第6話 人生の選択肢に正解はあるのか
あのメールの一件の後、僕らは不思議なくらい何事もなく、残りの旅行の日程は過ぎ去って行った。
僕はたった一歩を踏み出さず、今にとどまる選択をした。それなのに、僕らを隔てる心の距離は一刻過ぎる度に幾億光年程の心理的距離へと様変わりしていた。
取り返しなどつきようのない無限に続く莫大な、誰に責められるようなことの無い無様な負債を僕は変わらないことを選んだが故に負ってしまった。
巡る寺社仏閣の鈍い木造建築は僕を嘲笑し、桜もヒラヒラと僕を嘲笑うかのように散る。
陽光は視界を襲い、僕の途方もない悲しみをただ傍観するのみだった。
僕はそっと舞い散る桜を踏みつける。これはきっと自分に対する諦めなのだ。どこまでも、どこまでも愚かな自分への──────。
「おい、聞いてたのか?」
祐介は僕に声を掛けた。
京都駅の駅構内の地下。溢れる人々を避けるように僕らは壁側に寄りかかって話をしていた。
旅行の最終日、太陽は真上に昇る頃、僕らはそこにいた。ちなみに、啓と誠二はお土産を見ていて、そのため僕らは荷物番をして、それを二人一組で交代制となっている為、僕らは二人が帰ってくるのを待っている。
「ごめん、お前の音域は生理的に受け付けないんだ。それより、僕の足を踏まないでくれない?痛いんだ」
「そうか。奇遇だな。俺もお前の姿を視認できない体質なんだ」
「そうか、それなら仕方ないな」
「だろ」
「ははははは、ははははは…………」
「ははははは、ははははは…………」
「「そんなんで済むわけねぇだろ、このバカが!」」
僕らは年甲斐もなく眉間に筋を浮かべさせ、お互いの足を強く踏み合う。
当然、めちゃくちゃ痛い。一通り互いに報復行為に満足して踏まれた足を軸に背を向け合ってしゃがみ込んだ。
「どうしたんだ?」
僕は祐介に尋ねた。
「いや、お前は元気かと思ってな」
「いやだなぁ、僕はこの歳で湧き上がる欲望が枯れると?」
「そういう意味じゃねぇよ、永世名誉童貞風情が」
「これは僕に対する罵倒ときたか」
「されない対象だと思ってたことに、俺は今世紀最大の驚きを隠せないがな」
「酷い言われようだよ。だいたい、僕の今の倍以上生きる人生がある中で、今だけを見て決めつけるのは、どうかと僕は思うよ」
「安心しろ。お前にそんな時は一生来ないからな」
ハッキリと断言されてしまった。精神面での思い切りの叩き付けに僕は思わず嗚咽を漏らす。
そう。これはいつも通りの変わらない僕らの茶化し合いのはずだった。だが、祐介の表情はいつものそれではなかった。
「なあ、お前は元気がないな」
真剣そのものな表情で尋ねてきた。僕は一瞬ドキッとしてしまったが、顔を取り繕うように努力した。
「何バカなこと言うんだ?頭のネジが全部取れたのか?今は旅行中だよ。頭を釘打ちでもすれば、それはな…………」
「そうじゃない」
僕のおちゃらけた修正を断ち切った。
「お前はあのメール以来元気がない、違うな?」
いつもとは違った、表情には迷いが存在していて、それを隠そうとしているのが見えた。
きっと祐介は僕を心配しているんだ。僕のことをどこまで知っているか分からないが、それでもきっとある程度は察しが着いているはずだ。
「あぁ、________」
僕は僕が自分なりに考えて出した回答を口にした。それが正解か不正解なんて分かりっこなかった。でも、その時僕はそれが確実な正解だと、思えて仕方がなかった。
「そうか」
短くそう済ますと、祐介は遠くからやって来る啓と誠二の姿が見えたのか、立ち上がる。
「交代だ。次は俺らの番だぞ」
そう言うと、これ以上は何も追求されず、お土産を買いに行った。
────────────────────
りの新幹線。自由席ではあるが、平日の昼間なので椅子は確保出来た。
