摘みわすれた花
青瓢箪
1945 年
「すげえ」
足下の野草の美しさに心を奪われていた私は隣にいた男が感嘆を漏らすのを聞き、彼に視線を向けた。
「見てみろよ、あの女」
彼が顎をしゃくって示した先に、瓦礫が転がる道の真ん中をドイツ女たちが歩いてくるのが見えた。
離れた先でも一人の女が際立った美しさを持つというのが分かった。というのは、道の脇に腰を下ろして休んでいる同胞のアメリカ兵たちが全てその女だけに視線を注いでいたからだ。口笛を鳴らす者、声をかける者が居たが、女はやや俯き加減でそれらを無視して歩いている。
「ドイツ女が全てあの女みたいなら、俺はヒトラーのケツにキスして認めてやるぜ。アーリア人が世界で一番美しい民族だってな」
陽光に輝く金髪、すらりと長い伸びやかな四肢。
白地に淡い小花模様のワンピースを風に煽られ、女は体の線を周囲の男たちに無防備に晒していた。私も仲間たちに倣って、じっとりとした目線で女を犯し続けた。女が近づくにつれ、女が目の覚めるようなまっ青な瞳の色を持っているのが見て取れた。神々しいほどの完璧な顔つくりの中、口元に黒子が一点存在しているのが妙に色っぽかった。
胸元の双丘、くびれた細い腰。他の女たち同様に痩せては居たが、物足りないほどではない。彼女の無造作に束ねた淡いブロンドの耳元のほつれや、滑らかそうな二の腕、太腿、歩くたびに美しく筋のすじが入るふくらはぎ、弾むような尻、アキレス腱のくっきり出た引き締まった足首と続く華奢なベージュのヒールまで私は女が目の前を通り過ぎるまで全身を舐めつけて堪能した。
「俺よりデカいぞ、モデルかな」
「ミズーリ州にあんな女は居ない」
「ニューヨーク、いや、全州探しても居ないだろう、あんな女」
「ドイツ女はチョコバーでヤレるって聞いたが、本当かな」
「試してみろよ。出来たら俺にまわせ」
近くに居た数人の仲間と私は軽口を叩いたのだが、チャーリーだけが女の後ろ姿を呆けたように見送っていた。
「すごい。妖精や天使がこの世には居るんだなあ」
* * * * *
その町に滞在していたのは一週間程度だったのだがその間チャーリーはその女を追跡し、持てる限りの食料やその他もろもろをさげて、連日女に会いに行った。
「真面目ではにかみやの娘なんだ。頭も良い。素敵な娘だよ。アメリカには居ない、あんな素晴らしい女性」
結局、その女から返してもらったのはキスだけだったようだが、チャーリーは満足していた。
「終戦したら家に連れて帰る。僕の父と母も彼女を気に入ってくれるはずだ」
チャーリーの実家はカンザスの農場だったのだが、チャーリーは女がその申し出を断るはずはないと思い込んでいるようだった。
その町を去る際、チャーリーは女にカンザスの住所を教え、手紙を書くように話した。その後もチャーリーは彼女との新婚生活を夢見ながら、私たちに彼女の話をうんざりするほど聞かせ、彼女へのつもる想いを何度か手紙にしたためた。
終戦直前にチャーリーは草むらに潜んでいた少年ドイツ兵に手榴弾をくらって死んだ。
虫の息のチャーリーから私は、彼が書いた手紙を女へと渡す役目を引き受けたのだった。
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