第4話 平穏なる京都観光
朝だ。眼下に広がる光景がそう語る。
日光が視界を狭め、日は昇っていく。
人の往来は雑音を生み出し、まるで無計画のようにあちらこちらで様々な音が聞こえ、僕の起きたての脳をクラクラさせる。
僕はボーッとするのを止めて、起き上がろうとする。が、動くことが出来ない。
これはどうしたことだろうか、金縛りにあったのか。いな、そうではなかった。
手足に縄の様な感覚がある。
僕は自分でも惚れ惚れする名推理を生み出した。
きっと、僕を好きな女の子が僕を好き過ぎたが故にこうしているのだ。
仕方ない。ここは、乗ってやろう。
そう思っていたら、足音が聞こえた。
僕はそっと瞼を閉じた。女の子が僕に爽やかなキスをするのだろう。しかも、手足を縛られている僕にだ。
ちょっと興奮してきたね。
だが、待っても女の子は何もしない。
僕は不思議に思って目を開ける。すると、見慣れた奴がいた。
「なんだ、祐介か。僕は今可愛い女の子からの爽やかな目覚めのキスを待ってるんだ。男はお呼びじゃないぞ」
僕は手でしっし。とやってみせた。
「お前に待ってるのは、そんなもんじゃなくて、むさ苦しい男によるグーパンチだけどな」
それは明らかに対義語もいいところだった。
そして、怯える僕に迫る祐介。そこからの光景は、あまり語りたくはなかった。
「で?反省したか?」
一通り身動き取れない僕をボコボコにして、祐介は僕を見下ろした。僕は床に横になり聞くしかなかった。
出来れば、女の子のスカートの下に横になりたかった。と、言ったらまた殴られた。
言論の自由が僕らの間では無くなっていた。
「それで、反省って?」
僕がボコボコにされたのは、僕が夢見るピーターパンだったのだから仕方がない。
永遠の少年は裏返せば永遠の思春期なのだから、エッチなことを考えるのは致し方ない。
だが、祐介はそれは違うと答えた。
ただし、お前は永遠のピーターパンではなく、永遠の童貞なだけだと返された。
俺じゃなくて祐介が反省してほしい。
「そしたら、思い当たる節はないぞ」
「そうか。まぁ、正解は、お前がチキンなエピソードを語ってその後すぐに俺らが目を離した後に寝て、今起きたことだ」
「しかたない。生理現象だし」
僕は素知らぬ顔でそう言ったが、薄々感じてはいた。時刻は八時半。ちなみに、出発予定時刻は八時半。
余裕で遅刻していた。
「言い残すことはあるか」
遺言を求められた。だが、僕は頭を働かせた。
「いや、急いで用意するよ!今大事なことは僕の始末よりも早く用意して、早く遊びに行くことだろう。な、啓に誠二も言ってやってよ!」
そう言って啓と誠二に助けを求める、が、視線が痛い。
二人はコンビニで買ったおにぎりを片手に祐介と並んで僕を見下ろした。
文字通り、四面楚歌だった。
「だからって寝てる人間にそれはちょっとな」
僕はロープを見ながら、孤立してもなお、助けを求めた。が、それを見てもなお、三人はニヤニヤしていた。性格がひねくれてやがる。
「ちなみに、お前の態度次第では…………」
そう言って僕に見せたのは“スマホ“だ。僕のスマホである。
「どうするっていうんだ?スマホを開けて僕に変なことするっていうのか?やってみろよ!テメェらのチンパンジーみたいな頭捻って僕のパスワードを開け…………」
言葉が詰まった。見慣れたスマホの待ち受け画面が視界に現れていた。
訂正。僕にプライバシーを厳重にする権利をください。
「ちなみに、お前らもか?」
僕は二人の顔を見ると、何の躊躇いもなく、首を縦に振った。
再度訂正。そもそも僕にはプライバシーという概念すら存在しなかった。
「はぁまぁいいだろう。」
そう言って祐介はつまらなさそうに僕のスマホを僕の元に置くと二人に僕の縄を解かせる。
「ん?案外すんなりと許すのか?」
拍子抜けだった。祐介はまるで俺が仕返ししないと決めつけているようだった。
僕は解いてもらった恩を仇で返すために立ち上がり、拳を握りしめて殴ろうとすると、そこにいた三人がいなかった。
不思議に思い、正面をじっくり見ると、玄関に三人がいた。
「「「それじゃあ、先に行ってくるわ!」」」
三人はリュックをしょっていた。
あ、ここまでが一連なのね。
京都駅のバスターミナル。
京都を縦横無尽に走るバスの一大拠点であるそこには、老若男女、人種といった様々に垣根なく集まるその場所に、一人場違いな男がいた。
息を絶え絶えにしながら、目を血走らせ、大汗をかきながら、顔が赤い。
「どうした?そんなに血走らせて。可愛い女の子に会えたのか?」
何事もなく誠二が尋ねた。
「出会えて……たら…、お前ら…………と、合流してねぇ…………よ」
僕は弱りきった声を出しながら、水を喉に通していった。
僕は結局チェックアウトを済ませてスマホで指定された場所、つまり京都駅のバスターミナルに行ったのだ。一人で頑張った俺に奢りを奴らに後で要求しよう。
というか、僕の認識が今更ながら最低をだった。尊厳をここまで喪いかけてる人間もそうそういないと考えれば、レア感が湧いてきた。後で涙をこっそり拭きたい。
そんなこんなで、息を整えて、調子を取り戻すことができた。
バスはあれから数分で来たのでそれに乗って、無事全員一番後ろの席に一列で座ることに成功した。
「銀閣寺行った後はどうするんだ?」
「今それを考えているところ。」
全員の疑問であることを誠二がパンフレットとにらめっこをしている祐介に聞く。基本的に旅行の行先は朝初めに行くところ以外はノープランだったりする。
だからこそ、祐介にはその後のスケジュールを管理してもらったりしている。
「それもそうだが、僕はお前らと違って朝飯食ってないんだ、何か食いに行きたい」
「「えー」」
「まぁいいんじゃねぇの?お前のおご……」
誠二だけが寛大な心を持っていた。一瞬感動したが、ぐぅーという腹の虫が鳴った。音の主は誠二だった。
すぐにこいつがただの大食いであることを思い出してしまった。
こいつ、もしかして、朝飯の続きを俺の奢りで済ませる気だろうか?
