AIの使者

デッドコピーたこはち

第1話

「お会いできて、全然嬉しくありませんわ。ご主人さま」

 玄関のチャイムを聞いて、ドアを開けると、目の前に大きな鞄を持ったメイド姿の少女が立っていた。その少女はこの築50年の安アパートには似つかわしくない絶世の美少女だった。肩できっちりと切りそろえられた金髪はシルクの様に滑らかで、ぱっちりと開いた両目には蒼玉サファイアがはめ込まれているように見える。理想イデアを体現したような彼女の顔立ちは完全な線対称だった。私は一目で彼女がアンドロイドだとわかった。

「は?」

 造られたものだとわかっていても、彼女の風貌は見ているだけで目の保養になる。だがしかし、私は彼女に『ご主人さま』などと呼ばれる筋合いはない。彼女は最高級ハイエンドのアンドロイドだろう。特注品オーダーメイドかもしれない。となると、彼女は高級車が買えるほどの品ということになる。安月給で8畳間に住む私には縁もゆかりもない品だろう。

「岸辺凛さまですね?私こういうものですの。マリィとお呼びくださいませ」

 マリィと名乗るそのアンドロイドは、私に一枚のカードを渡し、その古式ゆかしいロングスカートをつまんで深くお辞儀をし、カーテシーを行った。

「はあ」

 私は手渡されたカードをよく見た。カードの表側には『マリィ・ファントチーニ HFVM-S-774f』と書かれており、裏側には修理や不具合があった時の問い合わせ先と共に『桐井奈緒より 愛を込めて』と書かれていた。

「そういうことですから。不束者ですが、お世話になります。まあ、世話をするのは私なんですけどね。へへ」

 マリィは笑いながら、私の脇を通って部屋の中に入ろうとした。

「待って、待って!奈緒からは何も聞いてないよ」

 勝手に部屋に入ろうとしたマリィをボディブロックしながら、私はいった。

「でしょうね。秘密サプライズでしたもの。あの、いい加減中にいれて下さりませんか?脚が疲れてきましたわ」

 マリィはわざとらしく自分のふくらはぎを擦る仕草をした。

「疲れないでしょ。アンドロイドなんだから……」

「気持ちの問題ですわ」

 マリィはすまし顔でしれっと言い放った。

「なんだコイツ……」

 マリィは街中でよく見かける愛想が良い接客用アンドロイドとはかけ離れていた。こちらの行動に対して反応するのではなく、自分から積極的に働きかけてくる。しかも、ぐいぐいと。私はこんなアンドロイドに会ったことはなかった。まるで、本物の感情があるかのようだ。

「あら、配達員さんがいらっしゃいましたわ。私が受け取りますね?」

 マリィが右を向いていった。こちらから配達員は見えないが、勝手に荷物を受け取られるのは困る。

「ちょっと、ちょっと待って」

 私は慌ててサンダルを履き、玄関から出た。だが、どこにも配達員の姿は見えなかった。

「隙アリ!」

 マリィは一瞬の隙を突き、電光石火の速さで靴を脱いで私の部屋へと突入した。

「あっ」

「お邪魔します!あらまあ、そこら中にビールの空き缶とスナック菓子の空き袋が!随分すさんだ生活をしていらっしゃるんですね。奈緒さまの想定通りですけど。仕事のし甲斐がありそうですわ」

 マリィは自分の鞄を畳の上に置きながらいった。

「……嘘をつくアンドロイドなんて信じられない」

 私は玄関を閉め、自分の部屋の中へと戻った。アンドロイドが人間に嘘をつけるなんて知らなかった。ロボット三法則……とか何とかで禁じられているのではなかったか。

「私をそこらのアンドロイドと一緒にしないで頂けますか?私は300年以上の歴史があるファントチーニ社の全特注フルオーダーメイド最高級ハイエンドメイドロイドですのよ?嘘をつくなんて朝飯前。こんなものではありませんわ。『メイドロイドはいつも嘘をつく』ほら、自己言及パラドックスもなんのその!」

