無定形の復讐者

デッドコピーたこはち

第1話

 無定形装甲アモルファス・アーマーを纏った一人の男が、廃地下都市ジオフロントに続く竪穴を落ちて行く。竪穴は元々、貨物エレベーターの昇降路シャフトであったが、打ち捨てられて久しく、その名残として腐食して千切れたワイヤーが垂れ下がるのみであった。

『着地まであと10秒、噴射開始』

 翻訳機トランスレーターと呼ばれる無定形装甲アモルファス・アーマーの補助AIが男の脳へ直接ささやいた。それと同時に、無定形装甲アモルファス・アーマー流体金属リキッド・メタルで形成された多目的構造体マルチ・パーパス・ストラクチャー推進器スラスターへと変形し、減速の為に推進剤を放出し始めた。

『3、2、1。着地」

 推進器スラスターによって十分に減速した男は、最下層に落ちていたエレベーターの籠の上にふわりと着地した。

中核ザ・コアへの経路誘導ナビゲーションを開始。このまましばらくはまっすぐです』

 男の脳裏に地下都市ジオフロントの立体地図が投影された。地下都市ジオフロントの中央、元発電所施設の地下に当たる場所には、中核ザ・コアを示す大きな赤点があり、そこから少し離れた所にある地上に通じる昇降路シャフトの根元には、男を示す小さな緑点があった。緑点から赤点へは、推奨経路を示す線が引かれていた。

 経路を確認した男は目の前の鉄扉の間に指をねじ込み、無理矢理にこじ開けた。

 鉄扉の先は巨大な倉庫であった。天井までうず高く積まれた貨物が、この地下都市ジオフロントが破棄された時のまま残されていた。

 男が埃まみれの通路を進んでいると、無定形装甲アモルファス・アーマーが生体探査レーダーと赤外線カメラに何かをとらえた。その情報を元に、翻訳機トランスレーターが立体地図に小さな赤点を3つ追加した。

『12時の方向から3つの生命反応を確認。変性体デナチュレイタ―です』

 翻訳機トランスレーターが男の脳へささやいた。男は足を止め、前方を見据えた。

 暗がりから現れた3体の変性体デナチュレイタ―は人型であった。変性体デナチュレイタ―の肉は溶け、所々白い骨が剥き出しになっている。そのうちの1体には、皮膚組織が強感染性タンパク質によって好き勝手に変えられた為に、耳のような構造物が全身にあった。

 20年前、テロによってこの地下都市ジオフロントにばら撒かれた強感染性タンパク質は、感染した生命体のタンパク質を徹底的に変容させた。感染したあらゆる動物は凶暴化し、他の動物を襲ってさらに感染を広めた。一夜にして、100万人が住んで居たこの地下都市ジオフロントは、異形の変性体デナチュレイタ―となった人々が人々を襲い、変性体デナチュレイタ―へと変える地獄と化した。生きて地下都市ジオフロントを脱出できたのは一握りの人間だけであった。

『戦闘形態に移行』

 翻訳機トランスレーターの仕事は、無定形装甲アモルファス・アーマーが受け取った情報を男へと翻訳することであり、また男の意思を無定形装甲アモルファス・アーマーに翻訳し具現化トランスフォームさせることであった。

 次の瞬間、男の煮え立つ復讐心は電磁加速銃レールガンの形を取り、燃え盛る殺意は3発の徹甲弾の形を取った。男は電磁加速銃レールガンと化した右腕を変性体デナチュレイタ―へと向け、左手を添えた。

『出力70%、精密射撃』

 超音速まで電磁加速された3発の徹甲弾が、3体の変性体デナチュレイタ―の頭部を爆裂させた。頭部を失った変性体デナチュレイタ―は首から鮮血を振りまく噴水となり、地面に崩れ落ちた。

『生命反応消失。お見事です』

 翻訳機トランスレーターは男を称賛した。男は変性体デナチュレイタ―の死体には目もくれず先へ進んだ。


 男は翻訳機トランスレーター経路誘導ナビゲーション通りに進み、大通りへと出た。この大通りはかつてこの都市の目抜き通りメインストリートであった。あらゆる商店がその両脇に建っており、いつも人通りでにぎわっていた。今でも、溢れんばかりの変性体デナチュレイタ―たちが、かつての記憶を懐かしんでか、この通りをふらふらと歩いている。

『迂回しましょう。確かにここを通るのが最短ですが――』

 翻訳機トランスレーターは男の闘志を検知した。

『了解。戦闘形態に移行。常用制限解除リミット・カット。出力220%。連続射撃限界は5回です』

 男は電磁加速銃レールガンとなった右腕を変性体デナチュレイタ―の群れに向け、殺意を解放した。過剰出力で放たれた弾丸は大気の断熱圧縮によって、輝くプラズマと化した。極超音速のプラズマ塊が変性体デナチュレイタ―の群れに直撃すると、大爆発を起こした。爆炎が吹き上がり、轟音と共に黒煙の柱が出現した。着弾地点から離れた場所に居た変性体デナチュレイタ―もその衝撃波によって身体を砕かれ、輻射熱で発火した。

 男は3回の射撃を行い、目抜き通りメインストリート変性体デナチュレイタ―を一掃した。目抜き通りメインストリートには3つのクレーターが出現した。男は炎が吹き荒れる通りのド真ん中に立ち、街の中央をまっすぐ見つめた。男の視線の先には放熱塔があった。現在は封鎖されているが放熱塔は核融合炉の熱を宇宙まで輻射放熱するためのものであり、地下構造体を支えるための大黒柱であった。また、地下都市ジオフロントのシンボルであった。