「銀閣寺の近くに何かしらはあるだろ。そこで適当に決めろ」
祐介はそう言って再びパンフレットと睨み合いを始めた。
そうこうしているうちに次のバス停が銀閣寺であるアナウンスが流れる。僕らは降りる支度をして運賃を用意する。関東しか知らない三人は運賃が後払いなことに驚いていたが、僕からすればこっちの方が落ち着く。
バスを降りると銀閣寺への道順を唯一記憶している祐介を先頭に歩き始める。周りにはあまり人がいない。
道を1つ渡った先に蕎麦屋を見つけて僕らはそこへ入った。
中々に、歴史のありそうな蕎麦屋だった。
こういう店はなぜか僕は雰囲気で負けてしまう。
気負いすぎる。というのも変な話だが、なぜかいつも以上にマナーとかしきたりにより繊細になってしまう。
だが、僕はなけなしの平静さをもって、
「つゆそば一つ」と言った。
横に座る誠二の様子を見た。
「ラーメ………。同じのください」
まさかこいつ、ラーメン屋だと勘違いしていたのか?
僕は怖くて、触れないようにした。
蕎麦が届いて、僕らが麺を啜っていると、何も注文しなかった祐介が気だるげに言った。
「金閣寺でも行くか。」
「少し離れてるが、いいかもな」
「OK」
「おけ」
特に吟味することなく、僕らは合意した。
「なら、ちゃっちゃと食って行こうぜ。」
そう言って祐介は立ち上がった。
銀閣寺。名前だけならおよそ知らぬ者は国内にはほとんどいないその建物は、銀の要素をおおよそ揃えていない。
似たような名前の金閣は金なのに、銀閣は銀ではない。有名な話だが、子供の頃は何とも肩透かしを食らったものだった。
歳を重ねた人ならまだしも、まだ二十歳にも満たない僕らにとっては渋い建物だ。わび・さびや、奥の深さがいまいちピンとこない。
湧き上がる言葉は感動には至りづらい。が、なぜか、綺麗だなとは思っている。
それは三人も同様で、僕らは顔を見合わせて、先に進んだ。
「案外歩いたな。」
入場券売り場の出口から出て来てみると、以外と歩いていたことによる足の疲れが感じられた。特に受験やらなんやらで動かなかった分のなまりもあるのだろう。
「金閣はこれよりもっと歩くのかな?」
啓が疲れたように言う。
「分からないけど、同じぐらいなんじゃないか」
僕が軽く見積もりを返す。
「目安としては同じぐらいだな」
祐介はそれに正確な解答にして返す。
「そんなことより、先に腹ごしらえしとこうぜ」
誠二は一人どうでもいいことをぼやく。
バスを待つ時間は長いものだった。だが、テンション変わらずバス停で次のバスを待っていられるのは、この四人組の相性がいいからだろう。
大分前に祐介から、デートでオリエンタルランドに遊びに行くと待ち時間の二時間とか三時間の間の会話が持たなくて目茶苦茶つまらないという話を聞いたことがある。
あっ、やっぱり訂正だ。
僕らはある
そうに決まっている。一人だけ幸福を味わう奴は敵だった。
僕は他者が幸せで僕が幸せでないのが許せない。
ちなみに、逆のパターンは僕は許容したい。
後で、アイツを何かしらで攻撃しよう。
彼女持ちは死すべきなのだ!
「その彼女持ちにお前はなろうとしているんだろうが!」
「ぐふぅっ!」
軽い腹パンをくらう。突然のことで酷い嗚咽を漏らした。
「どうして……気付いた?」
「全部口に出ているぞ。」
はぁ。とため息をつきながら祐介がいい、あとの二人も頷いた。
「バカもここまでくるとヤバイな」
「誠二。お前にバカは言われたくない」
「いやいや、隼人はバカがすぎるんだよ」
「啓、俺はあくまでもバカを装ってるだけだ」
啓はいいとして、誠二にもバカと言われてしまった。心外だ。僕が一番こいつらのなかでは学力は高いのに。
「ほらバス来たぞ。」
祐介が僕らを尻目に乗り込んでいく。
こんな調子でも、僕にとっては今が一番過ごしやすいのが恨めしい。
しかし、こんなのも音を立てて、軋み壊れる時が来るのだ。
僕は変わらないことがどれだけ愛しく、心地の良いものであるのか。その時はその事を理解してはいなかった。
それは、僕も、啓も、誠二も、そして祐介も、知らなかった。いや、目をつぶっていた。
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