第30話 これは私の夢の散歩
メリケンパークのスターバックスでチケットを渡すと、ドリンクが一杯無料で貰えるらしく、店舗入り口にオフ会用に待機した店員から、皆続々とドリンクを受け取っていた。ドリンクを受け取った人たちは、後ろに立つ赤いポートタワーや白い神戸海洋博物館を背景に、犬達とドリンクを重ね合わせて撮影していた。
「先生ドリンク何貰ったん?」
「アイスラテ」
「もっと高いやつにしたらええのに。なんたらフラペチーノとか。もったいないやん?」
「天王寺さんはええとこの子やのに、関西人やねえ……」
「そんなん当たり前やん」
「でも君もジュースやで。なんたらアフォガードにしたら良かったんちゃう?」
「私はコーヒー飲めないの。まだ小学生やで」
撮影が一通り終わると、参加者たちの交流会が始まった。参加者の人たちは犬の名刺を交換し合ったり、オーガニックの犬のお菓子などを交換し合ってた。
「この子はミーちゃんで、この子はルーちゃんって言います」天王寺さんが声をかけてきた女性に言った。
「ミーちゃんとルーちゃん、かわいいねえ。若いミーちゃんママさんね。こちらルーちゃんパパさんかな?」
「お父さんじゃないです。数学の先生です」天王寺さんが答えた。
「あらそしたら、ミーちゃんママさんの家庭教師さんかしら。ルーちゃんパパさんは生徒さんと参加できて良かったですね」
「はあ。とても優秀な生徒です……」僕は吹き出しそうになるのを抑えながら言った。
「数学によると、犬は人間の四倍楽しいんです」天王寺さんが言った。
「そうなの。なにかそういう計算があるのかな? 四倍楽しい犬は幸せね。今日は本当に楽しいね」
「私も楽しいです。でも犬は人間の四倍楽しんでます」天王寺さんが応えていた。
最後のイベントはメリケンパークの対岸にあるモザイクへと移動した。かもめりあの桟橋前を通る間も、ビションの隊列は数々の観光客の歓声を浴びていた。
モザイクの二階に集まった僕らは北側入り口前の通路に集合した。これからモザイクのショッピングモールの中をパレードするらしい。
「ここは犬連れててもええんや?」スタートを待ちながら、天王寺さんが言った。
「普段からそうみたいやで。今日は主催者がパレードの許可も貰っているらしい」
「嘘の散歩やな……」天王寺さんが言った。
「ほんまや。天王寺さんの嘘の散歩やな。嘘が本当になった」
「またかっこつけとるで先生」天王寺さんが笑って言った。天王寺さんはとても美しい笑顔だった。それは誰もが一瞬で恋に落ちそうな笑顔だった。
ビション・パレードが始まった。僕らは他の買い物客達の邪魔にならないように、二頭一組を守って歩いて行った。パレードが始まると、買い物客達からの歓声が響いた。
「何あのモコモコの犬達。凄いやん」
「ヤバいこれ。ありえへん!」
歓声と嬌声の中を、僕らは歩いて行った。出会わした中国人観光客の団体は、ビションの団体を見て大笑いをしていた。ミッシェルがその一人のおじさんに飛びつくと、中国人観光客はミッシェルの頭をなでながら、何かを中国語で言っていた。
「オーマイガー!」途中で遭遇した、欧米の人らしきブロンドの髪の女性はずっとそう叫んでいた。僕らは手を振って、スマホで撮影するその女性を見送った。
「先生、外国の人ってほんまにオーマイゴッドって言うんやね」
「僕も映画やないの、初めて聞いたわ」
ビション・パレードは続いた。ジブリショップからは買い物客の女の子が「かわいいー!」と叫んで抜け出してきた。その手にはトトロのぬいぐるみが入った袋があった。
途中のアパレルショップの衣装を着た店員たちも、仕事そっちのけといった感じで皆店頭に集まっていた。「きゃー可愛いわ!」そう言って店員たちは、ロングスカートの衣装に飛びつくビション達の前足に握手をし続けていた。
韓国人観光客と思われる若い女性が僕の元に駆け寄ってきて、スマホを僕に差し出した。スマホの画面には自動翻訳ソフトの「犬を見学していいですか?」という日本語が表示されていた。
「イッツオーケー」僕が適当な英語で答えると、その女性はルーシーを包み込むように抱き、ルーシーもその女性の胸に何度も飛びついていた。
「なに先生若い女の人といちゃついとるねん!」
「いちゃついとったんはルーシーやろ?」
モザイク二階の南端にあるアンパンマンミュージアム前まで辿り着くと、小さな子供たちがアンパンマンやバイキンマンの風船を持って集まってきた。小学校低学年ほどの男の子が、恐る恐るといった様子でルーシーに近づいてきた。突然その子に飛びついたルーシーは、その子の肩に足をかけお互いの顔を見合わせた。驚いた男の子は「ひゃっ!」と叫びルーシーから離れた。
「ごめんね。驚かせたね」
その子は何も言わなかったが、ずっとルーシーの様子を眺めていた。
「アンパンマンも行きたいけど、ミーちゃんおるから今日はあかんね」天王寺さんは言った。
「うそっ。天王寺さんもアンパンマン好きなん? 意外やわ」
「先生。何度も言いますけど私はまだ小学生です。アンパンマンも好きやし、ららぽーと甲子園のキッザニアにも行くの」
「君は美人やから勘違いするときがあるねん」
「ほんま男の人はかっこつけやわ……」そう言いながらも天王寺さんは微笑んでいた。
パレードの最後はモザイクの一階へ降り、コンチェルトの埠頭の前で再び全体撮影をした。僕らの後ろには赤いポートタワーと三宮のビル群が広がり、その後ろには広大な六甲山系の紅葉が太陽の光に輝いていた。
「夢の散歩やな……」天王寺さんは言った。
「嘘の散歩やないんや?」僕は聞いた。
「これは嘘の散歩やない。私の夢の散歩や」
君もかっこつけやなと言いたかったが、僕は黙って微笑んでいた。目の前の海には白い波が現れては消え、青い空には白い雲がいくつも浮かんでいた。
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