第6話 『始まりのエピローグ』


「さて、パーティーもいよいよ大詰めだ。各学園の生徒会長は、アレ・・を私の元に持ってきてくれ」


 立食パーティー開始の時と同じく、どこからともなく現れたフィリップが壇上に上がり、司会を務める。


「それじゃ、ソレイユにギンガくん。僕は行ってくるよ」


「俺も、しばらく会えなくなるので友人のところへ行ってきます。それにソレイユ先輩と二人きりだと噛み付かれそうですし」


「ほぅ……?ギンガ=アマノガワ、それは侮辱と受け取って差し支えないね?」


 ソレイユ先輩は目を野犬のように光らせ、指をポキポキと鳴らす。


「仲が良さそうで何よりだ」


 それを聞き、フンッ!とソレイユ先輩は俺から顔を逸らすが、ルーン会長は微笑ましいと言った感じでその様子を見守った。


「では、僕は怒られないようにさっさとこれ・・を提出しに行こうかな。ギンガくんも早く友達のところへ行っておいで」


「はい。ではまた後で」


「彼は本当に私に対しての礼儀がなってない。見たかあの扱い」



 ぶつぶつシュテルンの生徒に愚痴を垂れるソレイユ先輩と別れ、俺が向かったのは、もちろんシシリーのところだった。


「シシリー、ちゃんとアレ・・の準備はできたか?」


「当然よ。他の留学生のみんなは驚くでしょうね。普通、こっちにきてから全てのことが試練になっているなんて思いもしないでしょうから」


 その口調には嬉しさ半分、寂しさ半分に感じられた。


 アレ・・とは、入学の誓約書のことだ。【調印】された紙を提出することで、留学生の入学先の学園が決定する。


 だが、その制度は留学生には一切知らされない。その上、散りばめられたヒントをあちこちからかき集め、十分な推理を行わなければたどり着けない代物だ。代表に選ばれたというだけで浮かれた気分でいる生徒をふるいにかける、という意味もあるのだろうが、実態は違う。


 本質は、なんらかの基準によって定まる【序列】によって、上位の学校のみが、望んだ生徒を引き抜けるというシステム。上位の学園ほどよりよい順位を取りやすくなり、下位の学園は下克上が難しくなるという連鎖。


 実際、フィリップやエレノアさんたち曰く、この試練を自力で突破したのは俺とシシリーが初めてだというので、その効果は十二分に発揮されている。



 望みの学園に【調印】できなかった生徒は、ランダムに振り分けられるらしい。そのため運次第では、実態不明な『ノイモーント』や、巨人やドワーフの学園、『エルツ』に留学することになる生徒もいる。


「そういえば、龍馬をまだ見てないな。シシリーはどっかで見かけたか?」


「ううん、見かけてないわ。一度話した程度の仲だけど、やっぱり心配よね。彼の学園がどこになるのか、とかも……」


 シシリーは案外情に厚いところがある。


「もし、龍馬がノイモーントとかに行くことになったら、きっと原因となったオーガを恨むだろうからな」


「アンタ、縁起でもないこと言わないでよ。そういうのフラグっていうのよ? もし本当にそうなっちゃったらどうするのよ」


「まあ、オーガに倒されてなくても、何ができたかと言われたら何もできなかっただろ。そのくらいシシリーもわかってるはずだぞ」


 シシリーはわざとらしくため息をついた。


「アンタってやっぱとことん冷めてるわね。友達いないでしょ?」


「ご名答。でも、シシリーだってそんなもんだろ」


「まあ、否定はしないけどさ」


 そう言うとシシリーは周りの留学生に目をやった。会場入り口の方の壁にオーガが寄りかかっており、その近くには彼女・・が立っている。


 そして、俺たちのすぐ斜め前、そこには女子の2人組がいた。名前は確か……


「栗色のショートカットの子が、エマ=フィールズ。金髪のロングヘアーの子がセシリア=フローレンスよ。二人とも地球で超有名人だったんだから、普通に知っておきなさいよ」


「お前さらっと人の心読むなよ。ていうか、あの二人有名人だったのか」


「エマは石油王の娘で、慈善活動に力を入れて世界中で飛び回ってたから、しょっちゅう耳にしたわ。セシリア=フローレンスは言わずもがな、世界的な財閥一家、フローレンス家の御息女。エマとは違って積極的に表立つことのない、いわば箱入り娘ね。双方とも世界金融を牛耳る一族と言って差し支えないから、あの様子だと前々から多少の交流があったようね」


「ふーん、さすが世界的スパイ一家の一人娘。その情報量は伊達じゃないな」


「アタシの家の情報網を全部駆使しても、住民票以外の秘密が何も出てこなかったアンタが何言ってんだか。アタシん家が捜査を諦めたのは、アンタと彼女・・くらいなもんなんだから」


彼女・・はいざ知らず、俺に関しては平凡な出立いでたちすぎただけだよ」


 ジトーっとした目でシシリーが俺を見つめてくる。確か、選抜試験の最中にも同じ会話をしたんだっけ。


「あ、回収が終わったみたいよ。フィリップさんがアレをチェックし始めてる。」


 全てを知った俺とシシリーは、神妙な顔つきで彼の言葉を待つ。

 対照的に、他の留学生はそんなこともつゆ知らずといった感じか、なおも楽しそうに振る舞っている。



「回収が完了した。それでは、今から留学先の学園の振り分けを発表する」


「えっ……」という、小さい呻き声が数ヶ所から上がった。先ほどの和やかな雰囲気とは打って変わり、会場全体がピリピリとした雰囲気に包まれた。学園生にとっても重要な発表になるため、当然だ。