名古屋を出た辺りだろう。窓から覗く景色は大都会から一変してのどかな田園地帯を映し出す。
山は青々として色付いており、目を見開くような速さでその場を通り過ぎているにも関わらず、似たような景色が延々と続いていく。
そんな景色を他所に、僕らは三人がけのイスに座って駅弁を食べていた。
もう一度言おう。三人がけの椅子で、だ。
更に詳しく残すというなら、僕、啓、誠二の三人が椅子に座っていた。
きっと祐介の不在を不思議に思うだろう。
別に祐介をハブったとかそういう陰湿な理由で僕ら三人は京都からの帰路にいる訳では無い。
確かに僕ら三人は一人だけ彼女持ちの祐介という構図は存在するが、それで祐介を妬んだりなどしてハブる等の陰湿な行為をすることは、僕らの友情の前ではありえない。
僕らとの友情は絶対であり、決して祐介が彼女とデートに行ったならば全力で失敗するように仕向けてボコボコにされた挙句、連日連夜に渡る説教と無限のような時間の中で正座で反省文を書かされたというような経験に基づいた生物的本能で仲良くしているわけでは多分ない。
だが、現実は今ある光景が全てだろう。
このように至った経緯を語るには、少し前まで遡ることになる。
「あー、言い出しにくいんだが、俺はお前らとはこれから別行動に入るから」
祐介からの謎の宣言を、僕らは帰りの新幹線に乗るための改札の手前で受けた。
お土産も買い、キャリーケースにそれを詰めて、これから新幹線の乗車券を購入して出発するという時のことだった。
僕ら三人は思考を停止する。いや、しなければならないだろう。それほどまでに、意味の分からない宣誓だった。
「どうしたの、祐介?」
啓は祐介に問い掛ける。その問いは、僕ら三人の総意といって差し支えないだろう。
「聞こえなかったか?俺はお前らとは別行動を取るんだが?」
「えっと…………」
啓は次の言葉が頭に思い過ぎらせることは出来なかった。
「どこに行くんだ?」
言葉を詰まらせる啓に誠二は助け舟を出すために祐介に尋ねてみる。
「とりあえず、日本一周してみようと思ってな」
素っ頓狂な、僕らの予想を遥かに上回る回答を祐介はしてみせた。
僕らは理解に追いつけない。
その証拠に、祐介以外の全員が押し黙り、その発言をした当人の顔をコイツは正気なのか?と見ることしかできなかったのだ。
沈黙の時間。そうではダメだと思い僕は話を切り出していく。
「どうした、お前はいきなり?心が迷子なのか?迷子だったら安心しろ。お前はいつも迷子だ。」
「いや、違うぞ。別に心が迷子ってわけじゃないから安心しろ。俺は今日も正常だぞ」
「可哀想に、頭がもう………………」
「チクショウ!もう少し早く気付いていれば!」
「それは僕らもさ、誠二。僕らがもっと……」
口々に返ってくる悲しみの声に、祐介は困惑の表情を浮かべる。
「おい、俺の扱いが隼人みたいなのは、どうかと思うぞ?」
「おい、僕はそこまで酷くないぞ」
「「すまなかった」」
背後からキレイな裏切りにあってしまった。真の友情とは突き詰めたくなるほどの手のひら返しだった。
常々思っていたのだが、友情の尊さが適用されるのは、心がキレイな人同士だというのがよく分かる。
「まぁ、そんなどうでもいいことは置いておいてだ」
「おい」
祐介の発言は聞き捨てならなかったが、今は放置する他あるまい。
「俺は日本をこの機会に一周するべきだと思うんだ」
「どうしてそうなったかの経緯を説明しろよ」
「そうだな。俺、浪人したろ?」
「ああ、まぁそうだな」
僕は躊躇いがちに答える。確かに、祐介は浪人した。なんでも、第一希望の国立に落ちたことが気に入らなかったのが理由らしい。
僕からすればなんとも贅沢この上ない理由だった。
それはそうではあるが、本人からいきなりそう言われてしまうと身構えてしまう。
「そう警戒するな。俺はいつだってジョークは嫌いなんだぜ」
「だったらなおさらだが?」
