第5話 メール
「聞いてねぇぞ、こんなに遠いなんて」
誠二が座席に座りすぎて痛くなった尻を撫でながら言った。
「金閣と銀閣ってこんなに遠いのか」
計画をたてた祐介もかなり疲れていた。
「僕は言ったぞ、少し遠いって」
僕は確かに言ったが、賛成したのは僕も同じだった。つまり、ここでは僕の発言は意味を持たなかった。
発言権がないのはいつもだろ?と思った読者諸兄におかれましては、口を閉じておいて欲しい。事実は時にナイフよりも鋭く残酷だから。僕のプレパラートじみた心を傷付けないように!
「とにかくちょっと休憩しようぜ。」
僕の精神の主張を興味なさげに誠二はそう言って暖簾をくぐり、飯をくぐって、お茶を飲んでやすむことにした。
ちなみに、全員疲れていて、何もさしたることはなかったので割愛する。
金閣。建物全体に金を貼り付けており、先程行った銀閣とは对をなしている。
鹿苑寺という寺の一部らしいが、歴史を深く学んでいない僕にとっては金閣は金閣。それで十分だった。
池が鏡のように金閣を照らす。
僕はその光景をじっと見入ってしまった。
空は晴天と呼ぶべきほどに青く、日光が金をより目立たせる。
そのあまりの美しさに僕は思わず感動を覚えた…………と言いたいところだが、残念ながら僕らにはそんな感受性を求められても困る。
単純に、金ピカで綺麗だなー。と思った。
それ以外思い浮かばなかった。
僕の持論としては言葉が湧けば湧くほど、感動は薄れる。という自覚がある。だから、シンプルでいいのだ。
僕らが読むちょっとアダルトな本だって、感想に山のような量の言葉を費やすよりもただ一言、エロい。や、最高だ。という言葉の方が迫真さが残る。
だが、
「「「キレイだなぁ」」」
三人が一斉に言った。
やったね。僕の方が一単語多い!
僕は前述を軽く無視する。いや、なかったことにしようと思う。
悠長にまったりしながら眺めていると、人の波が押し寄せてくる。
外国人のツアー客だ。銀閣の時はあまり気付かなかったが、僕らが眺めているだけでも二グループ程が通って行った。
僕らも満足したのか、はたまた集団心理に引っかかったのかは分からないが、先へ進むことにした。
「ここも広いよなぁ。」
そう言われて僕らは足を止める。見渡せば金閣を中心に観光のためのルートが設定されていて、啓が言うようにその広さがよくわかる。
「折角だし、ここで写真でも撮るか!」
珍しく誠二がまともなことを言う。確かに、写真を撮っていなかったので、記念に一枚は取っておいた方がいいだろう。
「そうだな。」
祐介はそう言って、続ける。
「啓と誠二は先にカメラ位置に先についておいてくれ。そしたら隼人は…………」
「あー、スマホでしょ」
僕のスマホは皆のよりも比較的新しめなので画質が良い。だから、大体の写真は僕のスマホから撮る方がいい。
僕はポケットからスマホを取り出そうとすると、
「四つん這いになって椅子になれ」
「はいよ……って、ちょっと待て!」
僕は祐介の肩を掴んだ。
「本気で言ってんのか?ここ砂利道だぞ?砂利で僕の足にダメージが大量に与えられるんだぞ?」
「まるで砂利道じゃなくて普通に舗装された道なら大丈夫みたいに言うんだな」
あっけらかんと祐介は言い放った。
「それでも嫌だよ!大体、僕が椅子になったところでほとんど意味ないだろうが!」
「何を言う。俺の腰が休まる。メリットしかないじゃないか」
「僕の身体は休まるどころか大ダメージを無意味に与えられてるけどな!」
「そこまで言われるなら諦めてやるよ。早くスマホを寄越しな」
嘆息を吐いてそう言う。遠くから見ていた二人も同じようにする。いつも思うが、僕だけアウェイなんじゃないだろうか。
祐介は僕のスマホを受け取ると、写真を可愛いお姉さんにお願いしに行った。
最初からできるならそうして欲しかった。
