1948 年
女に再会したのは二年経ってからだった。
ドイツのその町に戻って来た時、爆撃されて瓦礫で荒廃していた様はすっかりと変貌し、大戦のあったことが嘘のようだった。その街の広場で私はすぐに女を見つけることが出来た。女は一際目立つ美しさで街中の視線をその身体に集めていた。
私は戦時のあの状況下で女を見たので、女を過大評価していたのではないかと疑っていたのだが、そうではなかった。
ポニーテール、白いシャツ、フレアスカート姿で微笑みを浮かべ、赤い自転車に乗り颯爽と石畳の上を走る女はさながら女優のようであり、美しさは全く色褪せていなかった。それよりも肉付きがよくなって更に健康的に増していた。
風になびく輝かしい金髪と、スカートの下のペダルを漕ぐ美脚、ゲルマン人の奇跡の美貌を存分に眺めてから、私は女を追い、声をかけた。
女は自転車を降り、外国人である私をやや強張った顔で認め、周囲を確認してから私を路地へと促した。
チャーリーの手紙を私が取り出そうとした時に女が振り返った。
「あなたで三人目」
たどたどしい英語で女が言った。間近で見る人間離れした美しさに私は思わず息を呑んだ。
「わたし、あなたのこと、知らない。覚えていない」
違う、と訳を説明しようとした私を遮って、女は続けた。
「覚えてるわけない。ソビエト兵、アメリカ兵、沢山。あの時、ほとんどの女が。そうだった。……
私は出そうとした手紙を鞄の中に引っ込めた。
「あなた、アメリカ人? わたし、欲しかった。チョコバー、ビスケット、缶詰。それだけ。あなたの事、覚えてない。あの時だけ。さよなら」
言い終えて、彼女は片脚で地面を2、3歩蹴ってから自転車に飛び乗ると、振り返ることもなく去った。
チャーリーが生きていて、女に再会したならば今と全く同様の言葉を投げつけられるのだろうと私は確信した。手紙を渡したとしても、女は手紙を読まずに破り捨てるだろうと。
チャーリーは怒っただろうか。または絶望し、泣いただろうか。それとも、あの女を抱かずにいたことを悔やむだろうか。
私自身は非常に後悔していた。何故あの時、チョコバーだけで極上の女を抱ける機会をみすみす逃してしまったのか。今、あの時に戻ったならば、あの美しい雌犬をひっつかんで地面に押し倒し、とっとと突き刺してやるのに。
「
唾棄した地面を見下ろすと、可憐なスミレが石畳の隙間で精一杯、葉を伸ばし咲き誇っていた。
私は即座にスミレを靴裏で踏み潰した。
摘みわすれた花 青瓢箪 @aobyotan
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