第5話 『答え合わせ』

「さて、貴公らが暴れていた理由を伺おうか? まあ、粗方予想はついているのだが」


 俺たちが連れてこられたのは、海が一望できるテラスだった。日は既にどっぷりと地平線に沈み、闇と、それを切り裂く星の光が辺りを覆い尽くしていた。


 フィリップさんは怒る様子もなく、むしろ楽しそうに俺たちを見る。


 俺たち3人は顔を見合わせるが、当事者である俺とオーガよりも、より客観的な視点を持つシシリーに丸投げした方がいいと思い、俺は半歩後ろに引いた。オーガもそれに倣う。


「はぁ……やっぱこうなるのね」


 シシリーはため息を吐きながら経緯を説明した。


「まず、彼ら2人の争いの発端としては、まず確実にこちらの『ギンガ=アマノガワ』に非があります。彼がこちらの『オーガ=ルイス』を挑発したことから殴り合いが始まりました」


「話の腰を折ってすまないが、私は何も責任追及がしたいわけではない。ただ、ありのままを話してくれ。あと、そんなにかたっ苦しく話してくれるな。先程、仲良くなりたいと伝えたばかりであろう?」


 立場や実力には見合わない、悪戯な笑顔を浮かべると彼はそう言った。


 それを聞いて、シシリーは幾分か楽になったような顔つきをした。フィリップが本当に他意なく事実を知りたいだけ、という確認が取れたからだ。


 ふぅ、と一息ついて彼女は語り出した。


「ことが起こったのは、フィリップさんが彼女・・を連れて何処かへ行ってからのこと……」



 それからシシリーは、順を追って、【オーガがシュトロームから留学生を遠ざけようとしたこと】、【オーガを静止した龍馬が殴られ、教職員に運ばれたということ】、【ギンガがやってきてオーガと争いを始めたということ】を説明した。


 龍馬を見かけないとは思ったが、まさか俺が会場の奥にいる間にそんなことが起こっていたとは思わなかった。



「なるほど、理解した。貴公らの方で何か訂正や付け足しはあるか?」


 俺は首を横に振る。オーガも同じくだった。


「時にオーガ君。貴公はなぜあのような行動をとった?」


 オーガは獰猛に笑い、答える。


「アンタの気を引くためだよ。俺が大人しくしてる間にアンタは青髪のガキを連れてどっかへ行っちまった。何かひと騒ぎを起こしゃあ、責任問題とやらで戻って来ざるを得ないと思ってな?」


 俺とシシリーは、暗闇の中でほんの少し、顔に驚きを浮かべた。


 (オーガは、シュトロームに入学する手段を講じたわけではなかった?)


「俺は弱いくせに口達者な、司令官みたいな奴が心底嫌いでなぁ。あの黒髪のアジア人はちょうどああいうやつらに似てて、ムカついたから見せしめも込めて半殺しにしたんだよ。……とまあ、こんな感じだ。他になんか聞きたいことはあるか?」


