第4話 『銀河の解答』

「……アタシの知ってることは以上よ。さあ、アンタの話も聞かせて」


「ああ。ただここに長居するのもなんだし、歩きながら話そう。」


 俺はゆっくりとシュトロームの方へ歩きながら、エルツの生徒会長との話について話した。


「うっわぁ、アンタえげつないことするわね。エルツの会長かわいそうに。」


「いろいろと重要なことをペラペラ話すあいつもあいつだろ。いろんな可能性を考えられないような人のもとで、俺は動きたくはないね」


「それも見極める意味もあったってことね…… それにしても、アンタの話聞く限りだと相手が勝手にペラペラと話してるだけじゃない?流石に重要な情報は、そんな簡単に漏らさないと思うけど…… 仮にも相手は国を代表する魔術学園の生徒会長な訳だし」


「言われてみれば確かに。それじゃあ、この情報をまるっきり信用するのは危ないな」


 何かしら相手、つまりエルツにとって有利になるように誘導されている可能性も考えないといけない。だったら、その行動の目的と理由についても考える必要がある。


「でも、『契約』みたいなのは多分あると思うわ。これが該当するのかはわからないけど、シュトロームの生徒会長と彼女・・が、さっき会場の外へ出て行ったのを見たの。」


「やっぱりそうか。彼女はカルロスのお眼鏡に敵ったようだしな」


 カルロスが「3人……いや4人か」と呟いていたあたり、彼女・・のように『全く動じない』という生徒は、過去にもいなかったのではないだろうか。


「てことは、アタシ達の目標は、なんらかの方法で各々の希望する学園に『契約』をするってことになるわね」


「そういうことだな。なら、やることは明確だ」


「『契約』についての情報収集」


 二つの声が重なった。




「とは言ってみたものの」


「やっぱり、確実なのはここよね」


 俺たち二人は、結局シュトロームの領域の近くまでやってきた。


「アンタはここから動かないで」


「え、なぜ?」


「いいから」


 なんでかはわからなかったが、俺は彼女の真剣な顔を見るなり従うことに決めた。


「エレノアさーん!」


 シシリーが手を振って呼び出した人物は、おしとやかな感じの女子生徒だった。


「あら、シシリーさん。どういたしましたか?」


 ゆったりと優美に応対する、『エレノア』というらしい女性。良いところのお嬢様、といった感じだった。


「彼、連れてきたの。みんな会いたがってたし」


 俺は紹介に合わせてペコっとお辞儀する。


「あらあら、ギンガ=アマノガワさんですね。私わたくしはシュトローム魔術学園で生徒会書記を務めております、エレノア=ホーエンハイムと申します。ぜひ仲良くしてくださいね」


「お名前をご存知とは恐縮です。こちらこそよろしくお願いします、ホーエンハイムさん。」


「すみません。私事なのですが、あと一年もしたら家名が変わってしまいますので、できれば『エレノア』と名前でお呼びください」


 家名が変わるということは、結婚だろうか。


「エレノアさん、フィリップさんと婚約してるらしいわ。いいわよねぇ、ロマンティックで」


 いいところのお嬢様レベルじゃなかった。皇太子の未来の妻なら、なるほど、溢れんばかりのこの気品の良さにも頷ける。


「それはおめでとうございます。では、以後はエレノアさんとお呼びします」


「そんなに畏まらなくてもよろしいのですよ? 今年は物腰穏やかな殿方が多いのですね」


 コロコロとエレノアさんは笑う。


 物腰が穏やかといえば、俺と同じく日本からやってきた『龍馬』だろうか。そういえば、アイツのこと全然見かけないな。どこにいるんだろうか。


「今年は、というと?」


 俺がそう聞くと、彼女は頬に手を当て、ため息をつくような格好で目配せする。


「私は昨年もこの会には参加していましたが、彼のように血気盛んな方が多かったもので」


 そういって彼女がむけた視線の先を見ると、そこにいたのは銀髪の髪を短く切りそろえた男だった。俺らと同じ留学生で、名前は確か、『オーガ』と言っていた。


「シシリー、あいつは?」


「アンタ本当に他人に興味ないのね。アイツは『オーガ=ルイス』。代々軍人の家系で、白兵戦では負けなし。若干17歳にして彼の国の元帥候補に抜擢されるほどの神童よ。こっちの世界で彼がどこまでやれるのかはわからないけど」


