第29話 ビションフリーゼーズ「BE KOBE」
僕が運転するホンダ・フィットは国道四十三号線を神戸方面へと向かっていた。十二月初めの寒空だったが、太陽はまぶしいぐらいだった。
「どないや天王寺さん。この車乗ると君の家の車が普通やないことが解るやろ?」
「よう解った。狭いしうるさい」助手席に乗る天王寺さんは言った。
「言うようになったね天王寺さん。まあ君のとこの車が良すぎるねん」
助手席に乗る天王寺さんの膝の上には、立派な成犬になったミッシェルが座っていた。後部座席にはリードでつながれたルーシーが座っている。二頭の犬は慣れない車の移動に、時折大きな鳴き声を上げた。
「ルーちゃん静かに。車の中は響くねん」
「今日はほんまに楽しみや」
ビションのオフ会に行こうと言い出したのは天王寺さんからだった。神戸開催で行くことができると書き込んだら、インスタの犬の人に誘われたらしい。もちろん僕も参加を快諾すると、天王寺さんが参加手続きをしてくれた。
「そういう事は普通、大人がするもんやねんけどね?」
「でも先生ガラケーやん。インスタもしてへんし。まかしとき」
本当に僕は情けないダメな大人だと思った。
「先生の奥さんも行きたかったやろうね」妻は仕事で不参加だった。
「めっちゃ行きたいって言ってたわ。なんかな『あんたがそうやって楽しくしてられんのも、今のうちやで! あんたはもうすぐ働かないかんねんで!』って言ってたで」
「先生にもとうとう年貢の納め時がきたんやで」
「ほんまに天王寺さんも、僕の奥さんに似てきたな。やめといた方がええでその真似」
「女やから解るねん」
「はいはい。女は無敵やね」僕は適当に返事をした。
「楽しみやわあ……」そう言った天王寺さんは、いつかのように「へっへっへ……」とにやついて笑っていた。
「ほんまやな。今日はどのぐらいのビションが集まるんやろうね」
ハーバーランド・モザイクの駐車場に車を停めた僕らは、オフ会会場のメリケンパークへと向かった。続々とビションが集まりつつあるようで、既に何頭かのビションフリーゼとすれ違った。
「雰囲気出てきたね」
「晴れて良かったわあ。ミーちゃんの白色が輝いとる」
そう言った天王寺さんは白い綺麗なダウンコートを着て、白いカシミヤのマフラーを巻いていた。
「前から思ってたけど、天王寺さんは白い服が好きやね?」
「私に似合うカラーやねん。でも青も好きやし、赤も好きやで」
ほんの少し前まで服の個性で悩んでいた少女が、一人前な事を言うようになったと思った。
メリケンパークには四十頭ほどのビションフリーゼが集まっていた。主催者の受付にて参加費を払うと、犬の名札の入ったパスケースとスターバックスのチケットとなぜか緑か赤の布のどちらかが配られた。
「この布は何やろな?」ルーシーと記されたパスケースを首にかけながら僕は言った。
「そんなんクリスマスに決まってるやん……」天王寺さんは呆れた様子で言った。
そう言われて周りののビションを眺めると、次々とクリスマスカラーの服を着せられていた。
「でもまだ十二月初めやで。早すぎへんかな?」
「今はそんなもん。今は十二月に入ったらクリスマス。先生の奥さんに言われるで『あんたは仕事してへんから、世間知らずやねん』って」
「ほんまにその真似はよして。でも天王寺さんもミッシェルに服着せないよね。なんでなん? お母さん買ってきたり貰ったりするやろ」
「そんなん服着せたら、ミーちゃんの白色が減るやん?」
「それは解る気がするな。でも今日ぐらいはこの布使おうか」
そう言って僕はルーシーの首元に緑の布を巻き、天王寺さんはミッシェルの首元に赤の布を巻いた。
オープニングのイベントは、メリケンパークにある「BE KOBE」のモニュメント前での全体撮影だった。プロのカメラマンが撮影を代行してくれるらしいので、天王寺さんは自分のスマホを渡し、僕はキャノンのコンパクト・デジカメを提出した。
「先生もスマホにしたら?」
「デジカメで十分。僕が小六の頃はフィルムカメラやってんで」
「ふーん。その時々出てくる小六の先生にも、一回会ってみたかったな」
「それはやめとき。多分小六の僕は、君に出会ったら一瞬で恋に落ちる」
「それやったらな、付き合ったってもええで……」にやりと笑った天王寺さんがそこにいた。
「そんなええこと一回もなかったわ。僕が小六の頃はラッキーちゃんの散歩って嘘ついて、公園でエロ本探してたで?」にやりと笑い僕は言い返した。
「何その嘘の散歩、めっちゃきもいやん! やっぱ付き合うのやめとこ。ていうかなんで公園にエロ本があるん?」
「昔はなぜか落ちてたんよ。僕が子供の頃は原始時代やってん」
僕らはカメラマンの合図に合わせ、自分たちの愛犬を持ち上げた。天王寺さんも重そうにしながら、両手でミッシェルを持ち上げてた。
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