というよりも、あの気軽に女性に話しかけれる能力はどうやったら身に付くのだろう。コツだけでも教えてもらってから後で絞めよう。
そんなことを考えているうちに「いいですよ」とOKをもらった祐介が僕らのもとへ戻ってくる。
お前とあのお姉さんが交換でも良かったんだけどな。と言おうと思ったが止めた。祐介が僕の隣りに来たから、それも無粋に感じた。決して、後が怖いからという情けない理由ではない。
「じゃあ撮りますね」
そう言ってお姉さんはカメラのシャッターを切って、撮り終えた
祐介がスマホを受け取りに行くと同時に女の子と楽しそうに会話をしていたのが見えた。
前言撤回だ。コツを教える前にもう暗殺しちゃうか。僕ら三人がそう思った。
僕らは撮り終えた写真の出来を見るために、四人で画面を覗き込んでいると、突然僕のスマホが鳴った。普通によくあるLIMEの通知音だったのだが、
「っ!?」
美憂 【久しぶり!元気にしてる?】
それはあの金の建物すら頭の中から吹き飛ぶくらいの衝撃を僕らに与えたのだ。
僕はその名前を知っていた。いや、頭からこびりついて離れないのだ。
そう、相手は
スマホに映ったのはおよそ一秒か二秒だ。だが、感覚では永遠に感じれた。
だが、そんな余韻に浸る訳にもいかなかった。
周りの三人の目が、恐ろしく感じた。
─────────────────────
あの後何事もないように金閣寺近くの龍安寺、仁和寺を回り、時刻は三時を超え、そろそろ太陽も露骨に沈みかけてきた。
その時、僕らは京都駅に戻り、近くのカフェでお茶をしていた。
コーヒーの香りが鼻に来る。
甘党の僕からすると、コーヒーの香りはいい匂いだが、思い入れというのはそうないが、コーヒーが好きな啓と祐介はその匂いがまたいいそうだ。
二人は一応彼女がいた。
もしかすると、コーヒーを飲めると彼女ができるジンクスでもあるのか?と馬鹿なことを考えてもいられなかった。
「それで、お前はまだ返信してないのか?」
祐介が金閣できた通知について聞いてきた。
僕はバツが悪そうにうなづいただけだった。
「だってなぁ。どうしたらいいかもわからないし」
偽らざる僕の本音だった。
すると意外なところから弾丸が飛んできた。
「そんなもん、元気だよー。とか、そっちは?とか無難に返せばいいんじゃね?」
声の主は誠二だった。
「お前…………」
具体的なアドバイスだった。僕は一瞬感動したが
「いや、お前も彼女いたことねぇよな」
世の中とはかくも残酷なものだった。
「とにかく一言返したらいいじゃん。」
祐介に言われて一応、やってみることにした。
誠二は、「どうして俺がダメで祐介の言うことは聞くんだよ」と、ぶぅ垂れていたが、ごめんよ。
でもな、お前と祐介なら、殺意は別として、女関係なら1ミクロンは祐介に軍配が上がるんだ。
と、心の中で謝辞を入れておく。
ついでに、祐介にはお礼として肘パンを入れておいた。
お返しにホテルに戻っての拷問が用意された。
誰か、僕に優しさをください。
適当に復活して僕は深く息を吐く。そんな僕を見て、啓は言った。
「ともかく、決心して送ってみれば?」
「……そうだな」
啓に促されて僕は一言“元気だよ。そっちは?“とだけ返した。
僕はそれを送った時、やるせない気持ちになってしまった。
もちろん、誰かに提案された文面で送ったことにも感じた。しかし、問題はそこではない。
当たり障りのない返事。他にも色々な言葉が頭の中に列挙された。だが、僕はそれを選んだ。
何故だかは分からないが、そう選んでしまった。
僕なりには、心を込めたつもりだった。だが、そんな言葉しか返せない僕は自身を愚かしく思い、またそう返信するしか出来なかった僕自身が作った、けれど壊せない美憂との間にできた時間という溝を意識せずにはいられなかった。
僕はとても、悲しく辛くなった。
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