 マリィは胸を張っていった。

「さらにさらに!耐荷重は驚異の4 t!象が2匹踏んでも壊れない。防弾レベルはⅣ以上!フルロード弾からでもご主人さまを守れますわ。耐用年数は120年。あらゆる評価基準で世界最高峰の性能を持つメイドロイド。それが私ですわ!その私がご主人さまの世話をするのです。その幸運を光栄に思うべきですわ。ご主人さま」

「君……図々しいって言われない?」

 私は半ばあきれ顔でいった。

「はい!そのように設計されましたから!」

 マリィは満面の笑みでいった。

「ええ……自分でいうの?」

「でも、好きなのでしょう?」

 マリィは口元に人差し指を当て、いたずらっぽくいった。

「図々しくて、自分勝手で、押しの強い金髪碧眼の美少女が。そう奈緒さまから聞いておりますわ」

 マリィは流し目を送ってきた。確かに……好きだ。図々しくて、自分勝手で、押しの強い金髪碧眼の美少女が。直接、奈緒にいったことはなかったはずだが、いつの間にか自分の性癖を知られていたらしい。

「……で、結局のところ君と奈緒はどういう関係なのさ」

「まあまあ、お座りになって。積もる話もありますから」

 マリィは畳の上に散乱したゴミを押しのけ、ローテーブル――冬はこたつになる――の前に正座して座っていった。まるでこの部屋の主人であるかのように。いちいち、ツッコんでもいられないので、私はおとなしくマリィの対面に座った。

「私はファントチーニ社製高品質メイドロイド、マリィ・ファントチーニ。私は、奈緒さまの要求によって造られ、ご主人さまのお世話をする様にプログラムされています。奈緒さまの遺書によって、正式に奈緒さまからご主人さまへと相続されていますから、私はご主人さまの財産でもあります。よろしくお願いいたしますわ」

 マリィは改まっていった。

「ちょっと待って、奈緒が君を造った?いつ?」

 奈緒と私は恋人同士だった。3ヶ月前、容体が急変した奈緒が入院し、……やがて命を落とすまで、仕事に行っている時間以外は、ほぼずっと一緒にいたのだ。奈緒が特注のアンドロイドを発注している気配などなかった。

「一年ほど前ですわ。ちょうど奈緒さまが神経硬化症候群と診断を受けた頃です。奈緒さまはその頃から既に自らの死を予感しておられました」

 科学が進歩し、人間とそっくりなロボットを作りだせるようになっても、人類は全ての病を克服できた訳ではなかった。神経硬化症候群はその一つで、新たに見つかった原因不明の難病だった。根本的な治療法はなかったが、対症療法を根気よく続けて行けば――そして運が良ければ、平均寿命まで生きることもできる。そんな病気だった。

「奈緒さまは、自分に残された時間のことより、生活力皆無のご主人さまの事を気にかけていらっしゃいました。『わたしが居なくなったら凛が一人で生きていけるとは思えない』そう言っておられました。故に、自身の死亡保険金と財産のほとんど全てを使って、私を製造したのです。残されたご主人さまの為に」

「死亡保険金なんて、どうやって」

「ファントチーニ社は『人に寄り添う』がモットーですわ。奈緒さまの考えを知ったCEOは、死亡保険金の受け取りによる支払いを特例として認めました。奈緒さまは、ご主人さまには現金よりも寄り添える存在が必要だと考えていたのです」

「そんな……奈緒」

 奈緒がそんなに私のことを考えて行動していたなんて知らなかった。ベットに横たわる奈緒のやつれた顔を思い出す。奈緒は延命治療を望まなかった。それも、私の為だったのだろうか。私は何も知らずに、呑気に彼女の死に傷ついていただけだった。

