第2話

ゆっくりと登壇したその人は、美少女と呼ぶにふさわしかった。しかしどこか、独特のぎこちなさがあった。何かの拍子に衝撃を受ければ崩れてしまいそうな、ガラス細工のような印象を受けたのだ。

「書記の......です。よろしくお願いいたします」

わたしは彼女から目が離せなくなった。

彼女はとても綺麗な髪をたたえていて、まとまったり、崩れたり、千変万化するその様子を遠目からずっと観察していた。落ちかかる髪を左手でゆっくりと耳にかける動作に鼓動が速くなった。他の人に感づかれてはいないかと心配になるくらいに――


「とてもきれいな髪ですね」


そう伝えられていたらどんなに良かっただろう。


バスが揺れるたびに、先輩の髪が揺れる。

こういうのをなんて呼ぶんだろう? 集合と......離散? 「先輩の髪の集合と離散」。それだけじゃ足りない。もっとわたしに言葉があれば......


言葉。

たかだが数十センチの距離に先輩がいるのに、言葉一つかわせない。

先輩は隣の女子の話に相づちを打ち、聞き返し、笑っていた。彼女は先輩の何なのだろう。

1年間ほぼ毎日、先輩と同じ一本目のバスで観察してきたが、先輩には一緒に帰る友人はいないようだった。それは図書委員会の集まりで受けた印象の通りだった。だから先輩の全てを知っているわけではないにしても、この変化はわたしには衝撃だった。

この人が部活をやめてしまったら、わたしのこの密かな楽しみはどうなってしまうのだろう。わたしが先輩のことだけを見つめていられる静謐で神聖な時間。そこに誰かが入る余地はなかった。それは幸運だったというだけなの? これまで積み上げてきた時間は、こんな容易にぐらついてしまうものだったの?


「次は終点、○○駅です。お降りの際はバスが完全に停車してから......」


考えにふけっていたら、あっという間に終点に着いてしまった。わたしは真っ先にバスを降りて、家までの帰路を急いだ。

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【ストーカーGL】揺れる 餅ふうる @mochi_fool

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