放課後メモリー

沖合なせ

第1話


 偉い人にとって、人生は選択の連続だったのかもしれないけれど、僕にとっての人生は妥協の連続だ。


 朝、寝坊しても「昼行けばいいか」で、昼、お弁当を忘れても「食べなきゃいいや」で、夜、就寝が遅くなっても「寝る時間を減らせばいいか」となる。どうにかしてこの狂った生活リズムを治そうにも、それすら「このままでいいか」と妥協する始末だ。

 けれどそんな救えない僕にも、たった一つ妥協できないものがあった。


──ゲームだ。


 それは子供の頃の話だ。

 その頃は、隣に住む女の子と仲が良くて、よく遊んでいた。放課後、決まって僕の家に集まって、ゲームで遊んだものだ。


 そして彼女は、ゲームがとびきり下手だった。自キャラを見失って自爆するのは序の口で、レースゲームでは逆走し、RPGでは体力回復せずにボス戦に挑んでいた。

 だから彼女と対戦すれば、十中八九僕の勝利で終わる。


 ある時、負ける彼女の姿が可哀想になってきて、わざと負けたことがあった。彼女は自分の操作に夢中で気づかなかった。


 けれど、何度も対戦を重ねていると彼女も気づく。

 怒って、僕に言った。


「手を抜いて戦うなんて、相手に失礼だよ。本気で戦ってよ」


 けれど僕は、負けて悲しむ彼女の姿を、あまり見たくなかった。だから形だけ頷いて、接戦を演じてから負けてみせる。

 初めのうちは気づかない彼女も、やはり何度も対戦を重ねるうちに、勘付いたようだった。


「ねえ、本気でやってないでしょ」

「本気だよ。十分」

「嘘だ。……君が本気でやったら、私は君に勝てないもの」


 証拠はないので、僕ははぐらかして負け続ける。彼女はずっと、僕の本気を要求する。

 そんなやりとりが、数日続いた。


 そんなある日の放課後、彼女はやっぱり僕の家に来る。その眉が斜めっていることに気がついた僕は、どうやら何かに怒っているらしい、と結論づけた。

 僕にまでその怒りが飛び火しないよう、接待プレイを心がけてコントローラーを持つ。

 その時だった。


「君、最近本気で戦ってくれないよね。弱い私と戦うのはつまらないから?」

「いや、そんなことはないけど……」

「もし私のために手を抜いてるなら、やめてほしいな。負けると悔しいけど、その悔しさは清々しいよ。でも手を抜かれると、なんだか後味が悪い……」


 彼女が苦虫を噛み潰したような顔を作った。

 画面の中で「スタート」と合図がかかる。今日の種目は格闘ゲームだ。


「そっか……」


 僕は短く、そう答えた。

 彼女がそんなことを考えているとは、夢にも思わなかったのだ。

 ここ数日のことが、頭の中を行ったり来たりする。彼女の言うことが本当なら、僕が良かれと思ってやっていた接待プレイは、彼女を傷つけていたことになる。

 短くため息をついて、コントローラーを床に置いた。


 スピーカーから、「1P、WIN!」と流れてくる。画面の奥では、僕の操作するキャラクターが、嬉しそうに両手をあげていた。



          ✳︎



 そんな懐かしい話を、隣の席に座るS君に聞かせる。

 教壇の上で眠くなる授業をする男の先生は、僕らがこっそり何をやっていようとも、何も反応しない緩い人なのだ。


 遠くで、ツクツクボウシの鳴く声がする。もう夏も終わりだ。

 S君は曖昧な笑顔を浮かべてこう言った。


「君はやっぱり、妥協しかしないな」

「……え?」


 思わず聞き返した。


「だって君、本気を出してくれってしつこいお願いに、妥協して、本気を出したんでしょ」

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放課後メモリー 沖合なせ @sato13

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