「アンタ、たかがそんだけのために彼を殴り倒したっての……!? そんなの、どうかしてるッ!」


 シシリーが吠えた。


「あァ? うっせーよガキ。お前みてぇな口先だけのやつ見てるとイライラすんだよ。今すぐに黙れ。じゃねぇと……ぶっ殺すぞ?」


 ゾワァっと全身が針で刺されるような圧力がのしかかる。比べる次元は全く異なるが、カルロスのそれと似たものを俺は感じた。


「シシリー落ちつけ。ここで争ってもどうにもならない」


「そういうことだ。ガキは黙ってやがれ」


「ガキガキ言ってるけど、アタシはアンタらと同じ17歳なんだからねっ!」


 不毛なやりとりとはわかっていても、我慢できないことはある。シシリーは今の一言で幾分か自分の中で割り切れたらしい。


「じゃあ、僕の話はここで終わりだ。ギンガ君以外は帰ってもらって構わない」


「へっ。アンタはソイツにご執心か。くだらねぇ」


 オーガはそう言うなり俺らに背を向けて、会場に戻っていった。


「シシリー君は帰らなくてもよいのか?」


「アタシはギンガを待つわ。……協力関係だし」


 そう言ってシシリーは俺を一瞥する。だが。


「いや、シシリー。先に戻って、やるべきことを済ませろ。俺はもう両腕が折れていて使い物にならない。」


 俺は口でシャツの端を噛み、ゆっくりと袖をたくし上げた。


 前腕は赤黒く変色し、ゴムボールを詰めたように膨れ上がっていた。


「ハインリヒに行くんだろ? ササッと片付けてこいよ。あと、またなんかわかったら教えてくれ」


「……うん、わかった」


 シシリーはそう言って立ち去っていった。


「貴殿からは聞きたいことが山のようにあるが、とりあえずはその腕の治療だな。」


 淡緑色の薄い光がフィリップの手を纏う。その手を粉砕骨折している俺の腕へかざすと、みるみるうちに腫れが引き、俺の腕は元どおりになった。


「魔法が俺たちの世界に流入したら、医者の仕事がなくなるな」


「私たちの世界にも医者はいる。ただ仕事の手段が変わるだけで、結果は同じだ」


「そんなもんか。……とりあえず、ありがとうございます。お陰で助かりました」


「『何が助かりました』だ。その腕、わざとそういう風にしたんだろう?」


 確信めいた表情を浮かべながら、彼は俺を見つめていた。その目は、新しいおもちゃを得た子どものように輝いている。


「さあ、なんのことやら」


「シシリー君に、いや。他の誰にも聞かれたくない話だったんだろう? 人払いをするためにわざわざ自分の手を犠牲にするほどにな。さて、話を聞こうじゃないか」



「……アンタには隠し事ができないな」



 「ようやく貴殿も打ち解けた口調になったな。そちらの方が話しやすくてよい」


「話し出す前に、一つだけ確認をさせてくれ。アンタたちは、すでに彼女・・と留学の契約を結んでいるんだよな?」


「ご明察。当たり前のように今回のパーティーの本質を見抜いている辺り、貴殿の力は底が見えないな」


「お世辞はいい。時間もないし、さっさと話すぞ」


 俺はそう前置きして、続けた。


「俺が最初に違和感を持ったのは、留学セレモニーの校長の話と、この会場の配置についてだ。各学園の校長は魔術学園について『各国に一つずつしかなく、その国の魔法技術のレベルを直接反映している』という風に説明していた」


 俺は「そうだよな?」という確認を込めて、彼にちらりと目をやる。ゆっくりと彼は頷いた。


「それならば、この立食パーティーの席の配置は、下手したら国家戦争を巻き起こす火種になりかねない。会場の入り口に近い学園ほど、優秀な留学生とコネクションを持てる確立が、どうしても上がってしまうからだ。魔術学園がその国の魔法レベルを直接反映するというのであれば、こんなあからさまな不利益に、各国が何もせず目を瞑るなんてのはおかしい」


 そこまで言うと、フィリップは立ち上がって俺に背を向け、バルコニーの柵の方へ向かった。そして、眼下に広がる広大なアメジスト色の大海を臨むと、「続けてくれ」と俺に声をかけた。


「例えば、各学園の陣営を円形に配置し、俺たち留学生を部屋の真ん中へ誘導してからこのパーティーを始める、なんてことをすれば、大した労力も必要とせずにこの不平等を是正できる。なのに、それをしない」


