第31話 犬達はきっと四倍楽しい夢を見る
「今日はさすがに疲れたね……」
「疲れた。ミーちゃんも疲れて寝とる」
薄暗くなった国道四十三号線を芦屋方面へと向かうホンダ・フィットの後部座席には、白い二頭の犬達が丸太の様になって仲良く眠っていた。
「今日は楽しかったね。また行きたいね」前を走る車のテールランプの赤色を眺めながら僕は言った。
「今度は芦屋でやればいいねん。ちょっとは疲れへん」
「君のお母さんに頼んだらできるかもな? ドッグ・ヨガのイベント企画で開催したらええ。南芦屋浜のマリーナとか最適やで」
「今日の写真見せて言うてみる」
恐らく近いうちに開催されるだろうと思った。ルーシーとミッシェルのモデル犬撮影は天王寺舞さんと会った後の九月下旬に早速行われ、完成した写真には二人の若い女性が片膝を曲げ足を後ろに伸ばしたヨガポーズをとり、二頭の白い犬を両手で頭の上に持ち上げていた。「ばりうけるわこれ、ルーちゃんモデルデビューや」とその写真を見た妻は笑っていた。
天王寺舞さんの始めたドッグ・ヨガは一時話題になり、関西ローカルの情報番組に紹介された。僕は妻とルーシーと一緒に、その番組を視聴した。
「ルーシー、お前テレビに映るねんで。なんぼ出世するねんお前」
「ほんまやね。あなたよりもルーシーの方がよっぽど稼いできてくれとるわ」
テレビが始まるとまずはドッグ・ヨガのオーナーとして、天王寺舞さんが紹介されていた。
「舞さんほんまテレビでも綺麗に映るね。羨ましいわ……」妻はその後何度もホット・ヨガに通っていた。
「次やで、ルーシーとミッシェルが映るの」
ドッグ・ヨガの紹介と言う事で、テレビで見たことのある女性タレントが体験してみる場面になった。テレビの画面にルーシーとミッシェルが登場し、ビションフリーゼの犬種が解説されていた。
「ルーシー見てみ。お前テレビに出とるねんで」そう言ってソファに座るルーシーを揺さぶったが、ルーシーはあくびをしてテレビを見ようとしなかった。
「そんなん解るわけないやん。ねえルーシー」妻はルーシーを撫でた。
女性タレントはブリッジの姿勢をしてお腹の上にミッシェルを乗せていた。
「おもろいなこれ、犬がおもりの代わりになってるんやな?」
「ヨガはええよ。めっちゃ汗かく」
次に女性タレントと司会の芸人の二人が、ルーシーとミッシェルを持ち上げて、写真で見たヨガのポーズをとっていた。カメラは二人の掲げる犬達のアップになっていった。
「ルーシーとミッシェル、テレビでどアップやで。テレビ画面真っ白やん。めっちゃおもろいわ!」
「ほんまに最高やね……」
テレビの画面には二つの白いアフロヘアーに、目と鼻の六つの黒い点が浮かんでいた。
僕らを乗せたホンダ・フィットは芦屋川を越えて行った。市内に入ると家路はもう目の前だった。
「今日はおもろかったけどな、ちょっとちゃうなって思った事もあるねん……」
「久しぶりの悩める十代やね。どないしたん?」
「なんなんその悩める十代って? 別にええけど」
「先生の奥さんが好きやねん、そういう言葉。そんでどうしたん?」
「ミーちゃんママさんってちゃうなって思っただけ。私、ミーちゃんのお母さんちゃうやん?」
「君の年やったらそうなるわな。僕はルーちゃんパパさんに違和感を感じなかったよ」
「先生はそれでええねん。お父さんになるんやから」
「せやな。ルーシーのお父さんや」
「まあそれでも別にええけど……」そう言った天王寺さんは窓の外を眺めていた。
「でも今日、先生の言ってたこと一つ解ったで」思い返したように天王寺さんは言った。
「ほう、何ですかそれは?」
「前言ってたやん。人間は自分の見たいものしか見てないし、聞きたいことしか聞いてないって」
「そんな偉そうなこと言った時もあったな。それで何が見えたん?」
「あんな、あんだけたくさんビションおってもな、ミーちゃんが一番可愛かった」
「それは基本やな。大人の階段登ってるで」
「なんなんそれ?」
「昔の歌にあるねん」
「別にええけど。ほな先生は何か見えた?」
「見えた。ビション飼ってる人達って、ちゃんとした大人ばっかりやった。みんな犬の名刺交換したり、犬のお菓子交換したり、めっちゃ社交的やった。僕はそんなん用意してへんかったやん。普段ちゃんと仕事してる人は違うなって感じやった」
「先生ももうすぐ仕事するんやで」
「ほんまやな。ダメな大人や。犬みたいに働かないかんな」
「だからなんなんそれ?」
「昔の歌にあるねん」
「変な歌。犬は働かへんやん」
「ほんまやな。でもこいつらドッグ・ヨガで働いとるで?」
「ほな先生は犬よりダメな大人やな」
「犬よりダメな大人か。最高にダメな大人や」
「でももうすぐ夢の散歩が始まるで!」
後部座席に座る二頭の犬達は、きっと四倍楽しい夢を見ていると僕は思った。
ドッグ・ライフ・ドーーッグ! ~僕と少女の小さな嘘~ 犬神家の一族 @inugamikk
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