ピックポケット
安良巻祐介
モゴノさんは昨日、外套の隠嚢(ポケツ)から落とした犬を探して、今日も未練がましく表の塀沿いに歩き回っているらしい。
犬はモゴノさんのポケツに入っていた頃からすでに、ぺちゃんこでぺらぺらの、黴の生えた煎餅のようになってたから、大方道端に転がっていたのを屑さらいに持っていかれてしまったのだろう。
だから犬が見つかるわけはないのだけれど、そのことを話したところで犬の代わりにモゴノさんからポケツに入れられてしまうのがわかりきっているので、誰も話しかけようとしなかった。
家の屋根と変わらぬくらいの背丈のモゴノさんが、のんしのんしとそこらを歩くだけで、あちこちに影がさして、みな気持ちが陰鬱になる。
できれば歩くのをやめてほしいけれど、注意でもしようものならやっぱりポケツに入れられてしまうだろうから、結局誰も自分から動きはしない。
モゴノさんはなにも喋らずに、屋根の高さの首を降り降り、真っ黒で表情の伺えない顔を、くら、ぐら、ぐら、くら……と揺らさしながら、いつまでも町を徘徊している。
この町内で、身元不明の行き倒れの弔いを、俄か念仏で疎かにしたことの罰と言うのが、モゴノさんらしい。
だから、皆、あんなものがそこらを歩いていても、目を背けるばかりで、文句すら言えないのだ。……
どこかで犬の泣く声がした。
ピックポケット 安良巻祐介 @aramaki88
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