「なるほどな。それで、なんでさっきまで沢山いた留学生が散り散りになったんだ? アイツが関係してるってのはわかるが」


「カルロスの強さに惹かれたとかどうのとか言って、シュトロームに行くって騒ぎ立てたの。『シュトロームの領域に入りたいなら俺を倒してみろ』とかわけわかんないこと言ってね」


 あー、変な方向に目覚めちゃったわけね。なるほど。

 シシリーが俺を近づかないように留めたのも、これが理由か。


「絶対の自信がある白兵戦に土俵を用意することで、有意に立とうっていう魂胆なのか。でもなぜ?」


「さあ。どうしたらシュトロームに入学できるのか考える脳がないから、他の人たちを排除するってことしか方法を取れなかったんじゃない?」


 俺は、少し驚いた表情を浮かべたエレノアさんの挙動を見逃さなかった。


「エレノアさん、何に驚いたんですか?」


「え?」


 彼女は目を丸くし、小さく声を上げた。すると「ふふふっ」と笑みを浮かべ、口を開いた。


「このパーティーが留学生の振り分けを行う場だということを自発的に気づいた生徒は、私の知る限り、過去にいなかったもので。かなり驚いてしまいました」


「随分あっさりと認めるんですね。他校の反応を見る限り、出来る限り秘密にしようとしている感がありましたが」


「ふふふっ。本当に面白い方々。でもごめんなさい。そこまでは私もお話できません」


「ええ、大丈夫です。もう全部わかりましたから」


 今度はシシリーもエレノアさんも、二人揃って驚愕の表情を浮かべていた。


「え、ギンガ、それってどういう……〜〜ッ!」


 俺はシシリーの口に人差し指を押し当てた。「喋るな」というサインだ。


「フィリップさんやエレノアさん達にとって、彼、オーガの存在はもう・・なんら邪魔ではないですよね?」


 耳まで髪と同じような赤色に染まっているシシリーを横目に、俺はエレノアさんに尋ねた。


「ええと、彼にとってどうかはわかりかねますが、私は他の留学生の方と沢山お話ししたいと思っております。ですので、多少の差し支えではありますね。私共はこの範囲から出られませんので」


 俺は彼の方をチラリとみた。鋭く光る眼光は、他者を寄せ付けないような雰囲気を醸し出している。

 細身ではあるものの、限界まで鍛え上げている体つきは、洋服の上からでも一目で見て取れた。



 あれは、人を殺すのに特化した筋肉だ。



「なあ、シシリー」


「……なに?」


 (めちゃめちゃ不機嫌だなオイ。何があったし。)


 俺はこんな言葉を呑み込み、彼女に尋ねた。


「もし俺とアイツが本気で殴り合ったらどうなる?」


 不機嫌そうな顔で、ジトっと俺のことを睨んでいたシシリーだったが、俺の質問を聞くなり真剣な表情に切り替わった。


「わたしも直接見たわけじゃないからわからないけど、十中八九アンタが負けると思う。体格もほぼ同じだし、単純な力比べだと互角かもしんないけど、ヤツには底知れない対人戦の強さがある」


「ほーん、なるほどね。十中八九か。じゃあ、十分の一を引けば問題ないな」


「え、アンタ何考えて……」


「シシリー、エレノアさん。離れてろ」


 俺は彼女らにそういい、一歩前に勇み出てこう言った。


「おいオーガとやら。暴力に訴えて自分の望みを押し通すのは楽しいかね?」



 バンッ!