「いつ決まったの……?」


「わからないですわ……少なくともこのパーティーまでで、何かしらの選別が行われたとしか……」


 エマとセシリアがボソボソと話し合っている。


 この場で全貌を何一つ知らされていないのは、エマ、セシリア、オーガの3人のみ。龍馬はまだ戻ってきていないため、除外。


 そのためざわつきは波紋することなく一瞬にして収束し、フィリップの発表を待つのみとなった。


「ではまず、シュトローム帝国立魔術学園に入学する者を発表する。『ミッシェル=カタラクト』壇上へ」


 青い髪を揺らしながら彼女・・、ミッシェルは壇上目指し淡々と歩いていった。


「彼女、カタラクトって言ったよな?」


 彼女、ミッシェルは、何故か自己紹介の際に、自分の名前を名乗らなかったのだ。


 セレモニーの自己紹介の際に発した言葉は「酔った……です……」だった。


 その後、パーティー会場に着くとすぐにフィリップに連れられて何処かへ行ってしまったらしく、謎多き少女。


 シシリーがゴクリと生唾を飲み込む。


「ええ、断絶したはずのカタラクト家の生き残りだとしたら、アタシたちが何の情報も得られなかったことに納得がいく。最初からその可能性は排除されているもの」


 断絶したロシアの皇族、カタラクト家。1600年前後から300年もの期間ロシアに君臨した、正真正銘の名家だ。しかし、革命が原因で完全に断絶したはずだったのだが。


 ミッシェルが壇上に上がった。


「では、何か一言」


「ミーシャは、ミッシェル=カタラクト、です。ミーシャと、呼ぶです」


 そういうと、彼女、ミーシャは満足げに壇上から降りていった。

 なにか、拍子抜け感は否めないが……


「そういうことだって飲み込むしかないな。まあ何にせよ、向こうでの肩書がこっちで何か大きな影響を及ぼすなんてことはあり得ない。そんなに気にすることないさ」


「そう……ね」


 そうだといいけど、とボソリと呟く声が、俺の耳に届いた。


 その後は順調に会が進行した。


『ハインリヒ教国立魔術学園』に『シシリー=フラム』


「魔法と科学を融合させて、情報世界の基盤を作るわ!」



『ヒメール共和国立魔術学園』に『セシリア=フローレンス』


「折角の自然豊かな環境ですから、植物学なんかに力を入れてみたいと思いますわ」



『シュテルン王国立魔術学園』に俺こと『ギンガ=アマノガワ』


「魔法技術の底上げに取り組みたいと思います」



『ローエン公国立魔術学園』に『オーガ=ルイス』


「何だか知らねぇが、攻撃魔法につえぇんだろ?上等だ、こっちの世界でも最強を目指してやるよ」



『エルツ都市国家群立魔術学園』に『エマ=フィールズ』


「地質学の知識を活かして、生活水準の向上に努めようかな!」



「そして最後、両者ともこの場にはいないが、『ノイモーント帝国立魔術学園』に、『リョウマ=クロダ』の転入が確定した。これにてパーティーは終了だ! 留学生は各学園の生徒会長の指示に従い、各々宿泊施設に移動してくれ。以上、解散!」


 解散が告げられたが、学園生はもともと一ヶ所に集まっていたため、特に移動は起こらなかった。


 移動する必要があるのは、俺とシシリーなどの留学生だ。


「リョウマ、本当にノイモーントに決まっちゃったわね……」


「まあでも、ノイモーントについては何も説明されていないというだけ。リョウマに合った学園である可能性も十二分にある。振り分けを見た限り、ランダムとは言いつつも各々の能力に適した学園に転入が決定している場合が多いようだしな」


「それもそうね、錯綜した情報に振り回されるなんてアタシらしくなかったわ。リョウマの行く末が良いことを願いましょ」


「そうだな。じゃあシシリー、またな」


「ええ、また」


 俺は友人に別れを告げ、ルーン会長やソレイユ先輩の元へ向かった。




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ 



 今回のセレモニー、ならびにパーティーに参加していたのは生徒会本部役員7名と引率の教員だけだったらしい。


 教員に関してはセレモニー終了後早々に帰国してしまったようで、もうここにはいないそう。


 ここというのは、セレモニーやパーティーの会場があった、どこの国にも属さない無人島だ。考えてみれば、自国に各魔法学園の精鋭たちを50人近く受け入れるのは、かなりリスキーだ。こちらの世界では、魔法技術というものが国力を示す大きな指標となっているため、その国特有の魔法技術が漏洩してしまう可能性は拭っておきたいのだろう。


 このことから派生するのだが、基本的に魔術学園で就学した者は、他国への入国ができなくなるようだ。


 ルーン会長が言っていた「他の学園と分け隔てなく話せるのは最後かもしれない」というのは、本当のことだったようだ。




 俺はここまで書いて、パタンと日記を閉じた。


 日記を書くのは、俺の他界した両親の習慣だったのだ。いつまでも仲睦まじく、交換日記なんかして騒ぐ、初々しい両親だった。

……といっても俺が5つになる前だから、そんなに詳しくは知らないのだが。



「あ……これも書いておこう」


『ソレイユ先輩が女子棟から男子棟に忍び込んでいた。恐らくルーン会長の所だ。』


 そう記して、ベットに飛び込んだ。

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星の魔術師 ふりゅーげる @tusk0904

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