 俺はすぅっと息を吸い込んだ。季節は地球で言うところの春先、くらいなのだろうか。肺に満ちる空気は些いささか冷たかった。


 ちらりとフィリップの方に目をやる。彼は無言で俺に背を向け続けていた。その背中には、一抹の寂しさが感じられた。



「なら、俺は、俺たちは、こう考えるしかない。アンタらは『わざわざ不平等な形を作っている』と。」



 事実を確認するように、ゆっくりと彼の方を見る。

 彼はこちらを一切見ようとせず、その様子は「早く続きを話せ」と探しているように見えた。

 彼の銀色の長髪が、ゆらゆらと風に揺れる。



「スピーチの順番と席の配置から、学園間の『序列』らしきものがあることには、最初から気づいていた。シュトローム、ハインリヒ、ヒメール、シュテルン、ローエン、エルツ、そして今回欠席のノイモーント。この順番で序列が定まっている。何が指標となっているのかは確証が持てないが、大事なのはそこじゃない。」



 シュテルンのルーン会長は、こう言っていた。「ただ、どうなるかは僕たちだけでは決められないんだ」と。

 わざと不平等な形で作られた、歪なパーティー。なら。



 「学園で1番の権力を持つシュトロームが、情報の開示から席の選択権、何から何まで、全ての権力を握っていると、俺は踏んでいる」


 シシリーの第一志望はシュトロームに次ぐ序列2位のハインリヒ。シシリーがハインリヒと【契約】できていない、つまり、【契約】というものを知らされていない、ということから、情報の開示権はシュトロームのみが握っていると推測できる。


 そう考えるなら、俺にあまりにも簡単に【契約】のことを教えた、巨人の男ーーエルツの生徒会長ーーの行動も納得できる。俺にヒントを与えて、自分たちにチャンスがくるように仕向けていたのだろう。


 全てのピースが埋まったジグゾーパズルを、フィリップに叩きつける。


 俺が一通り話し終えると、彼は俺の方を向き直って天上を眺めた。


「空を見上げてみろ」


 俺は言われたようにした。


「どうだ?」


 えらく抽象的な質問だが、俺は質問の意図を理解した。


 「地球で見る夜空とは全く違う。単に月がなかったり、星の配置や輝きが違うというのもあるが」


 俺は息を呑んで答えた。


「ひどく、痛いくらい綺麗な星空だ」


「私達にとっては見慣れている景色。毎日のように訪れる景色だ。……だが、貴殿らにとっては違う」


 わずかに静寂が流れ、俺は次の言葉を待った。


「貴殿に、少し意地悪な質問をしてもいいか?」


「どうぞ」


「この夜空と、貴殿らの世界の夜空、どちらが綺麗だ?」


「なるほど、アンタは相当なロマンチストだな」


「よく言われる。それで、答えは?」


「昼夜問わずに光が飽和している俺たちの世界では、夜空なんて滅多にみられたもんじゃない。だが、だからこそ、たまに見るスターリーナイトに心が躍るんだろう」


「ふむ。では、昼にしか光がないこの世界の夜空の方が劣っていると?」


「そういう意味じゃない。毎日毎日、アホみたいに輝いてる夜空も、中々乙なもんだ。……優劣なんて、ない。必要ないんだよ。綺麗なもんは綺麗。そこに優劣なんてない。それが俺の考えだ」


 つっかえたものを吐き出すように、俺はこう吐露した。


「大体、人間だけなんだ。物事を価値付けしたがる生き物ってさ。全部平等なんてのは不可能だから、価値付けするってのは至極当然のことだけど。何か違いを孕むものを一緒くたに比較して物事を語るのは間違いだと、俺は思う」


 ふふっと笑う声が聞こえた。


「貴殿と話せてよかった。ここまで楽しいと感じたのは久しぶりだ。」


「じゃあ楽しいって思ってもらえた褒美として、俺のお願いを一つ聞いてもらおうか」


「ああ、いいとも。私のできる範囲なら」


「それなら余裕だな。『契約』を俺と交わしてくれ」


「その内容にもよるな。何が貴殿の望みだ?」


「今話したことを、しばらくの間は誰にも話さないってことだ」


 フィリップは一瞬驚いたような表情をしたが、次の瞬間には「やはり貴殿は面白いな」と、笑みをたたえた。


「お安い御用。契約内容を思い浮かべながら、私に続いて契約コントラクトと唱えてくれ。これは双方が唱えないと効力を発揮しないものだ。忘れてくれるなよ。【汝と我の元に盟約を刻まん。契約コントラクト】」


