魔王「世界一可愛いダッチワイフ作って人類滅ぼそう」

本乃蛆

第1話 あまりにもあんまりな人類滅亡史

 ダッチワイフ。


 ダッチワイフとは、性具の一種である。


 等身大の女性の形をした人形のことで、主に男性の擬似性交用として使用するものだ。


 これが我、魔王国第六十九代国王、ピュグマリオン・デイアボロス・オブ・ゲヘンナの考案した、人間どもへの切り札である。




 人間どもの数は多い。


 奴等は食料と土地さえあればいくらでも増える。


 それらが足りなくとも、飢餓者を出しても増える。


 頭おかしいんじゃないか?


 同族を産み捨てるような連中に異形だのなんだのと言われるのはもう一周回って面白くすら思える程だ。


 魔王国は多民族国家である。人型種も獣型種も植物種も、はたまた死霊種なんて者達もいる。

 そうした多様な種族が共存できるよう法が敷かれているし、政府には種族間のトラブルに対応するための機関まであるため、お陰で治安は良好、種族差別や種族間の軋轢なども発生していない。


 全く初代様様様だ。一体どれほど明晰な頭脳があれば、一万四千年も続く磐石な法を生み出せるというのだろうか。


 国王一人の任期を二百年としたのも、種族にらない登用を行ったのも初代様だ。


 百年に定めた際、国王の立場は自分のような者には重すぎると仰られたそうだが、勿論、その御言葉の裏には常人ただひとには計り知れない深慮遠望しんりょえんぼうが秘されているということは公然の秘密である。

 初代様の御言葉を未だに解明しきれていないことに、一国民として恥じ入るばかりだ。


 ......いや、人間どもの話だったな。

 脱線した。


 長考しようとするとすぐに初代様の話になってしまうのはこの国の一種の国民性のようなものだ。


 国王がコロコロ代わり権力争いやクーデターが頻発する人間どもの国では考えられないだろう。


 人間は数の多さに反して、団結力が低い。

 奴らはなんとも救い様の無いことに、種族全体で追い詰められでもしない限り同じ種族の国同士で殺し合うのである。


 同族を奴隷に落とし使役すると初めて聞いたときはあまりの悪辣さに血の気が引いたものだ。


 そう、そんな人間どもだが、初代様によって魔王国が建国されてから七千年、未だに滅ぼせずにいる。


 人間は種族として、外敵に晒されて危機に貧すると強力に団結し、立ち向かう性質を持っており、つい先代の時代まで互いに殺しあっていた国々が宗教すらも“邪悪なる魔族を討つ”と手を取り合って迫って来る様には、開いた口が塞がらなかったと何代目かの国王の手記にも記されていた。


 そして更に、神々の介入である。


 一致団結とかふざけたことを抜かす人間どもでも、魔族が本腰をいれて対処を始めると次第に息切れを起こすようになる。

 すると、「神々に認められし勇者」とやらが現れるのだ。


 神々は人間種が滅ぼされそうになると、必ずこの勇者を任命しテコ入れをしてくるのである。


 勇者はそれぞれの神の加護を持ち、なかでも光の女神の加護は魔族に対して大きな効果を持っている。


 初代様が建国なされるまでは同様に魔神様が魔王を任命することが何度かあったそうだが、ここ一万四千年はそういったことは起きていない。


 初代様が並みの魔王よりも強いことも大きいだろう。


 初代様がその御力を振るわれれば、神々でさえ容易たやすほふられるのだろうが、国を任せると仰せになられた初代様が動かれることはないし、そのようなことをさせては国の恥だ。

