「なあこれ。お前なんじゃないのか?」


 木下は俺の問いかけに、決して視線を合わせないまま薄く笑んだ。

 彼の眼前に掲げたスマートフォンの画面も見ないまま、まるでだれかにそう問われるのを待っていたかのように。


 木下の姉が亡くなった時、彼は当然学校を休んだし、そうすれば、それだけで周知の事実になってしまう。時期やイニシャルによる県名、年齢や境遇など、木下とこの投書には符合するところが多かった。


「そうだよ」

 と木下が言った。


 だから俺は、何も言えなくなってしまった。


「気付いた?」


 ややあって彼が言って、俺は頷いた。重く重く、項垂れるように頷いた。

「たぶん、たくさんの人が気付いたと思うよ」


「そう。ならいいんだ。それで、姉さんも救われると思う。僕も救われるよ」


「……なんで『ダ・ヴィンチ』に? もっとやり方はあったと思う」


「『ダ・ヴィンチ』は——、レオナルド・ダ・ヴィンチは、死して尚、様々なことを僕たちに教えてくれる。そしてそれは、気付くべく頭を持った人にだけ届く。それだけだよ」


「……どこからどこまでが本当なんだ?」


「少なからず——……、姉が死んだこと。そして、人々の関心がコロナにあること。かな」


 また何も返せなくなってしまっていると、——じゃあ、と言って彼は去っていった。

 小さくなっていく彼の背中をじっと見つめ、やがてそれが視界から消え失せて、ひとり、彼に見せた画面を改めて見る。


 ——死地は綿 転んだら血が煮えん 死が成さん

 ——コロナさえなければ。

 ——きちんと順番通りに。


 紙上で読んだ際にはまるで気付かなかった違和感。

 小説投稿サイトで抜粋されたものを見直して、ようやく気付いた、姉弟の人生。


 ——しちはわた ころんだらちがにえん しがなさん

 ——ころなさえ なければ。

 ——きちんと順番通りに。


 気付いてほしかったのだと思っていたけれど、木下はあくまでも「気付くだけ」でよかったらしい。


 幸せは常に不幸せと背中合わせで存在する。それは、至極当たり前の話なのだ。木下の姉も、例外ではない。詳細はわからないにしても、そこに何かがあったことは、——彼自身が書いた投書によって汲み取れる。

 

 ——が。

 俺はこれ以上の詮索も、思考も、一切を止める。

 それこそ盲目的に、事実を無視することに決め込んだ。最低な気分で、今までのように。

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姉は、コロナに殺されました。 枕木きのこ @orange344

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