 「【契約コントラクト】」


 俺がフィリップに続いて唱えると、淡い白色光が辺りを照らし、すぐに消えた。


「これで契約は終了だ。どうだ?」


「こんな厨二病臭いの、いつもやるとか拷問だぞ……」


「厨二病、とやらはわからないが、貴殿が【契約】をしたいと言ったからこうなったのだろう。そこまで知られたくないことならば、仕方ないのだが」


 おい待てよ、もしかして、契約は一般的なものではない……?


「なあ、つかぬことを聞くが、【契約】はどんな場で使うんだ?」


「主に使用されるのは、国家間での取り決めや、上級貴族の結婚式だな。法的拘束力を持つにとどまる【調印サイン】とは異なり、【契約】は、破棄不可能な上に、契約に批准するように強制力が働く代物だ。まあ、滅多なことでない限り使わないだろうな」


「じゃあ、俺らが学園への入学を確約する時に使う魔法はどっちだ?」


「それは【調印サイン】の方だ。契約書に体液を垂らし【調印サイン】と唱えれば終わりだ。それにしても、ここまで自力で辿り着いた生徒は初めてだ。もしも留学生の受け入れが1人までという規則がなかったのなら、喜んで貴殿を迎え入れたのだが……」


「俺はカルロスみたいな怖えおっさんがいる場所には行きたくないからパスだな」


「む、貴殿もつれないことをいう。さて、パーティーは残り5分だ。急いだ方が良いぞ」


「ああ、そうさせてもらう。……ああ、言い忘れてた。」


 俺は振り返ることなく、彼に言った。


「俺とオーガが殴り合ってる時、突然俺らの間に出現したのはなんの魔法だ?透明人間、瞬間移動、あるいはーー」


「ノーコメントだ。さあ、いけ」


 俺は振り返らず、会場に向かって走った。





 俺は会場に飛び込むなり、シシリーを探した。と言っても予想通り彼女はハインリヒの領域内にいたため、発見まではそう時間がかからなかった。


「そう。【調印サイン】っていうのをすればいいのね」


「ああ、間違いない。これで貸しひとつだな」


「フィリップさんと何やってたか追求しないであげるんだから、これで貸し借りプラマイゼロよ」


「んな横暴な」


 俺は笑いながら彼女に言う。気になることもたくさんあったと思うが、伏せてくれようとする気配りが、純粋に嬉しかった。


 ハインリヒの生徒会長とシシリーが会場の外へ出ていくのを見届けると、俺は急ぎ足でシュテルンの生徒会長のルーン会長と、副会長のソレイユ先輩のもとへ向かった。


 俺は彼らに知り得た諸々の知識と、入学の意思を伝えた。

ルーン会長は、ほっとしたような顔をしていたが、ソレイユ先輩は、終始むすっとした顔のまま。


 会場を離れて彼らと訪れたのは、シュテルン学園の生徒用控え室だった。

 そこで【調印】を交わした頃には、パーティー終了の30秒前。俺たちは急いで会場に戻った。


「まさか、君のようないけすかない少年が、本当に、本当に私たちの学園にやってくるとは夢にも思わなかったが…… まあ、少しくらいは認めてやるよ。入学おめでとう、ギンガ=アマノガワ」


「すまないね、ギンガくん。ソレイユはなかなか素直になれない気質なんだ。彼女に悪意はないから、どうか多目に見てやってくれ。それでは、これからよろしくね、ギンガくん」


「こちらこそ、よろしくお願いします。ソレイユ先輩、それにルーン会長」


 満足げな笑みを浮かべる2人を横目に見ながら、俺たちはパーティー終了のクラッカー音を聴いた。

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