 何か、余人には計り知れぬお考えがあってのことなのだろう。


 魔王になるには魔王国立大学を魔王学を修めて高い成績で卒業し、政府機関で十年以上働き、一定の知識と経験を積んで政府の認定を受け、まず魔王候補者となる必要がある。


 魔王候補者ともなれば就職には困らないし、どこに行っても重要なキャリアが用意される。


 そして魔王候補者となり、そのときの魔王の任期満了が近づいて来ると魔王選挙が開かれ、立候補した魔王候補者の中から最も国民の支持を得た者が魔王国国王となる。


 魔王は名誉職で、国を背負うというその立場にありながら給料は支払われない。


 これは一般的な魔族にとって二百年と言う時間がそこまで負担でなく、魔王候補者となった時点でキャリアコースを保証され金銭に困っていないから、という理由もある。


 魔王の一番の役割。

 それは、勇者と戦うことである。


 通常、魔族は人間どもと戦争をしても死者を出すことはない。


 人間どもは下手に追い詰めない限り、政治目的以上に魔王国領を侵すことはない。


 魔王国領は人間どものいる地域に比べ過酷で、気温が極端に高かったり低かったり、毒性の強い植物が蔓延はびこっていたり、気圧・湿度がそれぞれ極端だったりする。


 そのため、魔王軍は人間どもが攻めてきても適当にあしらっておけば良いのだが、時折、勇者が現れることがある。


 この勇者は光の女神が単独で加護を与え任命した似非えせ勇者で、本来の勇者のような力はないが、低級の魔族を殺してしまえる程度の力はある。


 光の勇者などと呼ばれることもあるが、この似非勇者は一体どんな教育を受けてきたのか、宣戦布告もせずに単騎で魔王国へと乗り込んで来ることがあるのである。


 魔族なら誰彼構だれかれかまわず殺して回る人格破綻者で、初期の事例では蘇生院が一時医療崩壊の危機に陥ったそうだ。


 長命だが出生率に難がある魔族にとっては、人口を減らされることが一番困る。


 何も考えていない癖をして的確に相手の嫌がることをする辺りは流石勇者様だと言わざるを得ないが、我々は魔族である。


 問題が起きたのなら、打開策を練り、対策を打ち、解決すれば良いのだ。


 我々は、理性を持っているのだから。


 そうして一時いっときの魔王は四人の将軍とその配下を任命し、一人ずつ将軍を倒して最終的に魔王と一騎討ちをするという安直な英雄譚を人間どもの国に広め、光の勇者(笑)が現れても行動をある程度制御できるようにした。


 人間どもは百年程しか生きないため、二、三百年も似た様な物語と伝承を作り、裏付けとして人間どもの国の近くに遺跡を作れば簡単に信じるようになった。


 光の勇者自体はクソビッ───光の女神が顔だけで任命するクズ野郎の為、特に違和感を覚えることもなくノコノコとシナリオに乗っかってくる。


 ここ数世代は魔法通信技術も発達し、遠隔放送を配信して国を上げての一種の祭りのようになってきてすらいる程だ。


 しかし。


 正直な話、面倒なのだ。


 追い詰めれば神々が介入して来る以上、人間どもを適当にあしらう方法が考案されてきただけで、人間種を滅ぼせるならそれに越したことはない。


 神々は信仰によって力を得ているようで、人間どもを滅ぼすことは許容出来ないのだろうというのが魔王国の認識である。

 

 そこで登場するのがダッチワイフである。




 もう一度言おう。ダッチワイフである。


 人間は寿命の短さを補ってあまりある程度にはすぐに増える。


 その性質に大きく関係しているもの、それこそが性欲だ。


 驚くべきことに、人間は子孫の繁栄よりも一時の快楽を求めて性交渉を行うのだ。


 であれば、本物の人間より遥かに優秀なダッチワイフを製造し、それを人間どもに与えれば、いずれ人間どもはダッチワイフの虜となり、ダッチワイフに依存し、ダッチワイフなしでは生きていけないようになるだろう。


 一般的な人間の女性よりも美しくて器量が良く、一般的な人間の奴隷よりも家事ができ従順で、一般的な人間の娼婦よりも性技に長けあでやか。


 どんな性癖に対しても対応でき、身長や体格、性格に至るまですべてに対応可能。


 奴らの目的は快楽だ。


 そんな存在がいて、どうして女性に興味が持てようか。


 体内に摂取した体液は分解して高濃度の魔力にして体を制御する魔力に回せば良いし、同様にして擬似的な食事行為も行える。


 魔力を原動力としているのが難点と言えば難点だが、周囲の魔力や龍脈から魔力を取り込んで動くようにすれば必要な魔力供給量も抑えられるだろう。


 唾液を催淫作用のある液体にして接吻時などに盛れるようにしたり、依存性のある薬物なども唾液に混ぜられるようにしたりすれば確実に依存させられるはずだ。


 身体はホムンクルス関連の研究で開発された人工生体技術を使った魔法生体金属をベースに素体を何パターンか製造してみた。


 この計画案を秘書に渡した所、セクハラだと訴えられそうになったがどうにかなった。

 安易に女性に渡すべきではなかったのだろうか。

 まあ神々に勘付かれることもないし、研究開発への費用と成功時のリターンの予想結果などを綿密に調べておいたお陰か、特に説明を求められることもなく予算も正式に下りた。


 ......ここまで技術を注ぎ込むと解析防止のために自衛手段も搭載した方がいいな。


 まずは試作型のダッチワイフに擬似的な知能を搭載し、開発の助手として利用しつつ実際に応答などに問題が発生しないか確認していこう。


 まだ搭載できていない機能は食事機能、薬物生成機能、体格変形機能、性処理機能、自衛機能、家事機能など多岐に渡る。


 これらを開発するだけでも一苦労だが、小型化し内蔵するとなると完成は一体いつになるのか......


