桜の花が、咲くころに

桜の花が、咲くころに

 あ、思い出した。

 ママは桜が好きだった。

 なんで、こんな大事なことを、今まで忘れてたんだろ?

 僕は慌ててメモに「ママはさくらがすき」って書いた。ピンクのペンでね。

 そのメモを折って、段ボール箱に入れる。

 箱には、「ママのおもいで」って書いて貼ってある。唯が折り紙で、キレイに箱を飾ったんだ。

 1年で、メモは箱いっぱいになった。


 たまに、メモを読むんだ。

「ママはきれい」

「ママはおこるとこわい」

「えほんをよんでくれる」

 これは、僕が書いたメモ。

「ママはアイスがすき」

「うたがじょうず」

「こうえんであそんでくれる」

 これは、唯の代わりに僕が書いてあげたメモ。

 パパが書いたメモは漢字が多くて読めないけど、何度も読んでもらって覚えちゃった。

「ママは笑顔が素敵だった」

「ママは料理が上手だった」

「ママは子供たちを愛していた」


 桜並木があるから、ここに住んだんだって、ママは言ってた。

「家にいても、お花見できるでしょ?」って。

 今年も、桜はいっぱい咲いてるよ。去年は一緒に見られたのにね。


 ママがいなくなるって、ママのにおいが家からなくなっちゃうってことなんだね。

 最初は、パパも毎日メモを書いてたよ。唯も、「書いて、書いて」って言ってたのに。

 最近は、二人ともメモを入れてないんだ。読んでもいないし。

 僕も、学校が始まってからは、メモを書くのを忘れそうになる。眠る前に思い出して、書くんだ。


 ねえ、ホントにママは、もう帰ってこないの?

 ママに会いたい。会いたいよ。

 もっとたくさんメモを書いたら、ママに会えるのかな。

 去年はそう思いながら書いてたのに。

 たぶん、僕は分かったんだ。ママにはもう会えないって。

 

****************


 久しぶりだね、母さん。

 父さんから動画が送られてきたんだ。亡くなる3日前に庭で撮った動画だって。

 オレが二十歳になったら、見せてほしいって言われたって。


 今、涙が止まらない。

 やせ細って、頭にはスカーフを巻いて。それなのに、笑顔で「私はあなたを産んで、一緒にいられて、幸せだった。ありがとう」なんて言ってるからさ。

 15年前の母さん。

 たぶん相当つらかったのに、苦しんでた様子なんて、ほとんど見た覚えがない。きっと、オレと唯を心配させないようにしてたんだね。

 すごいよ、母さん。ホント、尊敬する。


 それなのに、オレときたらさ。

 大学を辞めちゃったし、バイトも長続きしないし、なんか全然ダメなんだ。母さんが生きてたら、ガッカリしてたと思う。ごめんね、こんな息子で。


 今、思い出箱を久しぶりに開けて、読んでるんだ。

 泣きながら書いたメモ。思い出し笑いをしながら書いたメモ。忘れないように慌てて書いたメモ。

 鮮やかに、鮮やかに思い出す。母さんと過ごした日々も、亡くなってから悲しみを乗り越えようとした日々も。

 父さんと唯と、ワイワイとメモを書いたんだっけ。

 なんだかんだで、幸せだった、あのころは。

 あれから色々あって、オレは家を出ちゃったし、唯は東京の大学に行っちゃったし。

 父さんは、あの家に一人で住んでる。

 最後に会ったのは、いつだったかな。


 もうさ、こんなオレ、生きててもしょうがないって何度も思ったよ。

 でも、母さんの動画を見て、こんなに愛されてたんだって思ったらさ。なんか、もうちょっと頑張ってみようかって気がして。


 今年も、もうすぐ桜が咲く。

 そしたら、久しぶりに家に帰ろう。唯も呼んで、この動画を見せて、みんなで庭で花見でもしようかな。

 母さんの後ろに映ってる桜、キレイだね。

 母さん、オレは、あなたの息子でよかった。

 オレも言いたいんだ。「ありがとう」って。 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜の花が、咲くころに @nagi77

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