 ヤツは持っていたグラスをテーブルに叩きつけた。

 あたりは波打ったように静かになり、俺たちに視線が寄せられた。



 ギロリと鋭い眼光が俺に向けられる。


「テメェはなんだ」


「俺?天野川銀河ってさっき紹介したろ?ひょっとしておつむが足りてないのかい?」


 あまりに安すぎる挑発を聞き、俺の背後から「はぁ……」とため息が上がった。シシリーのものだろう。


「ふっ、ふはははははっ!」


 突然オーガは笑い出す。


「よし、ぶっ殺すッ!」


「嘘、釣れた!?」



 シシリーの叫びが聞こえたと同時に、ダッシュからの飛び蹴りが、俺に見舞われる。



 回避は間に合わない。俺は腕で蹴りを受ける。それと同時に、蹴りのインパクトの方向に跳び、威力を殺す。



 俺はゴロゴロと転がって距離を取り、立ち上がる。



 ビリビリと激しい痛みが腕を貫く。なんて威力だ。



「いきなり何すんだよ。危ないなぁ」



 俺はヘラヘラと笑う。



「そのヘラヘラした顔むッかつくなァ、オイ。」



 間髪入れぬままにオーガが殴りかかってくる。



 振りかぶった右手から強烈なパンチが繰り出される。



 俺は重心を落として回避。膝を曲げたのを利用して、跳ね上げるように拳を打ち出す。



 刹那、奴は後ろに倒れ込むようにしてスラッグを避け、首はね起きの要領で足を振り上げた。



 俺はパンチの勢いに任せて体を捻り、蹴りから逃れる。そしてその捻りを利用し、奴の脇腹目掛けてかかとを打ち込む。



 相手は後逸した体勢からバク転して蹴りを間一髪回避。



 (リーチは相手の方が若干長い。距離を詰めた方が有利!!)



 俺はバク転して距離を稼ごうとする奴の方へダッシュ。そして、急ストップ。



 そのまま突っ込んでくると思ったのか、奴はバク転の姿勢からカポエラのようにして俺の顔を狙う。



 鼻先を蹴りが掠めたのも厭わず、相手の頭蓋を砕かんとローキックをかます。



 途端腕で体を跳ね上げ、奴は蹴りを回避。しかし、それは俺の読み通りだった。



 (これで終わりだっ!!!)



 ローキックで生まれた回転を乗せ、俺は空中にいる奴に肘鉄をかます。完璧なタイミング。



 しかし、俺の肘は空を切った。



「そのくらい読んでんだよッッ!!」



 空中で体をコンパクトに丸めて回転を早めることで、奴は俺の肘鉄をよけていた。



 無理な動きにも関わらず体勢を崩さずに着地すると、奴はすぐに床を蹴った。



 (速いっ!)



 俺は咄嗟に頭部を両腕でガードする。同時に強烈な衝撃が俺の両腕を伝う。



 (痛ッてぇ、こりゃ両腕とも砕けてんな)



 俺はインパクトの勢いを利用し、後ろへ大きく飛ぶ。



 しかし、奴が距離を詰める速度も相当に速い。



 (一か八かッ!)



 俺はガードを捨て、突っ込んでくるオーガの頭目掛け足を振り上げる。


 スローモーションに見える世界で、迫ってくるスラッグの爆発的な衝撃と、渾身の蹴りのインパクトを予期した俺だったが、結果は違った。


「そこまで。いい余興だったよ。君たちの実力も知れてみんな喜んでいるんじゃないかな」


 俺と奴の間に立っていたのは、フィリップだった。


 俺もオーガもバックステップでフィリップから距離を取る。


 (蹴りの感覚がほとんどない。まるで、スポンジを蹴ったみたいな……)


 オーガも同じことを思っているようで、手をグーパーと開いたら閉じたりしている。


「各学園生は所定の位置に戻ってくれ。ハプニングがあったから、僕らも目を瞑る。あと30分もないが、残り時間を有意義なものにできるよう、各々努めてくれ」


 シュトロームの生徒会長、フィリップがそういうと、周りの人々はみんな散り散りになっていった。


「君たち、僕についておいで。ーーー逃げようとしてる、君。シシリー=フラムくんも」


 シシリーは、ビクッと肩を震わせて観念したように振り向くと、涙目で俺を恨めしく見つめるのだった。

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