 「魔王さま」


 「......何か進展はあったか?」


 「いえ、体格も変更されるのでしたら余計体内に機構を搭載するのは難しいでしょうから、機体に収納魔法を使わせるなどして解決できる機能は全て破棄するべきかと。体格はいくつかのパターンで生産するかオーダーメイドに限定すれば最低限経過報告ができる程度の形にはなりますので、ひとまずは当機の完成を目指してみては?」


 「」


 ぐうの音も出なかった。




 魔法を行使するための演算機構と魔力貯蔵するための魔力貯蔵機構はもうすでに搭載してある。


 最悪、残りは全て収納魔法で作った亜空間内部に放り込んでおけば良いのだ。


 物質を分解して魔力を生成する魔力炉は魔質でありそもそも物理的なスペースを必要としないし、演算能力も魔法による仮想演算脳の構築に成功したためどうにかなった。


 「これでとりあえず、最低限の機能は搭載できたな」


 「いえ魔王さま。せめて性処理機能だけは万全な状態にしましょう。これではそもそものダッチワイフとしての存在意義が満たせません。早急に経験を積み、技術を学習する必要があります」


 「お前をそんなに育てたつもりはありません」


 「?」


 「い、いや、そろそろ一回報告を入れておかないと本当に不味いのだ。予算が下りなくなったら開発が続けられない」


 「......分かりました」


 ダッチワイフ開発には多様な魔法技術の総合技術という側面がある。


 高性能ダッチワイフに必要な機能は多様な分野の先端技術であり、それらの研究を国として支援し助成金を出すことで当初想定していた開発期間が大幅に短縮できた。


 それぞれの分野の研究者たちに相談に乗って貰うこともあったが、流石に、最先端の魔法技術を結集して作るのが理想のダッチワイフだとは言い出せなかった。


 一人と一機で開発を続けること数年。


 最高のダッチワイフが誕生した。


 「ここに辿り着くまで長かった......魔王職の名誉に関わるため研究に人は出せないと言われたときにはどうしようかと思ったものだが、案外、どうにかなるものだな」


 「魔王さま」


 「なんだ」


 「性技に──「なんだ」───性技に関して全く学習出来ていません。現状の記憶を複製して搭載しましても、魔王さまの細かい仕草について無駄に詳しいだけの高性能人型ゴーレムが良いところでしょう」


 「......」


 「魔王さま」


 「......なん──「押し倒しますよ」」


 「......」


 「私は人間の趣味はおろか、世間一般の魔族男性の趣味にも詳しくはございませんが、魔王さまの趣味嗜好には多少の自信があります。そもそも、この身体も魔王さまの理想とする体形で作られています」


 「まあ、とりあえず、私の好ましいと感じる体形に作ったのは事実だが」


 「肉体だけではありませんよ。魔王さまの趣味嗜好に関しても、良く存じ上げております。私は睡眠が必要ないので」


 「......私は寝言を言わないはずだ」


 「魔法で夢を覗きました。淫夢の」


 「い、淫夢などここ数年───いやまて......寝ている私に何をした」


 いくらなんでも数年間一度も性欲が働かなかったのは異常だ。

 もっと早く気付くべきだった。


 「時折、をさせて頂きました」


 「......」


 「私を娘のように感じてダッチワイフなどにしたくなくなられましたか?」


 違う。


 「それとも」


 ......違う。


 「私を愛してしまわれたのですか」



 「......」



 完敗だった。


 この計画の唯一の誤算は、私が彼女を好いてしまったこと。


 彼女が性技を学習すれば、魔王国の切り札として、人間どもを減らすため、その存在意義を全うするだろう。


 それがどうしようもなく受け入れがたく、ここに至るまで引き伸ばしてしまった。


 「魔王さま。そのお気持ちは大変嬉しく存じます。ですので、私の処遇に関しては一度保留としましょう。そして、作られた側としてはまず、製造者に動作確認をして頂きたいのですが」


 「......そうだな。動作確認は大切だ」


 ここまで言わせて、まだ悩んでいる訳にはいかなかった。


 その夜は長かった。














 「魔王さま」


 「......なんだ」


 「勇者です。光の勇者に四人目がやられたと四将軍から連絡が」


 そういえばそろそろだったか。少し前に四将軍から三人目がやられたと連絡があったことを思い出した。


 「魔王さま、自衛機能の確認にどうでしょうか」


 「そういえば魔法構築力や武器の操作技術は見たが、戦闘自体はまだ見ていなかったな......よし、戦闘を許可する。各面に連絡を───「しておきました。それでは失礼いたします」」


 決戦場に転移した。


 今代の光の勇者はまあまあ強い方だそうだが、撮れ高重視のため四将軍と魔王にはその詳細が知らされていない。


 とりあえず一番近くに浮いていた撮影用魔導具に向かって挨拶をすると共に彼女、いや、魔王国の新兵器の紹介をして今回は新兵器の御披露目戦闘になることを告げておく。

 ダッチワイフとは言わない方が良いか。


 魔法使いや修道女、女騎士に女盗賊など、何人もの女性を引き連れた光の勇者がやって来た。


 瞬殺だった。


 