ジョークで日本一周すると言うなら分かる。だが、コイツの場合はジョークなどでは無いことは分かりきっていた。
「俺、繰り返しになるけど、浪人だろ。だから、時間がたっぷりあるからさ、この機会に、な。いいと思うだろ?」
「そうだなって、なるわけないだろ!少なくとも勉強しろよ!」
「隼人、お前俺が高校の進路希望表に、将来の夢を何て書いたか覚えてるか?」
藪から棒に祐介は尋ねた。そんなもの、忘れるはずがなかった。
高校三年生の夏休み手前、それぞれの進路の分岐が明確になるであろうこの時期に、コイツはあろうことか『ビッグになる』という一文のみを書いて提出したのだ。
当然、高校がそれを許すはずもなく、祐介の大抵抗虚しく大学への進学という文字を記入させられ、現在に至っている。
「俺、ビッグになるために日本一周しようと思うんだ」
「夢半ばで挫折するようなミュージシャンのテンプレゼリフじゃないか。いいから帰って勉強しろよ」
僕は冷静にツッコミを入れる。らしくないなとも思っているが、そこはきっと旅行の疲れだからだろう。
「若いうちに経験を積んでおきたくてよ」
「言わんとしてることは分かるけど、現実見ろよ」
僕は優しく諭す。普段から上に立たれるのに慣れている分、こういう逆の立場なのは非常にやりづらい。
そんな僕の葛藤も知らないで、祐介は続ける。
「ということで、俺は行ってくるから」
そう言って、祐介は親指を立てて遠くへ行ってしまった。
その後ろ姿は小さくなっていき、そして人混みに消える祐介を、僕らはただ呆然と眺めるのみだった。
「それで、どうするの?」
啓に尋ねられたが、僕らの出せる
「大人しく僕らは帰るか」
僕がそう言うと二人は静かに頷くばかりだった。
以上が、事の顛末だ。事件の首謀者たる祐介は今頃岡山県付近にまで近付いた頃合であろうか。
そんなことを思いながら、ご飯を食べていると、祐介から電話の着信が見えた。
二人に断りを入れて僕は席を立って列車の端の方に行く。
『今元気にしてるか?』
電話から陽気な声が聞こえた。
「女の子の声じゃないのに、どうして僕が元気になると?」
「つくづく酷い奴だな。俺たち友達だろ?」
「友達を放ってどこかに放浪する奴って、友達の定義にそぐわないと思わないか?」
『彼女がいるってだけで常に殺される恐怖に晒され関係も友情って言うのか?』
「友情だろう」
僕はあっけらかんと答えた。何を言っているのだろうか?誰か一人だけが幸福に至るなら全力で妨害する。それが友情だと思うね。
僕一人だけが幸福に至る場合?全力で逃げるよ。どって怖いし。
『お前は一生友情について語るなよ』
祐介が額に手を置いているのが簡単に連想できた。が、五十歩百歩だ。それは僕のセリフでもあることを忘れないでほしい。
『そんなことよりもお前、俺が送ったニュース見たか?』
「すまない。男からのメールは非通知にしてるんだ」
『そしたらお前はメールを全て非通知にしてるんだな』
「チッ!」
僕は大きく舌を打った。コイツは嫌なところで勘が働くから怖い。
「待て。今見るから」
そう言って僕はメールを開ける。
「祐介、てめぇ」
僕は思わず恨み節を吐いてしまう。顔は見えないが、きっと祐介は憎たらしい笑みを浮かべているのは間違いないだろう。
アイドルグループのデビュー、そしてライブの公演のスケジュールが書かれてあったが、スケジュールに問題がある訳では無い。
問題は、アイドルグループの方にあった。
平時であれば、興味のないニュースであっただろう。だが、今回ばかりはそうはいかせてはくれないらしい。なぜならそう。僕が恋焦がれている
チキンな僕の恋心 MASAMUNE @masamune-sanada
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