 あそこに男の目指す発電施設があり、男が破壊しなければならない中核ザ・コアがあるのだ。


 男は堂々と目抜き通りメインストリートを進み、放熱塔の根元、発電施設の入り口へとたどり着いた。散発的に変性体デナチュレイタ―の襲撃に会ったが、電磁加速銃レールガンの射撃で蹴散らした。

 男は発電施設の正面玄関の前に立った。

『電子施錠されています。ハッキング致しますので少々お待ちを』

 翻訳機トランスレーターは男の脳裏に、ハッキングの進捗具合を示すプログレスバーを表示した。だが、男は翻訳機トランスレーターを待たず、正面玄関にぶちかましを食らわせた。チタン合金製の正面玄関は、くの字に曲がって吹き飛んだ。

 翻訳機トランスレーターは男の脳裏に表示したプログレスバーを消去した。


『上です』

 翻訳機トランスレーターが警告した。男が上を見上げると、スライム型の変性体デナチュレイタ―が大量に降り注いでくるのが見えた。

 発電施設の制御室を目指していた男は、変性体デナチュレイタ―の奇襲を受けていた。天井に張り付いていたスライム型変性体デナチュレイタ―が突如として降ってきたのだ。

『格闘武装、チェインソー』

 翻訳機トランスレーターが素早く男の右腕を流動チェインソーに変えた。男は降り注ぐスライム型変性体デナチュレイタ―にチェインソーを振るった。ガイドバーの溝で高速流動する液体金属が、変性体デナチュレイタ―を真っ二つにした。

『出力30%、速射』

 翻訳機トランスレーターは男の右腕をチェインソーから電磁加速銃レールガンに変えた。電磁加速銃レールガンが金切り声を上げ、弾丸をバラ撒いた。弾丸の嵐が変性体デナチュレイタ―の肉を裂き、体液を吹き出させた。数十体のスライム型変性体デナチュレイタ―が純運動エネルギーの猛威によって、ピューレ状の物体になった。

 翻訳機トランスレーターは直前まで待ち伏せに気付けなかった自分に対する男の怒りを検知した。

『お怒りはごもっともです。ご主人サー

 翻訳機トランスレーターは、スライム型変性体デナチュレイタ―が多くの金属を取り込んでいたことと、発電施設からのノイズによって、スライム型変性体デナチュレイタ―の存在に気が付けなかった自らを恥じた。

 翻訳機トランスレーターは、この戦闘におけるデータ蓄積から、生体検知レーダーの発信パターンを最適化し直した。

 男は肉と体液でつくられた赤いピューレを踏みつけて進んだ。


『この扉です』

 男は歪んでいる扉を蹴り開けた。扉の先は発電施設の制御室だった。ガラス張りの壁からはその先にある核融合炉の様子が伺えた。

 男は眼下に広がる発電所の地下空間を見下ろした。核融合炉には下半身が大樹のようになった変性体デナチュレイタ―が取り付いていた。

 巨大な変性体デナチュレイタ―の上半身、その顔には男が知る人間の面影があった。数万人の変性体デナチュレイタ―の融合体が核融合炉の熱を食い、新たな変性体デナチュレイタ―を生み出す母体となっているのだ。これが、男の破壊目標である中核ザ・コアであった。

 翻訳機トランスレーターは男の深い悲しみと嘆きを検知した。男は泣かなかった。男の涙はうの昔に枯れ果てていた。翻訳機トランスレーターはそのことを知っていた。

 翻訳機トランスレーター無定形装甲アモルファス・アーマー流体金属リキッド・メタル一滴ひとしずくだけ、男の頬に流した。男の顎まで流れたその一滴の流体金属リキッド・メタルは、すぐに無定形装甲アモルファス・アーマーに再吸収された。

 男の心に決意が漲った。

『単射、核融合弾頭』

 男の右腕がグレネードランチャーに変わった。その単発式グレネードランチャーには無定形装甲アモルファス・アーマー背部に保持されていた核融合弾頭が込められていた。男は右腕を巨大な変性体デナチュレイタ―に向けた。

 流体金属リキッド・メタルによって押し出された核融合弾頭は、ガラスを突き破り、巨大な変性体デナチュレイタ―の額に突き刺さった。巨大な変性体デナチュレイタ―は何の反応も示さなかった。

『タイマー起動。起爆は20分後です。急ぎましょう』

 男は一度も振り返らず、制御室を後にした。


推進器スラスター全開。脱出まで10秒』

 男は地下都市ジオフロントに侵入した経路を逆になぞっていた。

『3、2、1。脱出」

 男は貨物エレベーターの昇降路シャフト推進器スラスターを使って飛翔し、地上へと帰還した。推進器スラスターを微調整して、男はふわりと着地しそのまま倒れ込んだ。

『核融合弾頭、起爆』

 ズンと地面が揺れた。地面はしばらく揺れ続け、やがて止まった。

『目標達成です。おめでとうございます』

 翻訳機トランスレーターは男の脳裏に祝いの言葉を表示したが、男の虚無感と孤独感を検知し、消去した。男は疲れ果てていた。故郷を消滅させ、生涯をかけた復讐を遂げた男は何もかも失ったと感じていた。

 男は大の字になり、雲一つない青空を見上げた。

『あなたは全てを失った訳ではありません。あなたの命があります。命さえあれば、何とかなります』

 男はぴくりとも動かなかった。

『――それに、私もおります。ご主人サー

 男はしばらくそのまま寝ころんでいたが、やがて立ち上がり、歩き出した。

 

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