最終話 いざなわれし死をも怠惰にあしらう

 病院へと歩む最中、少しずつ、しかし確実に体に異変が現れた。頭痛に目眩、しまいには視界が狭まり、真っ直ぐ歩けなくなっていった。

「ま…い……」



「先生!須藤さんが!」

 看護師と思われる中年の女性が慌てて部屋を出ていく。そうか病院へ搬送されたのか。

「須藤君、ここがどこだかわかりますか?」

「病院ですよね」

「はい、意識の方は大丈夫そうですね」

「直樹さん!」

「まい、もう動いて良いのか?」

「何を言っているの?」

「関係者の方は一度出てもらえますか」


「須藤君、君はなぜここにいるかわかるかい?」

「病院へ向かっている途中で、突然頭痛と目眩などが起きて……」

「なるほど……」

「良いですか、落ち着いて聞いてください」



「あなたは崖から飛び降りたから、ここにいるんですよ」


 なんの話だ。産まれてこの方、飛び降りた事は……ない。未遂ならあるが…。まいが自殺しようとして、それを止めるだけでなく、今後一切、『自殺しよう』と思わせないために、身を呈して、僕が自殺しようとしたあの日。僕自身がヤンデレとなるトリガー。

「心当たりがあるようですね」

 思わず固唾を飲む。まさかあの時、本当は……


「直樹さん……」

 そう言えば、呼び方も以前の「さん」呼びだ。

「まい、僕は夢を見ていたのかな……」

「……死んじゃうかと思った」

「何とか止めようって頑張ったのに。直樹さん、飛び降りちゃった。私のせいで、私のせいで、命を奪っちゃうところだった……!」

「ごめんなさい…ごめんなさい……」


「長い夢を見たんだ。飛び降りなった僕が、これからどうなっていくのかを体験したような夢」

「夢……」

「そう、夢。その夢では色々辛いことがあっし、良いこともあった。でも覚める寸前はあまり良くなかったんだ」

 まいは真剣にを聞いている。昏睡が生み出した幻想を。

「最後はまいにフラれたんだ」

「そんな、私……」

「僕はそれが嫌だった。だから、まいにもう一度それを伝えに行こうとしていて、その途中で目が覚めたんだ。

 偶然かな、まいはその時病院にいたんだ。目が覚めたら逆の立場だったけど」



「まい、僕と付き合ってください」

「もちろんです。私も、大好きです……!!」



「だから言わんこっちゃない。メンヘラと付き合うのは止せって言ったろ……」

「徹、なんだか久しぶりだな」

「そうか?」

「お前にも色々助けてもらったよ」

 僕より先に彼女を作っているような奴には、不思議な顔でもさせておけば良いさ。


 これまでの僕はもうここにはいない。あの海の中に、そしてあの夢の中に置き去ってきた。立ち直りとは少し違う。

 現実には未だに無条件に救ってくれる美少女は現れない。でも……


「直樹さん🎵」

「まい、君付けで読んでも良いんだぞ?」

「な、なんだか恥ずかしいよぉ」

 この子の為なら死んでもいいかな?って思える美少女なら、極々稀にこの世には存在するのかもしれない。

「直樹くん、これからもよろしくね🎵」

よろしく」





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怠惰はいずれ死をもいざなう 綾波 宗水 @Ayanami4869

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