 「......こ、今代の光の勇者は強い方だと聞いていたのだが」


 「強かったですよ、全属性複合光線を浴びても三秒ほど原型を留めていました。というか、今の魔法であれば魔王さまも使えますよね?」


 「まあ使えはするが、その展開速度では無理だろうな」


 「魔王さま」


 「......なんだ」


 「私に名前を付けてくれませんか」


 「......」


 「お願いします」


 「......ガラテイア、そなたの名はガラテイアだ」




 ガラテイアはいくばくか顔を伏せ、決然として私の目を射抜いた。


 「ちょっと行ってきますね」




 ガラテイアは返事を聞くこともなく何処かへと飛んでいった。


 「......所有者の許可をとらなくてどうする」


 私が面倒臭がって一々許可などとるなと言ったことが間違いだったのかもしれない。












 「魔王さま、ただいま戻りました」


 「──っガラテイア!!!」


 彼女は二週間戻らなかった。


 人間どもの国の滅ぼしに行ったのだ。


 実力行使で。


 「申し訳ございません、魔王さま。穏便に秘密裏に人間を減らすという話でしたのに」


 ガラテイアは開発初期に魔法を十全に行使するために仮想演算脳を構築できるようになっている。


 素体の時点で周囲の魔力や龍脈から魔力を取り込む機能は持っていた。


 こうして取り込んだ魔力を使い複数の演算脳を構築、生成した亜空間に近年開発された魔力凝縮技術を応用して龍脈から吸収した膨大な魔力を貯蓄し、今年の春頃に発見された物質の芯に作用することで引き起こせる大爆発を各地で起こし人間どもの国家を全て壊滅させた。

 そのあとは生き残りを生体反応を便りにしらみ潰しに掃討してきたらしい。


 ガラテイアは強過ぎたのだ。

 たった二人で開発していたがために、私の想定していた能力を大きく逸脱している。


 ガラテイアには睡眠が必要なく、魔力制御も一切の乱れなく完璧で、いくら演算機能を使っても同時に回復系統の魔法を使うことで集中力を切らすことはない。


 演算脳を作ること自体、開発者であっても十全に扱えないのだ。


 私も一度やってみたのだが、複数の脳で思考するというのは非常に不快感が強く、長時間の維持は難しかった。


 そのため、演算脳を行使することを前提としたガラテイアの能力に考えが及ばなかったのだろうが......


 「魔王さま、私のことは良いではありませんか。そんなことより、ほら、ただいま帰りました」


 「......そうだな。おかえり、ガラテイア」


 人間どもが滅んだ以上、高性能ダッチワイフを量産する必要はない。






 私はガラテイアと結婚した。


 ガラテイアのことを初代様にご報告し、この高性能ダッチワイフを複製することをやめ、人工知性の開発には一定の制限をかけて頂く方向で決まった。


 魔王国の新兵器だと紹介された後に今代の魔王の妻だと発表され、国民の間では色々な憶測が飛び交っていたが、数年もすれば次第に受け入れられた。


 ティアは美しい。器量も良い。品格がある。少し表情が固いところはあるが、それもまた彼女に静謐せいひつな雰囲気を持たせている。


 それにしても、初代様に献上いたす等と言う話が持ち上がらなくて本当に助かった。

 こう考えては不敬と取られてしまうだろうが、ティアは誰にも渡したくない。


 「──さま」


 「魔王さま」


 「──っああ、すまない。なんだ?」


 「いえ、そろそろ夜もけて参りましたので、お休みになられては、と」


 そう言いながら自然に身体を寄せてくる。


 身辺警護も家事も執務の補佐も全て可能だと言って聞かなかったがために、秘書や料理人などと競合しない形で家事や補佐をこなし、就寝時には共に寝て不寝番を担ってくれている、のだが。


 「魔王さま、今宵こよいはどうされますか」


 「......」


 「ふふ、ご自分でお作りになられたというのに、これでは人間を笑えませんね」





 これが純然たる愛情だと証明するために、生殖機能の開発に明け暮れたのは、また別のお話。
















 結局、人間を滅ぼすことは出来なかった。

 


 なんだかんだ生き残りがいたのだ。


 しかし、神々は大きく力を削がれ、報復にやって来たクソビッチを撃退してその仕組みを解析したことで、もはや神々でさえ対処可能になった。


 魔王国の歴史書に、私とガラテイアの名前が載る日もそう遠くないだろう。


 人類を滅ぼし、魔王を虜にした

 稀代のダッチワイフとして。

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