エピローグ 日暮れ


 秋の澄んだ空気が冷たい。


 光に満ちていた季節は、とうに過ぎてしまった。光が強いほど、その陰もまた濃いものなのだとあらためて思い知らされた。


 何処からともなく忍び寄る夜の香りが、辺り一面に立ち込めている。

 山はすっかり闇に染まり、茜色に染まる空に浮かび上がる巨大な人の背のようだ。

 古びた廊下の窓から、男は村を見下ろす櫓を見上げる。


 青い火の灯ることのない、真っ黒な櫓を。


 男が望むと望むまいと村はこれまでのように、この山間にひっそりと存在し続けるだろう。

 何処にでもある、ふつうの村として。

 以前のように、ひとりに戻ったあの子の居ない家は、あの頃よりもさらに静かで暗い。

 この間、姉から久しぶりに電話があった。いま姉のお腹には、新しい命が宿っているのだそうだ。


 あの子かもしれないわね。

 わたしが心配で、生まれ変わってくるのかもしれないわよね。


 男は、何も言わなかった。

 優しいあの子のことだから、そうかもしれないし、違うかもしれない。

 いずれにせよ、あの子が幸せであるなら、ここではない何処に居ても男はそれで良いと思うのだ。


 どうか、あの子に幸せを……。


 瞑色の空には星が、ひとつ。

 男は肩を震わせ額を押さえる。

 



 

 

《了》

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朝に眠る 石濱ウミ @ashika21

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