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 私は、スターチャイルド。出来損ないの。前世の記憶が全てではなく、断片的にある。 


 ◇


 あの会話から、放課後まで、過去世の恋愛を思い出していた。いくつかの恋の記憶はひどいものだ。戦争って全てを奪う。人としての幸せを。沢山の痛い思い出が、まだ細胞に残っている。


 だから、私は恋をしたくない。


 ◇


 学校帰り、バスに乗り、関くんと二人、公園前で降りた。ゆっくりと歩いて公園の人工的に作られた丘を目指す。二人の間の空気が、思わせる。まだ、私は関くんの妹のような存在なんだなと。告白なんかできない。気持ちが弱くなっていく。

 

 関くんは、何を謝るんだろう? 

 沢山のくだらない嘘? 

 今世もお前無理……とか言ったりして……。


 臆病な私は、告白なんてしないように、なんとなく方向転換しようと決め、曖昧な言葉をかけてみようかと試みた。


「あのさ。あの頃、すごく好きだった。だから、結婚式にも出なくて。熱が出ちゃって……。たぶんショックで……」

「今は?」


 鋭い速い返しにあたふたと内心した。けど、『今も……』なら、『好きです』よりも、持ち合わせている勇気でなんとか言えると思ったら、やっぱり伝えたくなった。あの頃できなかったこと。伝えるということ。


 まあ、伝えたって、なんにもならないかもしれないけど……。


持ち合わせている勇気全てを出し切って、

 「今も……」

と、小さく答えると関くんが

 「俺も……」

と言った。


 空白の時間。それから二人無言で歩き、公園の丘を登った。私は、やっと頭を整理し終え、確認をしたくて一言発した。


「俺もって……?」


関くんは、立ち止まり、夕日を見ながら語った。真摯な声で……。


「うん。あの頃、まさかアリスが俺のこと好きでいてくれてるって思ってなくて。幼馴染のお兄さんとして好きなのかと思ってたし。お前、15才の頃はあまり会話してくれなくなって。俺、嫌われ始めたと思って。からかいすぎたかなって。でも、ちゃんと気持ちを確認すればよかった……。ごめんな。それにお前あの時期に、急に可愛くなったろ。なんか上手く自然に話せなくて……。でも、二人で見る夕日とか、風とか、時間の流れは、忘れられなかった。それだけ身体が覚えてんだ。ずっと。何百年もかな? 本当は、あのときも、お前……アリスを選びたかった。一緒にいると気持ちが、優しくなるというか、安らいだというか、一番自分らしくいれたから。でも結局、どうやって仲の良い兄妹のような関係から、恋愛関係にしたらいいかわからなくて。そんなとき、ダイアナは積極的で……。自分の気持ちはなんとなく諦めて。ごめんな。それからずっと、アリスを求めてるとこあって。何百年前の話なんだろうな……。だから、美穂が同じクラスになって、会話し始めてどんどん記憶蘇って……。美穂がアリスってはっきりとわかったら、しんどかった。なんか、あの頃の寂しさ蘇って……」


「私も寂しかった。ずっと。何が寂しいって、二人だけでいる時のあの穏やかさを、欲してた。ずっと……」


 丘の上。

 静かな夕暮れ。

 関くんは、私の今世の名前を呼んだ。


 「小川美穂さん」


 やっと、私達は向き合う。何世紀かぶりに。


「今世、俺と付き合ってくれませんか? なんか、愛したかった……から。なんか、悔しかったのは身体が覚えてんだ。なんかあの時代の恋愛とか結婚って自由じゃなかったからな……」


 コクリと頷いてから、関くんに抱きついた。私の泣き顔をその胸にうずめた。フィルと、よくかけっこしていて転んで泣いたときに、そうしてもらったから……。


「ごめんな。愛してた。好きだよ、今も」

「うん……。私も」


 ◇


 二人、手を繋ぎ眺めた景色は、ビル、ビル、ビルに、住宅街。でも、地球の自転があの頃のスピードに戻ったのか、全てが正しくそこに流れていた。歪みがない空気。穏やかで満足という自由があるところ。


 魂の存在を、記憶を認めてしまえば、あの頃とちっとも変わっていない私達。私の好きなフィルは、今、ここにちゃんといる。時間軸が永遠に定まった。


 過去は今にあって、私はきっと今、未来を創った。ほんの少しの勇気で。自分の気持ちに正直に素直に生きるだけで。小さな勇気を、言葉にしただけで……。


 手を繋いて夕日を見ているだけで、もう、こんなに幸せだ。私は今、数式を超えた何かを手に入れたんだ。時空を超えた魂の存在と、出会い。


 サイン・コサイン・タンジェント。今世、数学を関くんに教わろう。幸せな恋も愛も関くんに教わろう。



 《了》

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Stories AKARI YUNG @akariyung

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