春川に礼を言い、帰路につく。
今日はアイツに会いに行こうか。
久しぶりに、笑ってアイツと話ができるかもしれない。
聞いてくれるか。楽しい話ではないが、君に似た生徒の話を。
病院までの道の途中に、桜を見つけた。
桜は花びらも散って葉桜になって、それでも今日を生きている。
強く、たくましく、生きている。
春川は、きっと大丈夫だ。
俺はどうだろうか。前に進みだせるだろうか。
強く、生きていけるだろうか。
人を殺さずに、
自分を殺さずに、生きていけるだろうか。
完
◆◆葉桜の君に◆◆ ぎざ @gizazig
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