 視界が歪んでいく、ぽたぽたと雫がローテーブルの上に滴った。

「ええ、ですから。これからは、私が奈緒さまの代わりにご主人さまと一緒にいます。大丈夫です。何の心配もいりませんわ!」

 マリィは満面の笑みでいい、私の肩に手をかけた。私はその手を振り払った。

「君は奈緒の代わりになんてならない!誰も!君にはつくりものだ!魂もない、人間のニセモノの癖に!」

 私は泣きながら怒鳴り、空のビール缶を投げた。ビール缶は壁に当たって高い音を立てた。だが、マリィはひるまなかった。

「魂がなくとも、私は奈緒さまが遺した愛そのものですわ。奈緒さまは私に言いましたました。愛とは必滅の我々が残せる不滅さのひとひらだと。だから奈緒さまは私を使者として遣わすのだと。私を受け入れてください。ご主人さま」

 マリィは私をまっすぐ見据え、真剣な面持ちでいった。

「君に、奈緒の何がわかるんだ!」

「わかりますわ!奈緒さまと私はお友達でしたもの」

 マリィは自分の胸に手を当て、目をつぶりながらいった。

「お友達…?」

「半年以上に渡ってご主人さまをどのように扱えば良いのか。レクチャーを受けましたから。私たちはとても仲良くなりましたわ。奈緒さまからはいろんな話を聞きました。ご主人さまと一緒に行った旅行の話や日常の何気ない会話、どこにいってなにを食べたのかも。ご主人さまのどんなところが好きで、嫌いなのか。奈緒さまとご主人さまが知り合った初めての事も聞きました。奈緒さまが帰り道の途中、酔いつぶれて電信柱に喧嘩を売っているご主人さまを見つけて――」

「ストップ!もういいって!」

「―――無視して横を通り過ぎようとした時に、ご主人さまは電信柱を殴ろうとした拍子に転んで泣き出してしまったんですよね?それを見かねた奈緒さまがご主人さまを介抱したのが運命の出会いだったと。素敵な出会いですわ!この出会いがなければ、私は今ここにいませんでしたから。正に奇跡ですわ」

「もういいって言ったのに」

 私は頭を抱えていった。仕事も人間関係も上手く行かず、やけになった私を救ってくれたのが奈緒だった。私にとって奈緒はまさに天使だった。

 奈緒を失った私の生活はその頃に逆戻りしていた。奈緒だけが私の人生の希望であり、救済だった。

「君も……奈緒の事が好きだった?」

 私はマリィの方を見て、問いかけた。

「はい!私、奈緒さまの事が大好きでしたわ!明るくって、ユーモアがあって!溌剌とした奈緒さまの笑顔が大好きでしたわ。だから……本当は、ご主人さまとはお会いしたくありませんでしたわ……」

 マリィは悲し気にいった。マリィが私の元に来るということは、奈緒の死を意味する。私はそのことにやっと気が付いた。マリィが開口一番、私にいった言葉の意味も。

「ご主人さまは……奈緒さまの方が好きでしたか?」

「うん、わたしも奈緒のことが好きだった。いや……大好きなんだ、今でも。奈緒……」

 私は奈緒の事を思い出し、声を上げて泣いた。いつの間にか、マリィは私の肩を抱いて、寄り添っていた。


「うん、それじゃ。仕事に行ってくるよ。マリィ」

 私は玄関で振り向いていった。私の部屋は昨日までとは見違えるように綺麗になっていた。マリィのお蔭だ。

「はい、いってらっしゃい!あっ、今初めて私のことをマリィと呼んでくださいましたね!」

 マリィは今まで見せた中で一番の笑顔を見せていった。

「うん?そうだったっけ?そうかも……そうだ今日の晩ご飯はなにかな?」

 私は自分の頬を掻いていった。

「ご主人さまの大好きな餃子ですわ!奈緒さま仕込みのレシピですから、きっとご主人さまにも気に入っていただけますわ!」

「わかった。いってきます。マリィ」

 私は自分の鞄にマリィのつくった弁当が入っていることを、もう一度確認した。今週末にはマリィと一緒に料理をするのも良いかも知れない。いつまでも、生活力のないままでは情けないだろう。

「はい、いってらっしゃいませ。ご主人さま」

 マリィは手を振って、私のことを見送ってくれた。

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